シカゴ出身の肌の黒くない混血黒人女性2人、黒人の出自を隠し人種差別主義者の夫と結婚して白人として生きるクレアと黒人社会の中で黒人としてのアイデンティティを持って生きるアイリーンが再会しクレアがニューヨークに住むアイリーンを頻繁に尋ねるようになっての愛憎劇。
設定上、クレアは冷酷でジコチュウで欲しい物を手に入れるために手段を選ばない人物として描かれ、アイリーンは正直に黒人としてアイデンティティを保つ人物とされています。そういう設定で黒人の作者が書いた作品ですから、クレアは裏切り者で、アイリーンは正義の人物となるのが通常のパターンですが、この作品はそう単純には行きません。
クレアが出産するときの、黒い肌の子が生まれて黒人とばれるのではないかという恐怖が描かれ、クレアの地位の不安定さが前半で強調されていますし、最後にクレアが死ぬことも、クレアの生き方を否定的に示しているとは言えます。しかし、クレアは女性として魅力的に描かれ、黒人集落を訪れても人びとを惹きつけます。他方、アイリーンは、ブラジルに新天地を求めたい医師の夫にニューヨークから去ることに反対し続け、夫が子どもたちに黒人差別の実情を教えることに反対し、むしろ隔離された黒人集落内での成長・発展を拒否した安定を強く指向する人物として描かれます。そして、(アイリーンの頑なさに嫌気がさした)夫とクレアの親密さを感じ取り不倫を疑い始めてからは、クレアを追い出すためにクレアの夫にクレアが黒人だと知らせようかと悩み、クレアの夫と偶然出会った後はクレアが開き直って離婚してハーレムに住みついてアイリーンの夫を奪うことを恐れてクレアの夫と出会ったことを隠したりさらにはクレアの死を願うに至ります。後半での心情は、むしろアイリーンの方が裏切り者的です(裏切りきれずに逡巡を重ねるのですが)。
黒人であることを隠して(それをPassing、日本語版では「白い黒人」と呼んでいます)欲しい物を手に入れるクレアの生き方の自由と活力にも魅力があり、他方黒人としてカムアウトして正直に生きる者にも小心な安定指向や身勝手さが潜んでいるのではないか。紋切り型ではなくそういった少し考えさせるテーマをはらんだ作品だと思います。
最後に付された解説が、アイリーンとクレアの同性愛指向を指摘しているのは、私は違和感を持ちました。クレアに魅力を感じるアイリーンの描写にそれを暗示するところはありますが、アイリーンはクレアに夫を取られまいとしてクレアを追い出そうとしているわけで、全体として同性愛を読み込むのはうがちすぎだと思います。
原題:PASSING
ネラ・ラーセン 訳:植野達郎
春風社 2006年12月26日発行 (原書は1929年)
設定上、クレアは冷酷でジコチュウで欲しい物を手に入れるために手段を選ばない人物として描かれ、アイリーンは正直に黒人としてアイデンティティを保つ人物とされています。そういう設定で黒人の作者が書いた作品ですから、クレアは裏切り者で、アイリーンは正義の人物となるのが通常のパターンですが、この作品はそう単純には行きません。
クレアが出産するときの、黒い肌の子が生まれて黒人とばれるのではないかという恐怖が描かれ、クレアの地位の不安定さが前半で強調されていますし、最後にクレアが死ぬことも、クレアの生き方を否定的に示しているとは言えます。しかし、クレアは女性として魅力的に描かれ、黒人集落を訪れても人びとを惹きつけます。他方、アイリーンは、ブラジルに新天地を求めたい医師の夫にニューヨークから去ることに反対し続け、夫が子どもたちに黒人差別の実情を教えることに反対し、むしろ隔離された黒人集落内での成長・発展を拒否した安定を強く指向する人物として描かれます。そして、(アイリーンの頑なさに嫌気がさした)夫とクレアの親密さを感じ取り不倫を疑い始めてからは、クレアを追い出すためにクレアの夫にクレアが黒人だと知らせようかと悩み、クレアの夫と偶然出会った後はクレアが開き直って離婚してハーレムに住みついてアイリーンの夫を奪うことを恐れてクレアの夫と出会ったことを隠したりさらにはクレアの死を願うに至ります。後半での心情は、むしろアイリーンの方が裏切り者的です(裏切りきれずに逡巡を重ねるのですが)。
黒人であることを隠して(それをPassing、日本語版では「白い黒人」と呼んでいます)欲しい物を手に入れるクレアの生き方の自由と活力にも魅力があり、他方黒人としてカムアウトして正直に生きる者にも小心な安定指向や身勝手さが潜んでいるのではないか。紋切り型ではなくそういった少し考えさせるテーマをはらんだ作品だと思います。
最後に付された解説が、アイリーンとクレアの同性愛指向を指摘しているのは、私は違和感を持ちました。クレアに魅力を感じるアイリーンの描写にそれを暗示するところはありますが、アイリーンはクレアに夫を取られまいとしてクレアを追い出そうとしているわけで、全体として同性愛を読み込むのはうがちすぎだと思います。
原題:PASSING
ネラ・ラーセン 訳:植野達郎
春風社 2006年12月26日発行 (原書は1929年)