伊東良徳の超乱読読書日記

雑食・雑読宣言:専門書からHな小説まで、手当たり次第。目標は年間300冊。2022年から3年連続目標達成!

挑発する少女小説

2022-06-30 21:16:27 | 人文・社会科学系
 少女を主人公として多くの女性に読まれてきた名作(少年少女世界文学全集的な)少女小説「小公女」、「若草物語」、「ハイジ」、「赤毛のアン」、「あしながおじさん」、「秘密の花園」、「大草原の小さな家」シリーズ、「ふたりのロッテ」、「長くつ下のピッピ」を主人公の少女の側から見た闘いの物語として読み込み解読する本。
 私は自分のサイトで、娘が子どもだった頃に娘に読ませたい本を見繕いながら、「女の子が楽しく読める読書ガイド」という記事を書いていました。想定する作品の読者の年齢層は違っても、ある意味で似たような志向ではあるのですが、私なら残念だと評価してしまうようなエンディングでの主人公の挫折や無難な大人への「成長」をも、主人公の現実的でしたたかな戦略と読む読み込みと作者・読者への温かな目線に、そういう読み方もあるのかと感心しました。私は「あしながおじさん」は、強い元気な女の子に育つという観点からは読むに値しないものと見ていましたし、他方「長くつ下のピッピ」は手放しで賞賛してピッピの孤独やピッピを受け入れるアンニカとトミーのキャパを見るという視点は持てていませんでした。いろいろに目からウロコの思いをしました。


斎藤美奈子 河出新書 2021年6月30日発行
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未来

2022-06-29 20:40:09 | 小説
 大好きなパパが病死し、時々調子のいい日は人間に戻るが大部分の日は人形状態のママと2人暮らしの10歳の佐伯章子に、20年後の30歳の章子からと書かれた励ましの手紙が届き、それを受けて返事を返す方法を思いつかないままに章子が30歳の章子への返事の手紙/日記を書き続けるところから始まる小説。
 「未来からの手紙」という謎を抱えたミステリーとしての体裁を保ちながら、児童虐待、性的虐待を主要な、容貌の美醜による周囲の反応・差別的対応を副次的なテーマとする問題提起型の作品の色彩を強く帯びています。
 「早く失せろ!このブサイクが!二度と、わたしの前に顔を見せないで」「あんたとヤッた時が、一番気持ち悪かったんだから」(455ページ)という言葉を「かばおうとしてくれたのではないか」(462ページ)と考える心情をどう読むか、そのときの感情を当事者はどう整理して折り合いをつけ過ごしたのか、またそれを読んだ者がどう受け止めるか、作者は敢えてそれを書かないことで作者らしい人間の卑小さ、人間への絶望感をより際立たせているように感じられます。


湊かなえ 双葉文庫 2021年8月8日発行(単行本は2018年5月)
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企業法務のWHYとHOW

2022-06-28 21:14:00 | 実用書・ビジネス書
 花王株式会社の法務・ガバナンス部門統括担当の執行役員である著者が、法務部の仕事とそのあり方、法務部員の心がけ等を論じた本。
 ふつうの発想/感覚では、会社では利益を生み出す製造・販売(営業)あるいは企画などが本体業務で、法務部はそのサポートというか、現場からはむしろ目障りだったり足かせと感じられる部署だろうと思うのですが、まえがきから「法務部が企業価値向上のために経営のど真ん中に居座る存在になるべき」と述べているところが、著者の/この本の真骨頂なのでしょう。
 一番分厚い第4章の「いま取り組むべき課題」はいかにも海外に子会社のある大企業ならではのあるべき論で、もちろんサプライチェーン全体のサステナビリティ(海外の調達先などでの児童労働等の人権侵害等をさせない)の推進に努めていただくのはけっこうなことですけど、私のような労働者側の弁護士の経験上、口先でコンプライアンスとかきれいごとをいいながら自社の労働者に対しては労働基準法・労働安全衛生法等の労働関係法規を遵守しない会社が多いこともあり、そういうところはなんだかなぁと思います。第2章の「法務部の戦略」や第6章の「法務部員に必要なスキル、能力、心構え」あたりが読みどころかなと思いました。
 実は、タイトルから、会社側の弁護士が日頃会社とやりとりしていることを書いた本かと思って手に取りました。法務部と社内のクライアント(相談に来る各部署)の関係は、両者がともに同じ会社に属し、縄張りや部署の利害を超えて会社の利益を最優先に考えることでスタンスが決まる(4~12ページ)という点で、会社と(顧問)弁護士の関係とは違うのだということを改めて考えました。弁護士の場合、依頼者の利益を考えその実現に向けた方策を考えますが、立場としては独立の法律家としてであって、依頼者と同じ組織に属していたり依頼者そのものではあり得ないしあってはいけないということが、利点でもありまた難しい点でもあるわけです。


竹安将 商事法務 2022年3月18日発行
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介護職員を利用者・家族によるハラスメントから守る本

2022-06-27 23:59:28 | 実用書・ビジネス書
 介護事業者が、利用者やその家族による介護職員に対するハラスメントを防止したり、ハラスメントがあった後にどう対応するかについて論じた本。
 利用者によるハラスメントは、本来のセクシュアルハラスメントやパワーハラスメントと異なり、行為者が使用者の指揮監督下にないため、なかなか対応が難しいところです。ハラスメント防止・是正のための指揮監督の権限の問題に加えて、就労していない個人の場合には、社会経験がなく他人と協調できないタイプのすごく身勝手で視野が狭くそれでいて自分が正しいと思い込んでいる人が、往々にしているもので、そういう点でも対応の難しさがあります。弁護士として仕事をしていても、ときどきそういう相談者に遭遇しますし、人権相談とか無料相談とか銘打っているとそういう経験をする度合いが上がります。
 そういう対応の難しいことについて、どう書いているのかと期待して読みましたが、基本的には、経営者が利用者を尊重するのと同様に職員も守るという姿勢を示す、組織として対応する、ハラスメントがあったときにはサービス停止等ができるように契約条項等を見直すというくらいで、むしろハラスメントを受けた職員のケア、相談態勢、相談できる環境を整備するということの方に重点が置かれ、現実の対応に際してはケースバイケースなので慎重に聞き取り対応するといったところです。まぁ「正解」も「マニュアル」もないでしょうから、そう書くしかないんでしょうけど。
 他方で、個人利用者に対して、法人事業者が、組織として対応し、ハラスメントは許さないという姿勢で毅然として対応するという方針は、強い者が弱い者を力で踏み潰すということにもなりがちです。家族の分までの掃除・調理・洗濯とか窓拭きとかが「不適切なサービスの強要」だとして「精神的暴力」でありハラスメントとされている(14~15ページ)のを見ると、規則や契約上のサービスからはみ出しているということなんでしょうけど、利用者側から見たらそういう口実で業務を拒否してるだけじゃないかと思えるかも知れませんし、いずれにしてもそれは契約外のサービスなのでできないとか別料金だと言えば済む話で、それを「ハラスメント」と言うことには疑問を持ちます。まぁ、利用者側の要求の仕方にもよるでしょうけど。
 この本の本題ではありませんが、著者が「はじめに」でカウンセラーの仕事について「カウンセリングを受けに来るクライアントには、悩み事を解決する答えをカウンセラーに求める人もいます。しかし、カウンセラーが答えを示すことはありません。答えはすでにその人の中にあり、それをクライアントが自分で見つけられるよう支援するのがカウンセラーの役割です」と書いています。そうなんだ、と腑に落ちました。弁護士は、相談者の抱える紛争等について、解決のために何ができるか、そうした場合にどうなりそうかを答えるのが仕事です(最終的にどうするかを決めるのは本人ですが)。その意味でやっぱりカウンセラーとは仕事が違います。ときどき、特に自分が希望する答えがない(もともと無理な事案)ときに、弁護士にカウンセラーの役割を求めるというか、共感し慰めて欲しいという相談者(カウンセラーとしての資質がない弁護士には相談させるなとか)がいますが、それが欲しいならよそに行ってもらった方がいいなと思います。


宮下公美子 日本法令 2020年9月20日発行
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現代の裁判[第8版]

2022-06-26 19:55:01 | 人文・社会科学系
 裁判所の仕組み、裁判を担う法律家(裁判官、検察官、弁護士等)、民事・刑事等の裁判手続と司法制度改革について概説した本。
 1998年に出版された初版から少しずつ改訂しているということからだと思いますし、まぁ確かに一回書いたものを大幅に書き直すのは面倒だとは思うのですが、この本のたぶん中心的な部分と思われる第4章の裁判の仕組みの記述が、「現代の裁判」と題して、何度も改訂され、この本自体は2022年の改訂版だということを考えると、ふさわしくないというか、「いつの話だ?」と首をかしげざるを得ないところがあり、最後に第5章で裁判をめぐる現代的課題という章を設けて司法制度改革の説明などをすることでお茶を濁している感があります。「民事訴訟に要する時間のかなりの部分が証人尋問・当事者尋問関係の時間であることは否定できない」(178ページ)って、今どき民事訴訟で複数期日にわたる尋問はほとんどなく、民事訴訟にかかる期間の大半は主張整理(準備書面のやりとり)だというのは実務家の間では常識だと思います。刑事裁判の仕組みのところではなんと裁判員制度には触れられていません。ここ10年で3回改訂されているのに、第4章の説明はそれ以前のままなんでしょうか。また、「争点整理期間、証拠調べ期間、判決言渡予定時期等を定めた審理計画の策定」(171ページ)って、民事訴訟法の規定はありますが、私は現実には全然経験ありません。医療過誤事件の設例で病院が倒産したので遺族が病院の債務を連帯保証していた院長に支払いを請求(184ページ)とされてますけど、医療過誤の事件(それも病院は過失を否定して争っている)で遺族に対して院長が病院の債務を連帯保証するなんてことがあり得るんでしょうか。
 そういったことなど、不用意に思えるところや裁判実務の現状と合ってないように思える点がありますが、日本の裁判制度全般をひと渡り理解するにはよさげな本です。


市川正人、酒巻匡、山本和彦 有斐閣アルマ 2022年4月10日発行(初版は1998年6月)
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外国人労働相談最前線

2022-06-25 23:45:43 | 人文・社会科学系
 NPO法人POSSEが2019年4月に立ち上げた外国人労働サポートセンターでの外国人労働者からの相談と支援活動の経験を元に日本での外国人労働者の実情とその改善のためになすべきことを論じた本。
 行政書士事務所が、そこで働く外国人労働者からパスポートと卒業証明書を在留資格更新のためとして預かり更新手続き後も返さず、パスポート管理契約により保管しているとしてユニオンとの団体交渉でも返還を拒否し、そこまででも驚きですが、横浜地裁に2020年1月に提訴した裁判が2022年3月現在なお係属中(12~17ページ)というのは、なんて言ったらいいんだろう。こういう悪辣な企業を法律家が支え、生きながらえさせ、裁判を長引かせているというのも嘆かわしいところです。
 企業への不満を述べた外国人技能実習生を受け入れ先から追い出そうとし罵倒する監理団体(技能実習生を受け入れ先企業に送り出し、受け入れ先企業から毎月監理費を受け取る、国が許可する「非営利」法人)に対し学生ボランティアが中心となって団体事務所を訪れ、事務所前や駅前で情宣をして行政を動かした(監理団体許可取消等)というエピソード(42~45ページ)は、心強いものを感じます。近年、使用者側の弁護士が会社前での情宣についても裁判所の仮処分を駆使して排除を強めてていますが(前は社長等の自宅前の情宣以外はそれほどやられなかったのですが)…労働者側の健闘を期待します。
 著者は、その担い手となっている1995年以降生まれの「Z世代」と呼ばれる若者を「ジェネレーションレフト」と呼んでいます(45~46ページ)。日本の若い世代は、むしろ自民党支持者が多数派を占めていると見るのが昨今の通常の考えかと思いますが、希望を込めて、そう見ておきたい/であればいいなぁというところでしょうか。


今野晴貴、岩橋誠 岩波ブックレット 2022年4月5日発行
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格闘

2022-06-23 22:41:54 | 小説
 何十冊と本を出し大成してルーフバルコニーのあるマンションに住む作家が、何十年か前に、全日本体重別選手権で1度だけ優勝したその世界ではある種奇人変人として知られた孤高の柔道家ハラショウこと羽良勝利の取材を続けて書いたが出版しなかった「格闘」と題する失敗作のノンフィクションを読み返し、取材当時を振り返るという体裁の小説。
 「夢道場」と名付けた小さな道場で柔道を教えている羽良勝利と「はらしょう」という飲み屋の女将康子と名前を名乗らぬ作家である語り手の絡みで持たせていく持って回った感のある恋愛小説です。
 この作者、ジーンズを穿くときショーツを着けないこともあるけど(150ページ)とさらりといいますけど、そういうものなんでしょうか。そして、ダンゴムシについて「身を守るすべが丸くなるだけという、卑しく浅ましい最低の生きものは、思い切って潰すことにしている」(30ページ)って、やっぱりちょっと歪んだというか変わった方のように思われるのですが。


髙樹のぶ子 新潮文庫 2022年4月1日発行(単行本は2019年7月)
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専門家から学ぶコミュニケーション力 ちょっとしたポイントで心地よいコミュニケーション

2022-06-22 23:16:20 | 実用書・ビジネス書
 スクールカウンセラー、保育・介護職など(弁護士も含む)でのコミュニケーションについてのあるべき論やノウハウを解説した本。
 第1部「理論編」が15章構成でほぼ200ページ、第2部「実践編」が執筆者15人で19ページというのは何なんだろうと思いました。実践編は1人1~2ページで、内容もさまざまではありますが、なんといってもあまりに短すぎて、多くは自己紹介や、一言、決意表明(こうやっていきたい)で終わってしまい、何のために書いてもらっているのかわかりません。理論編の方も学者さんが心理学の講義みたいなことだけ書いている(そういうのも、まぁ「専門家から学ぶ」ということにはなるんでしょうけど)ものや、まさに実践から学んだこと、経験から学んだことを書いているものが混ざっていて、私は後者の方が専門家から学ぶというにふさわしいようには思えますが、なんだか本の構成としてあまり考えられていない印象を持ってしまいました。各章の役割分担・調整も徹底されていなくて、同じことが重複しているところが多々ありますし。
 相手に対する第一印象での判断や固定観念に引きずられないようにという指摘(19~20ページ)と、しかし「このアプローチは『本能』を無視してはいけないという認識と、釣り合いを持たせる必要がある。本能的に、人はなんとなく、特定の人物に対して用心しなくてはいけないと感じる場合があり得る」「強い不安をもし自身が感じた場合は、この反応を大切にし、注意を払うべきだと考えられる」(20ページ)という記載。そうなんですよねぇ…
 後半で繰り返されるあるべき論、心がけ論よりも、第2章のノンバーバルコミュニケーションとしての服装、アイコンタクト、顔の表情、態度・動作、距離、声、第3章の話すときには高低アクセントをはっきりさせるとかの方が実践的に意味がありそうに思えます。疲れそうだし、内容と関係ないところで印象をよくするために頑張るというのは、ある意味では相手を低く見てる感じもするのですが。


吉弘淳一編著 晃洋書房 2022年3月30日発行
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若者の性の現在地 青少年の性行動全国調査と複合的アプローチから考える

2022-06-20 22:38:35 | 人文・社会科学系
 1974年以来概ね6年おきに実施されている青少年の性行動全国調査のデータを中心とするアンケート調査の分析と関連する論考を組み合わせて若者の性行動の変化・推移とそれをめぐる社会側の受け止め等を論じた本。
 前半の調査データの分析は、主として統計学的な処理と分析によって論じられています。その部分の執筆担当でない編者が「おわりに」で触れているように(240ページ)、「今までに性的なことに関心をもった経験があるか」という問いにイエスと回答する割合が1999年調査以来減り続けているということを、単純に若者の性に対する関心の低下、「草食化」と決めつけてよいのか、つまりこの質問に対する回答者の受け止め、「性的なこと」の意味内容が時代を通じて同じなのかといった、統計処理をする前に考えるべきことがきちんと検討されているのかの方に、私は疑問を覚え、統計学の知識がない者には正しいのかどうか判断できない技術的な分析には今ひとつ関心を持てませんでした。
 デートDV被害についての質問で、高校生と大学生を合わせ、被害経験ありの回答が、2011年調査で女子の24.6%、男子の20.9%、2017年調査で女子の21.3%、男子の17.9%とされています(73~74ページ)。この分析を担当した執筆者は、一般成人を対象とした調査や10代の若者を対象とした調査では、男女の加害経験や被害経験が同程度になりやすいとも述べています(71ページ)。本当ですか? 回答者がDVとか「被害」をどういうものと受け止めて回答しているのか、ちゃんと確認なり検討しないでいいんでしょうか。この回答を統計的に分析すれば真実・実態が明らかになるんでしょうか。
 学校の委託を受けて性教育の出前授業をしている人がコンドームの模擬装着をしたら、生徒の一人から「コンドームなんか見たくない」「スクールセクハラだ」と言われたという話(165ページ)。こういう風潮、こういう声が出たらそれに過剰に反応する風潮、とても嘆かわしいと思う。
 そういったことなど、いろいろと考えさせられる本でした。


林雄亮、石川由香里、加藤秀一編 勁草書房 2022年3月25日発行

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世界裁判放浪記

2022-06-19 21:21:50 | エッセイ
 弁護士である著者が休業して世界を放浪中にその地の裁判所を訪れた際の裁判所・法廷の様子、裁判官の雰囲気(スケッチもあり)、垣間見た裁判の審理の様子などを綴ったエッセイ。
 外国の裁判所について紹介した本はたいていは研究者が文献等で研究したその国の裁判制度の枠組みを説明し、裁判所に訪問を申し込んで裁判所の幹部や裁判官等と意見交換や質疑を行い、その様子を説明するもので、そういった本は制度を正確に理解し、統計的なことや通常の審理などを把握するのに適切だと思われますが、他方で、基本的に裁判官・裁判をする側の見方による情報に偏りがちです。この本は、その国の司法制度を調べてもいない著者が、調査の目的ではなく「放浪する」ために滞在している国で、現地の言葉もよくわからないままに傍聴席で見た裁判官や被告人、審理の様子を、近くで傍聴している現地の弁護士などに話しかけて説明してもらったりした限度で紹介しているもので、制度の正確な理解は期待できませんが、傍聴席から見た印象に徹底していて、そこが売りなのだと思います。
 124か国を回りながら裁判所に足を運んだのが30か国(264ページ)で、入国してすぐに裁判所に行くといったケースはあまりなく滞在後1か月とかそれ以上経ってようやく裁判所に行くことを思い立ったり、サンクトペテルスブルクと成都では外国人は許可なく傍聴できないと言われてあえなく追い出されていたりと、裁判所訪問はついでで、たまたま訪問したケースを書いてますという感じが強く出されています。それぞれの国での説明も、いきなり裁判所訪問から入らずにその地の風物、飲み食いしたものなどを書いて、地域の雰囲気をつかんでから裁判所のことが書かれることが多く、そういう国で、こういう裁判所ねと読めるようになっていて、基本的には、紀行文の中に裁判所の様子もあるという緩い読み物です。たぶん、まさにそこに、この本の価値があるのだろうと思います。
 弁護士として、もう一言すると、著者が日本の弁護士であることで、単なる傍聴者よりは裁判当事者に思いが及びやすく、裁判傍聴は他人の人生がかかった手続を「あっちの世界」としてエンターテインメント化するいやらしさがつきまとう(180ぺーじ)とか、自らが法廷の時間を「秘境ツーリズム」的に消費しているうしろめたさ(192~193ページ)を意識している点が、ただの物見遊山にとどまらない質を確保させているのだと思います。


原口侑子 コトニ社 2022年3月30日発行
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