なぜか2001年10月12日金曜日の午前11時31分で時間が止まってしまった哲学・文学オタクの主人公の試行錯誤とその世界に招き入れた日本が今にも戦争に巻き込まれることに脅えるセックス依存症の少女との交歓を描いたSF小説。
主人公のまわりだけ時間が止まっていて、しかし人々は自由に動き回り普通に生活しているという設定、主人公にも時間が完全に止まっているのではなく11時31分59秒の次が11時31分ちょうどと時間が戻るという設定がなされているのですが、これが突き詰められていません。SFですから設定の荒唐無稽さ、原因の説明不能はかまいません。でも、設定した以上、その設定した世界のありようを論理的に詰める作業は必要だと思います。主人公のまわりにいる人の時間はどうなるのか、主人公が離れると進んで近づいたときには時間が11時31分に戻るのか、主人公が毎日通っている喫茶店にいる人は前回いた人と同じ人なのか、それともパラレルワールドから来た別の人なのか、同じ人ならその人の時間はどうなったのか、その人の記憶はどうなっているのか、そのあたりの基本的なところが突き詰めて考えられていません。矛盾が出てくると、ゆるいシステムだということで終わり。そういうところで手抜きがされているので、SFとして今ひとつ乗れない感じがします。
藤谷治 早川書房 2010年5月15日発行
「あとん」2005年12月号~2007年4月号連載
主人公のまわりだけ時間が止まっていて、しかし人々は自由に動き回り普通に生活しているという設定、主人公にも時間が完全に止まっているのではなく11時31分59秒の次が11時31分ちょうどと時間が戻るという設定がなされているのですが、これが突き詰められていません。SFですから設定の荒唐無稽さ、原因の説明不能はかまいません。でも、設定した以上、その設定した世界のありようを論理的に詰める作業は必要だと思います。主人公のまわりにいる人の時間はどうなるのか、主人公が離れると進んで近づいたときには時間が11時31分に戻るのか、主人公が毎日通っている喫茶店にいる人は前回いた人と同じ人なのか、それともパラレルワールドから来た別の人なのか、同じ人ならその人の時間はどうなったのか、その人の記憶はどうなっているのか、そのあたりの基本的なところが突き詰めて考えられていません。矛盾が出てくると、ゆるいシステムだということで終わり。そういうところで手抜きがされているので、SFとして今ひとつ乗れない感じがします。
藤谷治 早川書房 2010年5月15日発行
「あとん」2005年12月号~2007年4月号連載