続・浜田節子の記録

書いておくべきことをひたすら書いていく小さなわたしの記録。

リース。

2014-10-27 07:15:20 | 日常
 先日のバードウオッチングで見つけたカラスウリの朱い実。
 博物館の先生からは、「そこらの植物をやたらとってはいけません」と注意されている。
 でも元々のろのろ歩いているわたし、もっとメンバーが先に行ったのを見届けてちょっと拝借。(お行儀が悪くてごめんなさい)
 玄関のリースに加えた。緑のスイカ模様の実が少々重くてバランスを崩したけど、秋らしいリースの出来上がり。

『ポラーノの広場』491。

2014-10-27 07:03:07 | 宮沢賢治
「それではさようなら。また行きますよ。」ファゼーロは云ひながらみんなといっしょに帽子をふりました。みんなも何か叫んだやうでしたがそれはもう風にもっていかれてきこえませんでした。そしてわたくしもあるきみんなも向ふへ行ってその青い風のなかのアセチレンの火と黒い影がだんだん小さくなったのです。


☆講(はなし)の運(めぐり合わせ)は、茫(はるかに遠い)死であり、化(教え導く)教(神仏のおしえ)の譜(つづく)講(はなし)である。
 構(組み立てた)講(はなし)は照(あまねく光があたる=平等)を普(広く行渡らせる)ものである。
 化(教え導くこと)で告げるのは永(とこしえ)の照(平等)である。

『城』1778。

2014-10-27 06:42:36 | カフカ覚書
わたしにそれがわかっていないとでもおもっていらっしゃるの。わたしは、あの人たちのことを恥ずかしいと思っているのよ。でも大事なのは、そのことなんです。つまりね、あの人たちがわたしを反発させるのではなくて、わたしのほうが、あの人たちのことで恥ずかしくなってしまうの。ほかの人があの人たちに腹をたてたら、わたしは笑ってすまさなくてはならないの。ほかの人がぶんなぐろうとしたらわたしは髪の毛をなでてやらなくちゃならないんです。


☆それがわたしにわかっていないとでも思うの、わたしはあの人たちのことを恥ずかしいと思っている。でも大事なのはまさにそのことなんです。あの人たちがわたしを打つのではなく、わたしはあの人たちのことが恥ずかしいんです。
 わたしは常にあの人たちのことを見ていなくてはなりません。ほかの人があの人たちを怒らせたら、わたしは復習しなくてはならないし、ほかの人が打とうとしたらわたしは彼ら(大群)を抹殺しなければならないのです。