伊東良徳の超乱読読書日記

雑食・雑読宣言:専門書からHな小説まで、手当たり次第。目標は年間300冊。2022年から3年連続目標達成!

リスボンのブック・スパイ

2024-12-08 21:22:54 | 小説
 第2次世界大戦の最中、ニューヨーク公共図書館のマイクロフィルム部で働く27歳のマリア・アルヴェスが、後輩の男性が新たに組織された外国刊行物取得のための部局間委員会(IDC)に採用されて海外派遣されることを知り、自分も派遣されたいと積極的に売り込んでリスボンで敵国側の発行物を収集してマイクロフィルム化して送る任務に就きつつ、さらに有益な情報を求めて踏み込んでいくうち、リスボンで書店を営みつつナチスドイツ占領下の国々から逃亡してきたユダヤ人たちをポルトガルの秘密警察の目を避けて匿いアメリカに旅立たせるための活動を続ける28歳のティアゴ・ソアレスに惹かれて行くという小説。
 マリアの強い意志と度胸、ティアゴの覚悟と信念に心を揺さぶられる作品です。この物語が感動的なのは、やはり迫害されるユダヤ人を助けるために献身的に活動するティアゴと周りの人々がいて、そこにマリアも引き寄せられて行く展開にあると思います。それを訳者あとがきで「マリアは強い愛国心と正義感を胸に」(439ページ)とまとめられてしまうと、ちょっと違和感を持ちます。マリアの動機心情はややもすれば軽くあるいは観念的情動的に見えますが、弱者を迫害する権力者・独裁者への敵対心・反発に、言い換えれば迫害される者を救いたいというところにこそ焦点が置かれ、それは「愛国」というのとは別のものではないかと思うのです。
 実在の人物・事件を元にしたフィクションということですが、そういう人々の活動に希望と敬意を感じ、読み味のよい作品でした。


原題:THE BOOK SPY
アラン・フラド 訳:髙山祥子
東京創元社 2024年9月27日発行(原書は2023年)
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告発者 上下

2024-12-03 23:18:45 | 小説
 裁判官の不正に関する告発を受けて調査するフロリダ州司法審査会の調査員レイシー・ストールツが、判事がカジノなどの利権を持つキャット・フィッシュ・マフィアと呼ばれるギャングと組み賄賂を受け取って便宜を図る裁定を続けているという告発を受理して調査を続けるが…という小説。
 グリシャムらしいテイストの作品ですが、法廷シーンはなく法律家業界ものです。また、かつてはジェット・コースターのようなとか、「グリシャム・マジック」という紹介がされるのが定番だったグリシャムですが、むしろあまりひねらず安心感のある展開の作品に思えます。
 大企業や権力者の悪行をテーマとするのではなく、マイノリティの先住民に敵意を煽るような設定が採用されているのが、私には今ひとつ読み味が悪く思えました。
 「解説」で、この作品で初登場のレイシーを主人公にした続編が発表されるまで5年かかったことについて説明しています(下巻366ページ)が、それよりもこの作品自体の出版に関して、グリシャムの新作が邦訳までに8年もかかったのはなぜかの方を教えて欲しいと思いました。


原題:THE WHISTLER
ジョン・グリシャム 訳:白石朗
新潮文庫 2024年11月1日発行(原書は2016年)
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リスペクト-R・E・S・P・E・C・T

2024-11-24 23:11:12 | 小説
 ロンドンのホームレス用ホステル(シェルター)ザ・サンクチュアリから退去要求を受けたシングル・マザーたちが抗議運動を始め、長らく放置されていた無人の公営住宅を占拠し、行政に住宅政策の変更を迫るという小説。
 実在の運動(FOCUS E15運動、カーペンターズ公営住宅の空き家占拠・解放活動)に着想を得たフィクションだそうです。
 活動経験のないシングル・マザーたちが、古い活動家(日本でいえば60年安保世代くらいでしょうか)のアドバイスを受け、周囲の低収入労働者層の住民の支持を受け運動を拡げていく様子が好感できます。
 「都市部では住宅は不足していません。住宅で儲けようとしている企業や団体のせいで、人が住める家が不足しているだけです。この公営住宅が空き家のまま放置されていたのも、売却交渉がうまくいかなかったから。いつでも交渉が成立したら売れるよう、区はここを無人のままにしておきたいんです。(略)人間よりも不動産売買の交渉のほうが大事だと思われている。ホームレスをホステルから退去させるのも同じ理屈です」(173ページ)という主人公ジェイドの言葉が状況をよく表しています。
 2012年まで空き家占拠が犯罪にならず、運動家が空き家をアジトとし、スクウォッティングと呼ばれていた(72ページ)イギリスの社会とその意識を背景とするもので、日本人には、そのような状況があっても他人の所有物を占拠することへの違和感があり、作者は日本人新聞記者史奈子にそれを語らせています。その史奈子が次第に運動に溶け込んで理解を深めていくという構成で、それは巧いなと思います。もっとも、その日本人の所有権不可侵的な意識も、戦後すぐの労働運動が昂揚した時期に自然発生的に始まった工場占拠・生産管理闘争が厳しい弾圧で叩き潰されずに勝利してその運動が引き継がれていたら、まったく違ったものとなっていたのではないかとも思うのですが。


ブレイディみかこ 筑摩書房 2023年8月5日発行
「ちくま」連載
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わたしたちに翼はいらない

2024-11-23 22:38:51 | 小説
 学級カーストの上層にいた、今も人を見下すことが習い性になっている性格が悪くてそれを自覚していない中原大樹・莉子夫婦とその友人住吉美南、その同級生で大樹にいじめられ屈辱感を味合わせられそれを引きずる園田律、中原と住吉と同じ保育園に娘を預けているやはりいじめられた過去を引きずる佐々木朱音らが絡む日々を描いた小説。
 タイトルは、朱音が小学校でいじめられ校舎から飛び降りて骨折して休んだところへ訪ねて来て朱音の話を聞き、「犀の角のようにただ独り歩め」「雲に届くように高く飛びなさい。きみには翼があるんです」と言って去った教師に対して大人になっても反感・違和感を持ち続ける佐々木朱音の心象(199ページ)から採られています。もちろん人それぞれですけど、青春ドラマでの理解者というか一風変わった独自の大人に感銘してしまうような私たちおじさん世代は、もう若者には理解されないのだなという哀感を持たせる作品のように思えました。


寺地はるな 新潮社 2023年8月20日発行
「小説新潮」連載
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これは経費で落ちません!12 経理部の森若さん

2024-11-11 22:59:40 | 小説
 中堅石鹸・入浴剤メーカー天天コーポレーションの経理部に勤務する12巻時点で入社8年30歳の主任森若沙名子と経理部の面々、営業部の山田太陽らの会社勤めと人間関係、仕事上の駆け引き等と恋愛関係を描いた小説。
 婚約者山田太陽との結婚を、2人が同い年のときにしたいという理由から9月にすることにして、そこに向けてタスクリストをこなして行く森若の希望と不安、特に女性が働き続けるために足かせとなる負担と不公平への不満と不安、それを考えない周囲への苛立ちと抗議が描かれています。そういうテーマということもあり、経理部以外で登場する人たちのエピソードも、女性従業員の活躍や悩みにスポットが当てられている感じです。この巻に関して見ると、働く女性たちへのエールを送りたい作品というイメージが強いです。


青木祐子 集英社オレンジ文庫 2024年10月22日発行
1巻~11巻は2024年7月17日の記事で紹介しています。
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死神の棋譜

2024-11-05 22:30:05 | 小説
 8年前に年齢制限でプロ棋士になれず奨励会を退会し今は将棋関係のライターとなっている北沢克弘が、将棋会館を訪れた際、詰め将棋の矢文が発見されたと話題になっており、先輩物書きの天谷敬太郎から22年前にも同じようなことがありその際天谷と同期の奨励会員だった将来を嘱望されていた十河樹生が失踪したことを聞かされ、今回矢文を発見したという元同期の奨励会員だった夏尾裕樹が連絡が取れなくなって、北沢が夏尾の妹弟子玖村麻里奈への下心も絡んで夏尾の行方と過去と現在の謎を追うというミステリー。
 ミステリーとしてのできはいいと思うのですが、比較的シリアスな流れの中で、夢・夢想ではあるのですが、神殿とおぼしき洞窟内での彫像が動き回る将棋のシーン2箇所が、私には「ハリー・ポッターと賢者の石」の魔法チェスを連想させ、なんだかちょっとねぇと思いました。


奥泉光 新潮新書 2023年3月1日発行(単行本は2020年8月)
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ペッパーズ・ゴースト

2024-10-20 19:46:44 | 小説
 唾液や飛沫を受けるとその人が翌日に見る光景が脳裏に浮かぶ「先行上映」を見ることがあるという不思議な能力を持つ中学の国語教師檀千郷が、受け持ちの生徒の「先行上映」や態度から気にかけて行くうちにトラブルに巻き込まれていく様子と、5年前にSNS上で猫の虐待の実況をしたアカウント「猫ゴロシ」の支援者たちをその際に被害を受けた猫の飼い主から宝くじ当選金10億円の提供を受けて襲撃して回っている「ロシアンブル」「アメショー」の2人組の様子を絡ませながら展開した小説。
 ややシニカルにではありますが人の善意や素朴な正義感を信じた暖かさを感じさせます。しかし、檀の超能力が前提とされていることやロシアンブルらと布藤鞠子の小説の関係がうまく説明されないことなどから、いまひとつしっくりこないところがあります。


伊坂幸太郎 朝日新聞出版 2021年10月30日発行
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復活の歩み リンカーン弁護士 上下

2024-10-16 23:22:08 | 小説
 冤罪で仮釈放のない終身刑を受け14年間収監されていたホルヘ・オチョアの無実を証明して釈放させた敏腕弁護士マイクル・ハラーのもとに刑務所から依頼を希望する手紙が殺到していたところ、ロス市警を退職しハラーを手伝っていたハリー・ボッシュが、保安官の元夫を銃殺したとして起訴され不抗争の答弁をして11年の刑に服しているルシンダ・サンズからの手紙を目にとめ、ハラーがルシンダの弁護をして人身保護請求を申し立てるというリーガル・サスペンス。「リンカーン弁護士」シリーズ第7作。
 高級スーツを身にまとい、着手金2万5000ドルだとかを要求するハラーの姿は、私のような庶民の弁護士とは違う世界の住人とも見えますが、本作でハラーが受刑者の無罪を勝ち取りその「復活の歩み」を見ることに達成感・生きがいを見出し(上巻10ページ、185~186ページ、下巻315ページ等)、人生観を変えて行く(下巻322ページ)展開は感動的です。だからといって、自分が再び刑事弁護の世界に戻りたいとは思いませんが。
 警察官・検察官の不正・醜さに対する作者の強い憤りが随所に感じられます。ここまでの設定をしていいのかという感じもしますが、折しも日本でも袴田事件の再審を機に証拠の捏造までした警察による冤罪とあくまでそれを隠蔽しようとした検察の醜さが広く知られ、こういう作品を読むのにタイムリーと感じます。
 もともとハラーが敏腕弁護士という設定なので、逆転また逆転でハラハラするというタイプの作品ではありませんが、判事もまたリベラルな設定だと、正義が実現されることを確信して安心して読めるのはいいけれども、リーガル・サスペンスがそれでいいのかという思いも持ちます。


原題:RESURRECTION WALK
マイクル・コナリー 訳:古沢嘉通
講談社文庫 2024年9月13日発行(原書は2023年)
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多頭獣の話

2024-10-13 23:05:29 | 小説
 企業向けのソフトやシステムの導入・保守を業とする会社でシステムエンジニアを束ねる管理職の家久来(かくらい)が、かつて自分の部下だったシステムエンジニアである日退職してYouTuberロボットを名乗るYouTuberとなり、登録者数2500万人、コラボするグループ全体では登録者数4000万人という世界でも有数のインフルエンサーとなったが5年前にグループごと一斉に活動を停止し姿を消した桜井(さくらい)を思い起こしていたところ、桜井から家久来宛に動画が送られてきて、さらにはYouTuberロボットのグループメンバーや桜井自身が家久来の周囲に現れ…という展開の小説。
 難しい言葉はほとんど使われず硬い文章でもないのですが、観念的に思える禅問答的な語りと感じられる叙述が多い印象です。
 そういった語りの動画が多数の人に支持され人気を集めるという設定は、ジュンブンガク系作家(あるいは哲学者?)の夢でしょうか。
 観念的なというかよくわからない展開が続いた後、最後になって唐突に卑近な形で幕引きがなされ、ここまで読まされてきたのは何だったのかと思いました。


上田岳弘 講談社 2024年8月20日発行
「群像」連載
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アキレウスの背中

2024-10-12 20:36:58 | 小説
 日本政府が認可した最初の公営ギャンブル対象のマラソンレース「東京ワールド・チャンピオンズ・クラシック・レース:東京WCCR」に参加する日本のトップランナー嶺川蒼に対し参加取りやめを要求する脅迫メールが届いた件で、警察庁が組織している特殊部隊MIT(ミッション・インテグレイテッド・チーム)に招集された29歳の警部補下水流悠宇が急造混成チームでその捜査と東京WCCRの妨害行為阻止に向けて奮闘する警察小説。
 国際的な陰謀だとか、中国(政府)の関与を示唆しつつ、犯人像や犯行の動機・計画の部分がはっきりしないというか、私には読んで今ひとつ納得感がありません。そこは、わからない方がリアリティがあるということかもしれませんが、中国が絡んでいると言ってそうするのは、ネトウヨ読者の嫌中意識に乗っかって詰めの甘さをごまかしているような気持ち悪さを、私には感じさせます。
 警察小説、サスペンス小説としてよりも、主人公の成長を読む青春小説として読んだ方が読後感がいいかもしれません。 


長浦京 文春文庫 2024年9月10日発行(単行本は2022年2月)
「別冊文藝春秋」連載
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