伊東良徳の超乱読読書日記

雑食・雑読宣言:専門書からHな小説まで、手当たり次第。目標は年間300冊。今年も目標達成!

ブルー・ムーヴィー

2007-01-31 23:03:19 | 小説
 ハリウッドの著名監督がトップスターを使ってハード・コアポルノを撮るというテーマのコメディ小説。
 ハリウッドの俳優とスタッフのルーズなというかただれた性関係が延々と描かれています。作者がハリウッド映画の脚本家だっただけに、映画制作の実務的な描写も多く、そういうあたりからするとゴシップ的な部分もそういうものかもと思ってしまいますね。
 コメディとして読むから、まあいいですけど、まじめに考えたら差別的な感覚の表現が少なからずあり、今時の出版としては疑問があります。書かれたのは1970年ですが、その頃でもこういう表現は疑問視されたと思うんですが。
 こういうハードコアポルノの作成に、観光客集めの目的でリヒティンシュタイン政府が出資するなんて設定やヴァチカンの僧侶が実力でフィルムを奪取するとかいう設定には、リヒティンシュタインやヴァチカンから文句出なかったんでしょうかね。


原題:BLUE MOVIE
テリーサザーン 訳:村上博基
早川書房 2006年12月15日発行 (原書は1970年)
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花ひらく王朝文化 平安・鎌倉時代

2007-01-31 22:59:21 | 人文・社会科学系
 平安・鎌倉時代の文化についてコンパクトに解説した本。和歌や音楽、遊び、祭り、茶、絵画と書、土器・陶磁器を取り扱っています。
 平安時代の蹴鞠の名手がリフティングをしながら清水寺の欄干を何往復もした(30頁)とか、ろくろとトンネル状の窯の発明で大量生産された須恵器が燃料である樹の伐採・枯渇のために平安後期に途絶えて焼き物文化が断絶した(86~87頁)とか、なかなか興味深く読みました。昔も環境問題があったわけですね。鎌倉時代に大きな甕が大量生産されて庶民が利用できるようになったことが、種の保存や堆肥作成の技術につながって農業生産力を飛躍的に増大させた(92~94頁)というお話も、貴族中心の文化論を超えて考えさせられました。
 内容が固いので薄さのわりに読むのに時間がかかりましたけど、教養本としてはいい感じでした。


中村修也監修 淡交社 2007年1月7日発行
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小椋久美子&潮田玲子のバドミントンダブルスバイブル[レベルアップ編]

2007-01-29 08:11:26 | 趣味の本・暇つぶし本
 日本女子バドミントンのダブルスのエースコンビ、オグシオこと小椋選手と潮田選手の映像でバドミントンのダブルスのテクニックを紹介するDVDブック。
 フットワーク練習、ノック、試合映像と進んでいきますが、練習編では、どっちかというとオグシオより、プロのコーチのノック(特にレシーブ練習)のテンポの速さにビックリ。Chapter23で中島コーチのノックのフィードの映像が入っていてそれを見て納得。Chapter45でも2対1(1の方はハーフコート)のスマッシュ練習でのコーチのレシーブ技術が光ってたり・・・。
 試合映像は、ステップを踏んだ解説ではなく、2005年の全日本総合の決勝戦、日本リーグのヨネックス-三洋戦、デンマークオープンの決勝戦の映像を使ってオグシオの技術を解説しているものなので、それを見て参考にするというよりは、オグシオの名場面集みたい。それはそれでかっこいいけど。決勝で勝ったマッチポイントは戦術と関係なく収録されてるし。左奥へのロブを12本続けてミスを誘うChapter57とか、そんなことできる状態なら別に何やっても勝ってるとも思えますし・・・Chapter58なんてバドミントンのゲームではちょっと考えられない1分55秒のラリーとか・・・。
 練習用より、オグシオ人気でバドミントンに興味を持った人向けかも。


喜多努監修 ベースボール・マガジン社 2006年12月15日発行
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幻をなぐる

2007-01-28 10:19:42 | 小説
 表題作(すばる文学賞受賞作だそうな)は、田舎から東京の美大に行ったものの夢やぶれて郷里に帰り実家の薬局で仕事もせずぶらぶらしている不器用な女が、元同窓生のエリート美青年と一夜を共にするが相手は新興宗教の勧誘目的で手当たり次第に女と寝ていることを知り、自己嫌悪に陥りつつもなお相手を求めている自分と戦い煩悶する様子を描いた小説。
 20代半ばの女性を、これだけ無様に屈辱的に描けるのは珍しいとはいえますが、なんか露悪的・自虐的で読後感がよくないですね。今風でない、どこかねっとりと絡むくせのある文体は、もう少し骨のあるテーマだったら、それなりに生きるかもしれませんが。
 幻と戦った後、エンディングが、ぶらぶらしていないで働けと言っていた兄から薬局の手伝いをしてくれと言われたのが優しく感じたというのでは、夢を追って敗れた者に、夢を追う前の敷かれていたレールに乗る普通の人生がやっぱりよかったという教訓を垂れているようで、いやらしい感じがしました。

 カップリングされている「鸚鵡」は、主人公の女子高校生が、弟の同級生男の乱暴で独善的な性交に辟易しつつ姉の同級生女のキスに陶酔しというように、受け身の性行為に翻弄されながらニヒルな考えに浸る、ちょっと70年代風の作品に見えます。しかし、マルクスやウェーバー、デリダなんかを並べて「足を引っ張ることはあったとしても、一度だって世の中の役に立ったことなどないのにね」(114頁)というあたり、夢やぶれた元左翼転向者の匂い。「確かな行為、確かな感覚、確かな言葉。そんなことより、こうして無防備であることの方が、よっぽど大切であると思う」(136頁)となると、結局のところ、体制順応ってことなんでしょうね。


瀬戸良枝 集英社 2007年1月10日発行
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また会う日まで

2007-01-28 00:11:06 | 小説
 大阪在住の25歳OLが1週間休暇を取って東京に行き、大学の写真部の同窓生男、元会社の同僚女のところを渡り歩きながら、高校の同級生男やそれにつきまとう後輩女と過ごすというような小説。
 同窓生との久しぶりの再会で、変わったような、しかしあまり変わらないような、違和感となごみ感をもちつつの会話と間の取り方は、こういう感じわかるとは感じます。
 でも、特段の事件も起こらず、東京を放浪し次々と人に会うだけの、旅先で昼間からぶらぶらしている点では非日常だけど中身は日常の話ばかりで1週間が過ぎて終わってしまうと、何だったんだ、これは?と感じてしまいます。
 それから、大阪人で関西弁しゃべり続けているのに、文章の端々に東京の方が大阪よりいいと匂わせているのが、少し卑屈な感じがして、ちょっと哀しい。


柴崎友香 河出書房新社 2007年1月30日発行(この発行日付って、あさって・・・)
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徹底図解 飛行機のしくみ

2007-01-27 08:51:12 | 自然科学・工学系
 飛行機のことを広く浅く解説した本。見開き2ページパターンで歴史や原理、機体のしくみや航空会社のことなど様々なことを書いています。
 飛行機の設計がかなりデリケートなことや主翼に付いているフラップやエルロン(補助翼)、スポイラ、尾翼が非常に重要な役割を果たしていることなどとても勉強になりました。フラップを拡げるだけで揚力が80%も大きくなって、乗客を乗せた状態ではフラップなしでは離陸できない(84~85頁)とか、垂直尾翼がないと飛行機はまっすぐ飛べなくてへたをするとコマのように回転しかねないとか(88頁)知りませんでした。旋回時のエルロンやスポイラの動きとか知ると、翼の上の席に当たったときは翼を眺めて楽しめそうです。
 また、ふだん意識しませんが、航空機は低温(-数十度)低圧(0.2気圧)の中を高速で飛ぶわけですからかなり厳しい環境条件で、その中で経済性を追求するギリギリのラインを求められる設計・製造はかなり大変です。飛行機の構造試験では安全率を掛けた終局荷重で3秒持ちこたえることが求められるそうで、「航空機の場合、過剰な強度は重量の増加を招くので、規定どおりの荷重で壊れるのが最適な設計といえる」(138頁)だそうです。乗客としては、ちょっと複雑な気持ち。


新星出版社編集部編 新星出版社 2006年12月25日発行
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技術の伝え方

2007-01-24 00:04:11 | 自然科学・工学系
 個人や組織が技術を伝えていくやり方について検討した本。
 ありがちな教育やマニュアルは、教える側の視点で教える側が言いたいことだけを言っているきらいがあって、それでは伝わらない、伝えられる側の視点が大事だというのは、技術に限らず、あらゆる場面で言えそう。まずやらせてみる(体験させる)、最初に全体を見せるというのも、大切なことですね。特定の部分の話を聞いているだけじゃ、知識としては詳しくなっても、やっぱり身に付きませんもの。
 それから、マニュアルが、こうあるべきことだけを書いていて、結局はこううまくいったらいいなということしか書いていないという指摘は納得もの。どうしてそうすることになったか、その裏にどんな失敗があったか、その指示を守らないとどんな危険なことになるのかをきちんと書いておくことが大事なんですね。
 全体の話とは別に、日立の原発でのタービンの設計ミスの原因論で、コンピュータによる設計(CAE)の発展で昔は試作品を作り実物実験をしていたのがコンピュータ上でできてしまうものだからそれを省くようになり、コンピュータの入力データに欠陥があると欠陥品を開発してしまう危険があるのにコンピュータできちんとシミュレーションしているから大丈夫だという気になってしまうのが落とし穴という趣旨の指摘(40~44頁)があるのは、昨今の技術のあり方との関係で重要な指摘だと思いました。


畑村洋太郎 講談社現代新書 2006年12月20日発行
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お父さんはやってない

2007-01-21 14:45:31 | ノンフィクション
 痴漢冤罪事件の元被告人と妻が、逮捕から高裁での逆転無罪判決までの経緯をつづったノンフィクション。
 もちろん、著者の目的は無実であることと無実の者が突然逮捕されて1審で実刑判決を受ける恐怖やそれを覆すことの大変さを記録することにあるわけです。しかし、私の感覚では、前半の裁判前の話が、刑事手続を一般の人の目から理解し感じるのにとてもいい教材だと思いました。話者が逮捕された本人とその妻で交替に書かれているのも、同じことを塀の中と外から、違う観点から描かれているのが理解を深めます。前半から中盤の逮捕された本人と妻の考え・感情の違いも、被告人とその家族のズレ・行き違いとしてよくあることですが、刑事手続中の関係者の置かれた立場をよく表しています。
 そういう観点からは、この被告人の場合、友人に恵まれ、無罪立証のために大弁護団が組まれたり、運動が展開され、証拠のためのビデオ撮影やそのためのセット作りとかかなり大がかりに展開されていて、そこが、痴漢冤罪で無罪判決を勝ち取るためにはここまでやらなくちゃいけないのかと思わせて、読者が暗澹たる気持ちになるのが難点。
 弁護士の立場からは、1審で負けた弁護人も含め、弁護団の活動には、そこまでやるかと敬服します。それでも著者が弁護団に不満な様子を見せているあたりには、弁護士としては、悲しいというか、弁護士って因果な商売だなあと思います。


矢田部孝司、矢田部あつ子 太田出版 2006年12月17日発行
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絵とき溶接基礎のきそ

2007-01-19 09:18:11 | 自然科学・工学系
 溶接の理屈と作業の解説書。
 前半は、溶接の基礎と炭酸ガス半自動アーク溶接、ティグアーク溶接、被覆アーク溶接の作業について、わかりやすく書かれています。上手な人の例とへたな人の例が出ていたり、溶接棒や電流の選択、距離の取り方や進める速度でできが違うとか、技術がいることがわかります。
 後半の各種材料の溶接になると、解説が一気にラフに(専門用語の羅列に)なり、金属材料によって溶接の難しさが違うことはわかりますが、なんか難しいのねって印象で終わってしまいます。
 最後も前半の水準で書いてくれるとよかったのですが。


安田克彦 日刊工業新聞社 2006年11月10日発行
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アメリカの終わり

2007-01-19 09:16:09 | 人文・社会科学系
 ネオコンの本流を自認する著者がブッシュ政権の政策、特にイラク戦争を誤りと指摘し、ネオコンが今や「先制攻撃」「体制転換」「一方的外交」「善意による覇権」といった考え方を密接に結びつけられてしまった現在ではネオコンを本来の意味に戻す努力をするよりネオコンをいう名称は捨てて新たな外交政策を打ち出した方がいい(著者は仮に「現実的ウィルソン主義」と呼ぶ)と論じている本です。
 著者の言いたいことは第1章(14~24頁)でおおかた書かれています。忙しい人は第1章だけ読めばいいかも。
 第2章のネオコンの来歴は、ネオコンがニューヨーク市立大学の元左翼学生の右転向グループに端を発するというエピソードに始まり、後はひたすら関係者の名前の羅列で、よほど興味のある人以外には退屈。もっとも、この部分で、ネオコンはスターリニズムへの失望・反感が根底にあるので大胆な社会改造には懐疑的ということが展開されていて、ネオコンは本来外部から他国に民主主義を建設するということには懐疑的ということを裏付けているのですが。
 第3章で、アラブ人のテロリストはアラブの非民主的体制で育ったのではなくヨーロッパの民主社会で疎外されていると感じて聖戦主義に至ったのであり、アラブに民主主義をもたらすことはテロの解決に結びつかない(92~93頁)と論じているのはなかなか示唆的で、考えさせられます。
 第4章以降は、アメリカ特別主義・例外主義を前提とする「善意による覇権」という考えはアメリカの独りよがりで先進諸国からも受け入れられなくなっており、軍事力での解決は最後の手段としてソフトパワーによる解決を目指すべきだったとしています。
 正統性と実効性の両立が困難であることを強調し、国連への不信感が強いことから、各種の国際機関の複合的な利用や民主的な国だけが参加する機関とかいうことを言っていて、今後の政策についてはわかりにくかったりご都合主義的だったりします。そのあたりの色彩を除くと、今後の方向性については、続けて読んだこともあり、「アメリカ外交の大戦略」と同じような感じに思えました。


原題:America at the Crossroads
フランシス・フクヤマ 訳:会田弘継
講談社 2006年11月28日発行 (原書は2006年2月)
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