人間がなぜ他の多くの動物と異なり妊娠不可能な時期にもセックスするのか、女性が寿命期間の相当前に閉経するのはなぜか、また男性はなぜ授乳しないのか(授乳しないように進化したのか)、多くの社会で男性が狩猟をするのはなぜか等について、進化生態学の立場から論じた本。
この本での一番のテーマは、人間が他の多くの動物と異なり、排卵日がきちんと判断できず(少なくとも外形には表れず)、妊娠可能な時期以外でも(始終)繁殖以外の楽しみを目的としてセックスするのかにあります。これに対する進化生態学の立場からの(一応の)回答は、進化の過程では、人間は乱婚型社会で排卵日を隠すことにより集落の多くの男性にとって子の親がわからず、自分の子である可能性があることから子殺しが抑制されて、そのような(排卵日を隠す)遺伝子を持つ人間が多数の子孫を残して多数派となり、その後、そのような排卵日を隠す(自分も知らない)女性が男性にとっては妊娠可能な時期に他の男性の子を受胎するリスクが残るためにそばを離れにくくしかも排卵日以外もセックス可能なためにとどまる利益があるために一夫一妻社会を形成するようになったのではないかということだそうです。他の多くの動物同様に排卵日が明らかであれば、男性は排卵日を過ぎ自分の子を受胎したとわかった女性の元にとどまる必要がなくその間に他の女性に受精させた方が自分の遺伝子を多数残せるが、排卵日がわからなければ自分が留守(他の女性と浮気)しているすきにその女性が他の男の子を受胎するリスクがあるので立ち去らず、そして人間の子どもは独り立ちするまでに長期の助けを要するために男性も子育て(敵から守る、給餌等)に関与した方が自分の遺伝子を残すのに有利になるというわけです。こういうふうに聞くと、ゲームの理論みたいな印象がありますし、学者さんはこの種の進化に関する議論を「繁殖戦略」などと呼びがちなので、違和感を持ちやすいのですが、それぞれの個体がそういう「意図」を持っているということではなくて、結果として自己の遺伝子を残すのに有利な性向・形質を持つ個体がより多くの子孫を残すために現在の多数派となったということです。他の多くの動物で、排卵日を明示しながらオスが子育てをする種も相当数あるし、それらの種では排卵日以外にもセックスするわけではないので、人間の特徴とオスの子育てがストレートにつながるというわけではありません。そこは子が自立するまでに長期間を要し子の数が少ないという人間の特徴/制約の中で、排卵日を隠し妊娠可能な期間以外もセックスをするという特徴を持つことで人間が種として生き延びてきたということにもなり、大変興味深い議論だと思います。
それと絡んで、そうであればこそ、なぜ他の多くの動物と異なり、人間の女性は寿命期間の相当前に閉経するのかという問題には、やはり子が自立する前に長期間世話を要するという人間の特徴から、育児期間中に母が出産で死亡するリスク(昔は相当高かったはず)を避け、妊娠出産に妨げられずに子や孫の世話ができることで結果的に多数の子孫を残せる有利さがあり、そのような特徴(遺伝子)を持つ女性が子孫を多数残した結果、人間の女性は早期に閉経する特徴を持ったと答えています。狩猟採集民族の調査事例では、閉経後の祖母世代が採集する食物は他のどの世代より多く(186~187ページ)、年老いた女性にとっては自らが出産することよりも孫や子に食物を多く与える方が自己の遺伝子を残すために有利と評価できるということです。子どもが産めない女には価値がないと発言する保守(というよりは右翼)政治家がいますが、彼らの発想する動物レベルの次元でも、それは間違いなのだとわかります。
自然淘汰による進化が望ましい方向に働くとは限らず、それが本能だとか、動物として正しい方向性だと言えない面があります。狩猟採集社会でなぜ男性が狩猟を担当するのかについて、調査事例では、狩猟はときに大量の食物を得ることがあるが、ならしてみると空振りに終わることが多く、食物を得るという観点からは男性も女性と一緒に採集に従事した方が効率的なのに、それでも男性が狩猟をするのはなぜかという問いが立てられています。著者の回答は、狩猟で能力を示した者は女性(人妻を含む)とセックスする機会が多くなるから。つまり生存に、部族の繁栄に必要だからではなく、狩猟がうまい者は多くの女性とセックスしてそういう(狩猟がうまくセックスが好きな)遺伝子を持つ者の子が多数生まれるから狩猟がうまい男性が相対的に増えていくということ。う~ん (-_-;)
この本のメインテーマからは少し外れますが、私自身が驚いたのは、人間でも多くの動物でも、男性にも授乳能力はある、というか少なくとも何世代かの変異で授乳可能な身体となる形質を備えているという話です。現状でも乳首に機械的な刺激を与え続けると乳汁を分泌する例はあり、飢餓からの回復の際には自然に乳汁分泌が起こることがあるそうです(81~83ページ)。女性が授乳する/男性は授乳できないというのも、自然の摂理ともいいきれないのですね。
さまざまな点で、人間のあり方を考えさせてくれる本です。もちろん、動物として、種としての人間の性と、現代社会の中でのあり方とを短絡的に結びつけることには多大な疑問があることを前提としてですが、動物としての特性についても、従来言われていたのとは違う観点を提供してくれるところに、強い関心を持ちました。
原題:Why Is Sex Fun ?
ジャレド・ダイアモンド 訳:長谷川寿一
草思社文庫 2013年6月10日発行 (単行本は1999年、原書は1997年)
この本での一番のテーマは、人間が他の多くの動物と異なり、排卵日がきちんと判断できず(少なくとも外形には表れず)、妊娠可能な時期以外でも(始終)繁殖以外の楽しみを目的としてセックスするのかにあります。これに対する進化生態学の立場からの(一応の)回答は、進化の過程では、人間は乱婚型社会で排卵日を隠すことにより集落の多くの男性にとって子の親がわからず、自分の子である可能性があることから子殺しが抑制されて、そのような(排卵日を隠す)遺伝子を持つ人間が多数の子孫を残して多数派となり、その後、そのような排卵日を隠す(自分も知らない)女性が男性にとっては妊娠可能な時期に他の男性の子を受胎するリスクが残るためにそばを離れにくくしかも排卵日以外もセックス可能なためにとどまる利益があるために一夫一妻社会を形成するようになったのではないかということだそうです。他の多くの動物同様に排卵日が明らかであれば、男性は排卵日を過ぎ自分の子を受胎したとわかった女性の元にとどまる必要がなくその間に他の女性に受精させた方が自分の遺伝子を多数残せるが、排卵日がわからなければ自分が留守(他の女性と浮気)しているすきにその女性が他の男の子を受胎するリスクがあるので立ち去らず、そして人間の子どもは独り立ちするまでに長期の助けを要するために男性も子育て(敵から守る、給餌等)に関与した方が自分の遺伝子を残すのに有利になるというわけです。こういうふうに聞くと、ゲームの理論みたいな印象がありますし、学者さんはこの種の進化に関する議論を「繁殖戦略」などと呼びがちなので、違和感を持ちやすいのですが、それぞれの個体がそういう「意図」を持っているということではなくて、結果として自己の遺伝子を残すのに有利な性向・形質を持つ個体がより多くの子孫を残すために現在の多数派となったということです。他の多くの動物で、排卵日を明示しながらオスが子育てをする種も相当数あるし、それらの種では排卵日以外にもセックスするわけではないので、人間の特徴とオスの子育てがストレートにつながるというわけではありません。そこは子が自立するまでに長期間を要し子の数が少ないという人間の特徴/制約の中で、排卵日を隠し妊娠可能な期間以外もセックスをするという特徴を持つことで人間が種として生き延びてきたということにもなり、大変興味深い議論だと思います。
それと絡んで、そうであればこそ、なぜ他の多くの動物と異なり、人間の女性は寿命期間の相当前に閉経するのかという問題には、やはり子が自立する前に長期間世話を要するという人間の特徴から、育児期間中に母が出産で死亡するリスク(昔は相当高かったはず)を避け、妊娠出産に妨げられずに子や孫の世話ができることで結果的に多数の子孫を残せる有利さがあり、そのような特徴(遺伝子)を持つ女性が子孫を多数残した結果、人間の女性は早期に閉経する特徴を持ったと答えています。狩猟採集民族の調査事例では、閉経後の祖母世代が採集する食物は他のどの世代より多く(186~187ページ)、年老いた女性にとっては自らが出産することよりも孫や子に食物を多く与える方が自己の遺伝子を残すために有利と評価できるということです。子どもが産めない女には価値がないと発言する保守(というよりは右翼)政治家がいますが、彼らの発想する動物レベルの次元でも、それは間違いなのだとわかります。
自然淘汰による進化が望ましい方向に働くとは限らず、それが本能だとか、動物として正しい方向性だと言えない面があります。狩猟採集社会でなぜ男性が狩猟を担当するのかについて、調査事例では、狩猟はときに大量の食物を得ることがあるが、ならしてみると空振りに終わることが多く、食物を得るという観点からは男性も女性と一緒に採集に従事した方が効率的なのに、それでも男性が狩猟をするのはなぜかという問いが立てられています。著者の回答は、狩猟で能力を示した者は女性(人妻を含む)とセックスする機会が多くなるから。つまり生存に、部族の繁栄に必要だからではなく、狩猟がうまい者は多くの女性とセックスしてそういう(狩猟がうまくセックスが好きな)遺伝子を持つ者の子が多数生まれるから狩猟がうまい男性が相対的に増えていくということ。う~ん (-_-;)
この本のメインテーマからは少し外れますが、私自身が驚いたのは、人間でも多くの動物でも、男性にも授乳能力はある、というか少なくとも何世代かの変異で授乳可能な身体となる形質を備えているという話です。現状でも乳首に機械的な刺激を与え続けると乳汁を分泌する例はあり、飢餓からの回復の際には自然に乳汁分泌が起こることがあるそうです(81~83ページ)。女性が授乳する/男性は授乳できないというのも、自然の摂理ともいいきれないのですね。
さまざまな点で、人間のあり方を考えさせてくれる本です。もちろん、動物として、種としての人間の性と、現代社会の中でのあり方とを短絡的に結びつけることには多大な疑問があることを前提としてですが、動物としての特性についても、従来言われていたのとは違う観点を提供してくれるところに、強い関心を持ちました。
原題:Why Is Sex Fun ?
ジャレド・ダイアモンド 訳:長谷川寿一
草思社文庫 2013年6月10日発行 (単行本は1999年、原書は1997年)