続・浜田節子の記録

書いておくべきことをひたすら書いていく小さなわたしの記録。

岸恵子さんの美しさ。

2013-08-29 06:48:13 | 日常
 夕方、TVに映っていたのは岸恵子さん。先頃本を出版したという。四年を掛けたその作品は70代の女性の恋愛(性愛)を描いたものらしく、覚悟して望んだという。
「仮に100歳になったときに、(ああ、70代はまだまだ若かったのだ)と悔やんでも始まらない。」と仰る彼女の美しいこと!

 もうずいぶん前、『約束』という映画を観たことがある。年下のショーケン(萩原健一)との束の間の恋。過去ある中年女が年下の男の情熱に動かされる。保護司に付き添われた列車内の彼女が、若い男の衝動的な情熱に閉じた心を揺さぶられる。けれど再開の約束は、男の軽率粗野な行動(万引き)で、果たされることはなかったというお話。

 時はあれから更に四十年近く経っている・・・。

 それでもなお凛と美しく前を見据えた岸恵子さんには尊敬と憧憬の念に駆られる。

 そういえば、サークル仲間のKさんは今年70歳になったというけれど、おしゃれに余念がなく美しく在ることを常に心がけている。(この人なら、恋も似合いそうだな)と思う。


 近ごろでは顔も洗わなくなったわたし(ざぶざぶっと濯ぐだけ)、岸恵子さんを見てシャキッと反省(?)
 自分の好きなことばかりしていると、偏った偏屈な年の取り方をするかもしれない。

 作家の森瑤子さんは早くに亡くなられたけど、今も存命であれば同じ傾向のステキな本を書かれていたに違いない。やっぱり、生きて在ることにはそれなりの意味がある。深くて熱い何かが・・・。

『ポラーノの広場』73。

2013-08-29 06:33:53 | 宮沢賢治
「ぼくは小さいときはいつでもいまごろ、野原へ遊びに出た。」ファゼーロが云ひました。
「さうかねぇ、」
「するとお母さんが行っておいで、ふくろふにだまされないやうにおしって云ふんだ。」
「何て云ふって。」
「お母さんがね、行っておいで、袋ふにはだまされないやうにおしって云ふんだよ。」
「ふくろふに?」


☆照(あまねく光があたる=平等)である夜が現われる幽(死者の世界)を推しはかる。
 薀(奥義)は模(似せて作る)講(はなし)を化(形、性質を変えて別のものになる)で運/めぐらせ、簿(ノート)に考えを運/めぐらせている。

『城』1378。

2013-08-29 06:05:27 | カフカ覚書
わたしは、このお店にもう数年間もあのひとといっしょに勤め、いつもおなじベッドでふたりで眠っていたのですけれど、どうしても親しくできないんです。きっとわたしのことなっか忘れてしまっているでしょう。

 年/jahre→jah/突然の、不意の。
 勤め/diene→Deng/存在、事情。
 数(年間)/einige→einig/一致した、同意見の。b
 ベッド/Bett→wett/(或人とは)貸し借りなしである、縁が切れている。

☆わたしは今ここで確かに同じに見える事情で、先祖とは縁が切れているのですが、心の中を打ち明けることはありません。わたしのことなんか忘れてしまったんでしょう。