伊東良徳の超乱読読書日記

雑食・雑読宣言:専門書からHな小説まで、手当たり次第。目標は年間300冊。2022年から3年連続目標達成!

僕が死んだあの森

2025-01-19 20:42:01 | 小説
 フランスの小さな村で、なついていた犬が車にはねられ目の前で飼い主に撃ち殺されたのを見て衝撃を受けた12歳の少年アントワーヌが、事情を知らずにやってきた隣人の6歳の少年レミに手にした木の枝を振り下ろして殺害してしまい、その後行方不明のレミを捜索する騒動に怯えつつ過ごす日々を描いたサスペンス小説。
 主人公の視点から周囲の人の視線や捜索の手が近づかず遠ざかることにどこかホッとしつつ、しかし第三者の視点からそれでいいのかという思いに駆られる、その不安定な心情を読む作品かと思います。そういう点で、それにふさわしいラストだと私は思いましたが、納得できない思いを持つ読者もいるだろうなとも思います。
 舞台は最初が1999年で次が2011年。日本ならJCOの臨界事故と福島原発事故の年ですが、もちろんそういう話題は出てきません。日本の小説ならお約束のノストラダムスも…


原題:TROIS JOURS ET UNE VIE
ピエール・ルメートル 訳:橘明美
創元推理文庫 2023年10月10日発行(原書は2016年)
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受験生は謎解きに向かない

2025-01-05 21:45:07 | 小説
 「卒業生には向かない真実」で完結した「自由研究には向かない殺人」以下3冊シリーズのエピソード0です。
 1作目が明るく始まったもののどんどん暗くなっていったシリーズの前日譚が、ちゃんと明るいトーンに戻っているところはさすがと思いました。1作目で不自然というか唐突に思えたピップが5年前に起きて誰も不審に思っていない殺人事件の真実を疑いその解明を自由研究の目的にする動機もうまく説明していて、エピソード0としては出色のできといってよいと思いました。
 友人が作成した殺人事件ミステリーゲームの登場人物に友人たちがそれぞれなりきってプレイヤーとして推理するという設定については、それぞれが指示に従うゲームのため、自分が扮している人物の真実を知らないので、登場人物の内心を描いてもゲーム上の人物の内心はわからないということになって、ある意味で巧妙なというか斬新さがあります。事件の捜査/調査を自由研究のテーマにするという第1作の設定も合わせ、こういう思いつきの巧みさに感心しました。
 他方で、殺人事件自体が所詮はゲーム(絵空事)ということが、読者のみならず登場人物もそう思っているというのが二重に真剣味を欠いてしまうこと、各人がゲーム上の登場人物の名前と作品中の登場人物の名前で呼ばれ、名前を覚えるのが苦手な私はシーンごとに人物の同定に苦しみ混乱して読みにかったことが、残念に思えました。


原題:KILL JOY
ホリー・ジャクソン 訳:服部京子
創元推理文庫 2024年1月12日発行(原書は2021年)

「自由研究には向かない殺人」は2023年9月12日の記事で紹介しています。
「優等生は探偵に向かない」は2023年9月13日の記事で紹介しています。
「卒業生には向かない真実」は2023年11月20日の記事で紹介しています。
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黄色い家

2024-12-28 23:21:41 | 小説
 1990年代後半の東京で行き場のない女4人がともに暮らしていた封印していた記憶をコロナ禍のときに振り返り、辛く忘れたい過去だったのか真実は違ったのかを思い惑う小説。
 語り手の伊藤花が、自分がただ仲のよい相手とともに暮らしたいと思って始めた共同生活なのに、いつの間にか自分ばかりが犠牲になっているという思いを募らせる流れが、切なく思えます。その思いも、花が、何も考えていない、楽していると見ている相手方からは別のように見え、それを指摘されて花がたじろぎつつさらに対立が深まるのも、端から見ているとやはり悲しい。世に好きで結婚した相手との離婚がつきないことからして、人間関係の宿命かも知れませんが。
 責任感が強いというか、周りの人が負った負債や生活能力の喪失を自分が解決しないといけないという気持ちになってしまう(もちろんなぜ自分がという被害者意識も持っているのですが)花が、真っ先に犯罪に手を染めてしまうという展開が、問題提起なのでしょうけれども哀しいところです。
 できごとについての報道、世間の目が、当事者ないし近しい人から見た「真実」と違うことが1つのテーマとなっている作品です。それが読売新聞に連載されていたというのも興味深いところです。


川上未映子 中央公論新社 2023年2月25日発行
2024年本屋大賞第6位
読売新聞連載
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ミーナの行進

2024-12-27 23:07:41 | 小説
 岡山で母と暮らしていた朋子が中学生となる1972年に芦屋に住む裕福な伯母夫婦に預けられ、1つ年下の従妹ミーナやコビトカバのポチ子らと過ごした1年をまばゆく懐かしい想い出として語る小説。
 それまでの人生と隔絶した裕福な暮らしを夢のような楽しい日々として思い返す、ノスタルジー小説の王道を行く作品で、暗さや辛さとは無縁なものですから、読後感は軽く清々しい。
 朋子と同学年となり、1972年を関西で過ごした私には、触れられるできごとや世相も懐かしく、物語世界に入りやすかったという点からも基本的には読みやすいものでした。
 TIMEが「2024年の必読書100冊」に選んだ(日本人作家の作品としてはこの1冊だけだとか)という記事を見て、読んでみたのですが、そういった明るい青春ノスタルジー小説ということが評価されたのでしょうね。「ラジウム飲料」が体にいいということに何の疑問も呈されず、ミュンヘンオリンピックでのイスラエル選手団殺害事件について、もちろん選手たちが被害者であることはそのとおりですが、「イスラエルは迫害を生き延びたユダヤ人が作った国」としてイスラエルが100%正しいみたいなことを無邪気に言えるセンスがアメリカ人に評判がいいのかなと勘ぐってみたりもしますが。


小川洋子 中公文庫 2009年6月25日発行(単行本は2006年4月)
読売新聞連載
谷崎潤一郎賞受賞作
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リスボンのブック・スパイ

2024-12-08 21:22:54 | 小説
 第2次世界大戦の最中、ニューヨーク公共図書館のマイクロフィルム部で働く27歳のマリア・アルヴェスが、後輩の男性が新たに組織された外国刊行物取得のための部局間委員会(IDC)に採用されて海外派遣されることを知り、自分も派遣されたいと積極的に売り込んでリスボンで敵国側の発行物を収集してマイクロフィルム化して送る任務に就きつつ、さらに有益な情報を求めて踏み込んでいくうち、リスボンで書店を営みつつナチスドイツ占領下の国々から逃亡してきたユダヤ人たちをポルトガルの秘密警察の目を避けて匿いアメリカに旅立たせるための活動を続ける28歳のティアゴ・ソアレスに惹かれて行くという小説。
 マリアの強い意志と度胸、ティアゴの覚悟と信念に心を揺さぶられる作品です。この物語が感動的なのは、やはり迫害されるユダヤ人を助けるために献身的に活動するティアゴと周りの人々がいて、そこにマリアも引き寄せられて行く展開にあると思います。それを訳者あとがきで「マリアは強い愛国心と正義感を胸に」(439ページ)とまとめられてしまうと、ちょっと違和感を持ちます。マリアの動機心情はややもすれば軽くあるいは観念的情動的に見えますが、弱者を迫害する権力者・独裁者への敵対心・反発に、言い換えれば迫害される者を救いたいというところにこそ焦点が置かれ、それは「愛国」というのとは別のものではないかと思うのです。
 実在の人物・事件を元にしたフィクションということですが、そういう人々の活動に希望と敬意を感じ、読み味のよい作品でした。


原題:THE BOOK SPY
アラン・フラド 訳:髙山祥子
東京創元社 2024年9月27日発行(原書は2023年)
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告発者 上下

2024-12-03 23:18:45 | 小説
 裁判官の不正に関する告発を受けて調査するフロリダ州司法審査会の調査員レイシー・ストールツが、判事がカジノなどの利権を持つキャット・フィッシュ・マフィアと呼ばれるギャングと組み賄賂を受け取って便宜を図る裁定を続けているという告発を受理して調査を続けるが…という小説。
 グリシャムらしいテイストの作品ですが、法廷シーンはなく法律家業界ものです。また、かつてはジェット・コースターのようなとか、「グリシャム・マジック」という紹介がされるのが定番だったグリシャムですが、むしろあまりひねらず安心感のある展開の作品に思えます。
 大企業や権力者の悪行をテーマとするのではなく、マイノリティの先住民に敵意を煽るような設定が採用されているのが、私には今ひとつ読み味が悪く思えました。
 「解説」で、この作品で初登場のレイシーを主人公にした続編が発表されるまで5年かかったことについて説明しています(下巻366ページ)が、それよりもこの作品自体の出版に関して、グリシャムの新作が邦訳までに8年もかかったのはなぜかの方を教えて欲しいと思いました。


原題:THE WHISTLER
ジョン・グリシャム 訳:白石朗
新潮文庫 2024年11月1日発行(原書は2016年)
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リスペクト-R・E・S・P・E・C・T

2024-11-24 23:11:12 | 小説
 ロンドンのホームレス用ホステル(シェルター)ザ・サンクチュアリから退去要求を受けたシングル・マザーたちが抗議運動を始め、長らく放置されていた無人の公営住宅を占拠し、行政に住宅政策の変更を迫るという小説。
 実在の運動(FOCUS E15運動、カーペンターズ公営住宅の空き家占拠・解放活動)に着想を得たフィクションだそうです。
 活動経験のないシングル・マザーたちが、古い活動家(日本でいえば60年安保世代くらいでしょうか)のアドバイスを受け、周囲の低収入労働者層の住民の支持を受け運動を拡げていく様子が好感できます。
 「都市部では住宅は不足していません。住宅で儲けようとしている企業や団体のせいで、人が住める家が不足しているだけです。この公営住宅が空き家のまま放置されていたのも、売却交渉がうまくいかなかったから。いつでも交渉が成立したら売れるよう、区はここを無人のままにしておきたいんです。(略)人間よりも不動産売買の交渉のほうが大事だと思われている。ホームレスをホステルから退去させるのも同じ理屈です」(173ページ)という主人公ジェイドの言葉が状況をよく表しています。
 2012年まで空き家占拠が犯罪にならず、運動家が空き家をアジトとし、スクウォッティングと呼ばれていた(72ページ)イギリスの社会とその意識を背景とするもので、日本人には、そのような状況があっても他人の所有物を占拠することへの違和感があり、作者は日本人新聞記者史奈子にそれを語らせています。その史奈子が次第に運動に溶け込んで理解を深めていくという構成で、それは巧いなと思います。もっとも、その日本人の所有権不可侵的な意識も、戦後すぐの労働運動が昂揚した時期に自然発生的に始まった工場占拠・生産管理闘争が厳しい弾圧で叩き潰されずに勝利してその運動が引き継がれていたら、まったく違ったものとなっていたのではないかとも思うのですが。


ブレイディみかこ 筑摩書房 2023年8月5日発行
「ちくま」連載
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わたしたちに翼はいらない

2024-11-23 22:38:51 | 小説
 学級カーストの上層にいた、今も人を見下すことが習い性になっている性格が悪くてそれを自覚していない中原大樹・莉子夫婦とその友人住吉美南、その同級生で大樹にいじめられ屈辱感を味合わせられそれを引きずる園田律、中原と住吉と同じ保育園に娘を預けているやはりいじめられた過去を引きずる佐々木朱音らが絡む日々を描いた小説。
 タイトルは、朱音が小学校でいじめられ校舎から飛び降りて骨折して休んだところへ訪ねて来て朱音の話を聞き、「犀の角のようにただ独り歩め」「雲に届くように高く飛びなさい。きみには翼があるんです」と言って去った教師に対して大人になっても反感・違和感を持ち続ける佐々木朱音の心象(199ページ)から採られています。もちろん人それぞれですけど、青春ドラマでの理解者というか一風変わった独自の大人に感銘してしまうような私たちおじさん世代は、もう若者には理解されないのだなという哀感を持たせる作品のように思えました。


寺地はるな 新潮社 2023年8月20日発行
「小説新潮」連載
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これは経費で落ちません!12 経理部の森若さん

2024-11-11 22:59:40 | 小説
 中堅石鹸・入浴剤メーカー天天コーポレーションの経理部に勤務する12巻時点で入社8年30歳の主任森若沙名子と経理部の面々、営業部の山田太陽らの会社勤めと人間関係、仕事上の駆け引き等と恋愛関係を描いた小説。
 婚約者山田太陽との結婚を、2人が同い年のときにしたいという理由から9月にすることにして、そこに向けてタスクリストをこなして行く森若の希望と不安、特に女性が働き続けるために足かせとなる負担と不公平への不満と不安、それを考えない周囲への苛立ちと抗議が描かれています。そういうテーマということもあり、経理部以外で登場する人たちのエピソードも、女性従業員の活躍や悩みにスポットが当てられている感じです。この巻に関して見ると、働く女性たちへのエールを送りたい作品というイメージが強いです。


青木祐子 集英社オレンジ文庫 2024年10月22日発行
1巻~11巻は2024年7月17日の記事で紹介しています。
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死神の棋譜

2024-11-05 22:30:05 | 小説
 8年前に年齢制限でプロ棋士になれず奨励会を退会し今は将棋関係のライターとなっている北沢克弘が、将棋会館を訪れた際、詰め将棋の矢文が発見されたと話題になっており、先輩物書きの天谷敬太郎から22年前にも同じようなことがありその際天谷と同期の奨励会員だった将来を嘱望されていた十河樹生が失踪したことを聞かされ、今回矢文を発見したという元同期の奨励会員だった夏尾裕樹が連絡が取れなくなって、北沢が夏尾の妹弟子玖村麻里奈への下心も絡んで夏尾の行方と過去と現在の謎を追うというミステリー。
 ミステリーとしてのできはいいと思うのですが、比較的シリアスな流れの中で、夢・夢想ではあるのですが、神殿とおぼしき洞窟内での彫像が動き回る将棋のシーン2箇所が、私には「ハリー・ポッターと賢者の石」の魔法チェスを連想させ、なんだかちょっとねぇと思いました。


奥泉光 新潮新書 2023年3月1日発行(単行本は2020年8月)
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