伊東良徳の超乱読読書日記

雑食・雑読宣言:専門書からHな小説まで、手当たり次第。目標は年間300冊。今年も目標達成!

禁断の魔術

2022-07-31 20:37:15 | 小説
 北関東の片田舎に高レベル放射性廃棄物の地層処分研究所(G棟)を含む最新科学技術の拠点を造るとうたう「スーパーテクノポリス(ST)計画」への反対運動に加わり開発側の中心人物の代議士のスキャンダルを追っていたフリーライターが自室内で絞殺された事件を捜査していた草薙刑事と内海刑事は、殺害されたフリーライターの携帯電話の発信履歴に帝都大学の電話番号があり、メモリーカードに残された動画について聞くために湯川の元を訪れというミステリー小説。
 福島原発事故前に書かれたガリレオシリーズ第6作の「真夏の方程式」(2013年8月15日の記事で紹介)で、環境保護運動家を悪者とし、湯川から環境保護派に対して開発事業者への理解を求めさせた作者が、福島原発事故後に書いたこの作品で、原子力施設を含む開発を取り上げたことから、作者のスタンスがどう変わったかが、私には興味の中心となりましたが、開発事業者側のダーティーな側面も書いてはいますが、やはり環境保護運動家が悪者と位置づけられ、この人のスタンスは、福島原発事故を経ても変わらないのだなと思いました。開発側の代議士に「結局のところ、この国は、科学技術を売りにするしかないんだ。何十年か先になって、あのときに決断していればと後悔しても遅い。誰かが泥をかぶらなきゃいけないんだ」(258ページ)なんて言わせていますしね。


東野圭吾 文春文庫 2015年6月10日発行(単行本は2012年10月。ただし、単行本では短編集の1話だったものを文庫本化の際に大幅加筆して長編化)
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聖女の救済

2022-07-30 21:52:44 | 小説
 鍵のかかった目黒署管内の自宅リビングルームでIT関連の会社社長真柴義孝の遺体が発見され、側に落ちていたカップからこぼれていたコーヒーから亜ヒ酸ナトリウムが検出された。草薙刑事はその妻が営むパッチワーク教室の弟子で第1発見者の若山宏美を疑い、内海刑事は妻の真柴綾音を疑うが、綾音は前日から札幌の実家にいた。内海は、草薙が綾音に惚れて目を背けていると、草薙に内緒で湯川に協力を仰ぐが…というミステリー小説。
 読んだ後で考えると、作者は、きっと、完全犯罪、解けないトリックがあるとすればどういうものがありうるかという着想を突き詰めていく中でこの作品のプロットに思い至ったのかなと思いました。読者の側から見ると、最初に示唆された動機から、この作品は「刑事コロンボ」型の作品なのか、そのように見せかけてどこかでどんでん返しがあるのかを探りながら読んでいくことになります。
 私としては、2006年に書き始められたこの作品で、湯川も草薙も学生時代にバドミントン部にいたことが明らかにされている(255ページ、328~330ページ)ということ(まだこの頃、男子のバドミントンはマイナー競技だったはず)、この作品の連載中にガリレオシリーズのテレビドラマが始まると、内海刑事が iPod で聴く音楽が福山雅治になる(348ページ、350ページ)あたりに、興味を惹かれました。


東野圭吾 文春文庫 2012年4月10日発行(単行本は2008年10月)
「オール讀物」連載
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マスカレード・ナイト

2022-07-29 23:24:38 | 小説
 殺人事件の犯人が大晦日のホテル・コルテシア東京のカウントダウン・パーティ会場に現れるという匿名の通報を受けた警視庁がホテル側に協力を求めて捜査員を潜入させて捜査を進め、捜査員の暴走をホテル側が牽制し嗜め苦情を言い、数百名が集う仮装/仮面パーティでの犯人検挙に向けた推理と迷走が描かれるミステリー小説。「マスカレード・ホテル」(2020年7月31日の記事で紹介)のシリーズ第3作、あるいは長編第2作になります。
 謎を作り怪しい人物を増やすためでしょうけれども、コンシェルジュとなった山岸尚美が宿泊客からのリクエストに「口が裂けても、『無理』という言葉を使ってはいけない」という姿勢で対応していく場面が繰り返し描かれています。読んでいて、感心しますし、他方で客商売は大変だよねとも思いますが、ホテル業界はこういう出版物をどういう心情で受け止めているのでしょうか。建前としては、自分たちはそういう姿勢でサービスに臨んでいると言うでしょうけれども、こういうわがままな客、カスタマー・ハラスメントと言うべき客の無理な要求には本音では困り悩まされていると思います。こういう出版物を見て、ホテルはこういうサービスをするものなのだ(客の要求を「無理」と断ってはいけないのだ)、自分もこういうサービスを受けて当然なのだと思い込む者が出てくるということも十分に予想できます。弁護士も客商売ではありますので、自分の要求を実現できて当たり前とか、何でも自分の言うとおりにやれと言うわがままな/傲慢な人に出くわすことはときどきあります。私は、無理なものは無理とはっきり言いますし、基本的に「相手」がいる弁護士業務ではあまりにわがままな要求は拒否するのが正義だと思います(無理な要求を通すことは相手に犠牲を押しつけることにもなります)。「無理」と言ってはいけない、それがホテルのサービスのスタンダードだと言われることには、苦々しい思いを持っている人もいるのではないかなぁと、私は思ってしまいます。


東野圭吾 文春文庫 2020年9月25日発行(単行本は2017年9月)
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マスカレード・イブ

2022-07-28 21:09:47 | 小説
 殺人事件の予告があったシティホテルを舞台に、ホテル側と警察のせめぎ合いを描いた「マスカレード・ホテル」(2020年7月31日の記事で紹介)の前日譚として、ホテルクラークの山岸尚美と刑事新田浩介のエピソードを語る短編集。
 4編のミステリーは別々ですが、1編目はフロントオフィスに配属されたばかりの新人時代の山岸尚美が教えを受けホテルクラークとしての姿勢を確立して行く様をかつての恋人の存在を示しつつ描き、2編目は新田浩介の捜査1課に配属されたばかりの若き日を緩めの女性関係も併せて描き、3編目はフロントクラークとして慣れてきた山岸尚美の観察眼を描き、4編目ではコルテシア大阪のオープンの応援に出た山岸尚美と新田浩介をニアミスさせ、エピローグで「マスカレード・ホテル」本編につなげています。その流れは、まさしく「マスカレード・ホテル」の前日譚/エピソードゼロとして計算されたものといえます。
 全体として山岸尚美側というか、ホテルクラークの業務やその観察眼の方に重きが置かれているのは、作者の関心がそれについての驚きと賞賛にあるからでしょう。このシリーズ全体が、そのような方向性で書かれているように思えます。


東野圭吾 集英社文庫 2014年8月25日発行
最初の3編は「小説すばる」掲載
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絶望キャラメル

2022-07-27 21:25:06 | 小説
 前市長時代にテーマパーク建設に市の未来を賭けたが破綻し、今は地場産業が衰退して価格の下がった土地を前市長が手を結んだ不動産業者や電力会社に買収させて太陽光発電用地や廃棄物処理用地に転用する工作を進めている地方都市葦原に流れ着いた生臭坊主放念が、小学校の同級生だった現市長に無理強いして学校に手を回したりわずかばかりの資金を出させて、隠れた才能のある地元の高校生4人を口説いて市の再生を図るプロジェクトを進めるという小説。
 放念の永平寺での修行過程の描写で、「やがて、性欲は遠ざかり、女性の姿も灯籠の形も等しく愛でることができるようになり、一輪の百合の花にも勃起するようになった。性欲はただ抑えるのではなく、あらゆる事象と心を通わせ合うのに利用することもできるのである」(22ページ)というのがあり、斬新な悟りの捉え方かとちょっと考え込んでしまったのですが、これはやはり単なる冗談なんでしょうね。
 見出された高校生たちの活躍は、例えば石投げ好きの帰宅部の黒木鷹が元プロ野球選手のコーチを受けると140キロを超える速球にカーブ、スライダー、フォークを投げられるようになりというのを見ると「タッチ」(野球漫画じゃなくて恋愛漫画だから許されるんじゃないか…)の上杉達也かと思うような荒唐無稽さですが、シリアスな小説ではなくてエンタメ小説なんで、それはそれで楽しめるというところでしょう。
 諸悪の根源とも言うべき前市長の名前が「武中塀蔵」というのは、作者がかなりの確信を持っていることを感じさせます。


島田雅彦 河出文庫 2022年2月20日発行(単行本は2018年6月)
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借地借家法の適用の有無と土地・建物の明渡しをめぐる100の重要裁判例

2022-07-25 21:48:09 | 実用書・ビジネス書
 タイトルどおり、土地・建物の賃貸借契約の成立とその契約関係に借地借家法の適用(主として契約期間の認定と期間満了時の更新拒絶に正当事由が必要か)があるか、明渡請求が認められるかに関する裁判例の傾向を論じ、関連する100の裁判例を挙げて解説した本。
 土地について、借地借家法の適用の要件となる「建物所有目的」の成否、建物所有目的であっても対象外となる「一時使用目的」の成否、更新がない「定期借地権」成立の認定、賃貸借でなく使用貸借である(無償利用)場合にその明渡を左右する「目的」と「使用及び収益をするのに足りる期間」をどう考えるか、建物について、借家法の適用の前提となる「建物」賃借と言えるか、土地同様に「一時使用目的」「定期借家権」が認められるか、使用貸借の場合の「使用及び収益をするのに足りる期間」、賃貸借でない契約形式を取った場合の評価、駐車場の賃貸を特に建物利用との関係でどう評価するか、明渡請求が権利濫用とされる場合に分けて、裁判例が整理されており、まとめて読むといろいろと勉強になります。裁判所の判断が、契約書の文言、規定をどの程度重視しているか、契約・貸借に至る経緯、客観的な利用状況、明渡しをめぐる双方の利害状況をどの程度考慮し重視しているかは、ケースにより微妙です。私の専門の労働法の分野ほどではありませんが、この分野でも裁判所が他の分野ではかなり重視する契約書の文言にとらわれずに当事者の真意や利用関係の実態等を重視する判断をしている場合が少なくないことがわかります。
 掲載されている裁判例は、著者の好みで選択しているものですので、各章冒頭で認めているものが多い少ないと説明しているのはあまり意味がないと思います。また事案の概要の説明がこなれていないというのか一読してストンと頭に入りにくく、誤植と思われるところも目につきます。
 裁判業界関係者以外には読みこなすのはしんどいかとは思いますが、多数の裁判例がまとめて読める点で、弁護士としては、主張立証の組立を検討するときのアイディアを拡げるのに役立つ本だと思います。


宮崎裕二 プログレス 2022年5月31日発行
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将棋のひみつ 見かた・楽しみかたがわかる本

2022-07-24 15:43:52 | 趣味の本・暇つぶし本
 将棋界の歴史、有名棋士の紹介、棋戦の紹介、名勝負などの解説をした本。
 名人戦をめぐる朝日新聞と毎日新聞の確執(27ページ)、読売新聞主催の最高賞金棋戦竜王戦の発足(31ページ)など、ごく控えめにではありますが、将棋界のもめ事にも触れられ、映画化もあって(記録には残らないが)記憶に残る棋士瀬川晶司(泣き虫しょったんの奇跡)(34ページ)、村山聖(聖の青春)(62ページ)も紹介されていて、それなりに読みでがありました。大阪生まれとしては、阪田三吉の話とかもっと詳しく書いて欲しい感じがしますが、そこは仕方ないですかね。
 名勝負の紹介で、升田幸三vs大山康晴の第6期名人戦挑戦者決定戦第3局「高野山の決戦」の棋譜(109ページ ↓ )なんですが、後手(大山)8七飛成りの王手の局面(138手目)で、後手王(3一)に先手の金(4二)で王手がかかっているというありえない記載になっています。調べてみると、4二の金は後手の駒で、棋譜で向きが誤って逆に書かれているようです。

 大山康晴vs中原誠の第31期名人戦第7局の棋譜(112ページ:97手目先手4三竜まで ↓ )も、数えてみたら歩が盤面と持ち駒を合わせて17枚しかありません。これも調べてみたら先手(大山)の8七にあるはずの歩が記載漏れしているようです。

 ちょっとお粗末なんじゃないですか。


羽生善治監修 メイツ出版 2022年4月15日発行
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クマのプーさん フィットネス・ブック

2022-07-23 21:30:05 | エッセイ
 「クマのプーさん」「プー横町にたった家」に付されているE.H.シェパードの絵に「クマのプーさん」等からの引用や登場するキャラクターのイメージに合わせた文章を入れて構成した本。
 「理想的な運動とは、プーにそっくりで背が低く、のんきで、なにかつまむものをいつもそばにおいている」(9ページ)とか、「戸棚のいちばん上にあるハチミツのつぼに手をのばすのは、楽しい運動です」(17ページ)とか、「ランニングにかんするイーヨーのアドバイス 走るべからず。」(55ページ)とかに見られるように、脱力系の作品です。
 末尾に小さくひっそりと「本書は、A.A.ミルンとE.H.シェパードによる『クマのプーさん』、『プー横町にたった家』およびそのキャラクターをもとに、メリッサ・ドーフマン・フランス(第1部)とジョーン・パワーズ(第2部)が制作したものです」と記されています(173ページ)。訳者あとがきと解説で「本書は二部構成になっており、Pooh's Little Fitness Book と Eeyore's Gloomy Little Instruction Book (ともに初版一九九六年)という、プー物語の原作にインスピレーションを得た、二冊の小さな本で成り立っています」(162ページ:解説)などと説明されています。つまり、原書の著者はメリッサ・ドーフマン・フランスとジョーン・パワーズであって、ミルンではなく、また後半はフィットネスには関係ありません。それを「フィットネス・ブック」という邦題を付けた挙げ句に、カバーにも中扉にも「A.A.ミルン=原案 E.H.シェパード=絵 高橋早苗=訳」とのみ表記して著者名表示をせず(上記の末尾と訳者あとがき、解説の他、奥付と、目次の次のページに「編著者」の表示がされてはいますが。なお、英文の著作権等表示にも著者名表示はされていません)、著者が何者かの紹介はどこにもないというのは、いかがなものでしょう。目につくところには著者名を表示しない一方で、「A.A.ミルン原案」と繰り返し表示していますが、この本にミルン自身が何か関わっているのでしょうか。1956年に死んだミルンが1996年の本に関与しているとは思えません。こういう売り方には疑問を持ちます。


原題:Pooh's Little Fitness Book、Eeyore's Gloomy Little Instruction Book
メリッサ・ドーフマン・フランス、ジョーン・パワーズ 訳:高橋早苗
ちくま文庫 2022年5月10日発行(単行本は1999年12月、原書は1996年)
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画聖 雪舟の素顔 天橋立図に隠された謎

2022-07-22 23:19:59 | 人文・社会科学系
 京都では成功しなかった拙宗が大内氏支配下の山口に移り、雪舟を名乗り巧みな自己プロデュースで頭角を現し、遣明使として中国に渡り、中国の著名画家の作風に倣った作品で売り出し、応仁の乱後の将軍家の跡目争いの一方の雄であった大内氏の意を受けて拠点となる地の状況を探り報告するなどの役割を果たしていたことを論じた本。
 天橋立図を特に取り上げて、これが両陣営の前線で後に戦場となることが想定された天橋立、府中の地理、町並みを写し取ったものというのが、論述の骨になっています。
 雪舟の絵と確定されているものは少ないので、京都時代の絵がどうだったのか、同じような作風だったのか、山口に移りまた中国で見聞して画風が変わったのかがよくわからず、この本でもそのあたりは紹介されていないので、納得できるようなできないような読後感です。
 国宝指定の作品が多いのが、作品自体の評価によるのか、有力者の地元で京都から来た画家という立場を利用して京都から来訪した禅僧に次々と詩文を書いてもらうなどして大家であるとアピールした文書等の歴史資料に幻惑されたのか…というあたりがこの本を読んで生じる雪舟観ですね。


島尾新 朝日新書 2022年4月30日発行
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透明水彩レシピ4 光と影 31人の技法と作品

2022-07-21 21:16:30 | 趣味の本・暇つぶし本
 水彩画の技法、特に光と影の表現について解説した本。
 水彩画を描く際に用いる水彩紙について、コットン100%の加熱加工した目の細かい紙とそうでないもの(パルプ混合で目が細かくないもの)で描ける絵のタイプというか質が変わってくるということが、23ページの作例の比較を見ると実感できます。
 マスキング(ゴムや樹脂の入った速乾性のインクを塗っておいて彩色後に剥がすことにより着色していないハイライト部分を残す)やスパッタリング(絵の上で絵筆を叩いて絵の具を散らす)などの技法の効果がよくわかりますが、他方でいかにもそうやって描いてるよなぁという絵(例えば80~81ページ、114~115ページ)に素直に感動できなくなる感じがします。
 今回は、風景画では92~93ページの絵、静物画では87ページ上側の花と102~103ページの猫が、私のお気に入りです。


日本透明水彩会編 日貿出版社 2020年4月20日発行
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