介護事故(誤嚥、転倒等)をめぐる判決を検討し、施設側の責任(過失)を認めるか否かのポイントとなった事実認定とその事実認定に用いられた資料、特に施設側の記録の記載を評価して、施設側が裁判で有利になるような/不当に責任を認められないような書き方を論じるという本。
総論で、介護事故をめぐる事実認定の資料として、市町村が保管する介護認定審査の資料(主治医の意見書、市町村の介護保険調査員作成の調査票)、ケアマネージャーが作成する居宅サービス計画書、施設サービス計画書、介護事業者作成のフェイスシート、業務日誌、生活記録(介護記録、経過記録、ケース記録)、市町村に提出する介護事故報告書、保険会社に提出する事故報告書(介護事業者が損害保険に加入している場合)などが挙げられ整理されている(10~16ページ)のが、門外漢には助かります。
裁判例の紹介と検討では、事業者の責任の有無を分けたポイントの説明は参考になりますが、この本が目的とする、そのポイントになる事実認定に介護記録の書きぶり、詳細さがどのように影響したかに関しては、比較的明確にされているものもありますが、ごく大雑把な推測にとどまっているものが多々見られます。分析が判決文だけから行われているため、そもそもどのような資料が提出されているかさえわからずに推測しているものが多くあります。この本がうたっている記録の書き方(の具体性)が判決の事実認定にどう影響するかをきちんと検討するのであれば、判決確定後5年以内の事件なら記録閲覧も可能なはずですから、事件記録にあたり、証拠とされた資料/介護記録の具体的な記載まで読み込んで行うのが本来の姿ではないかと思います。あるいはそれができないとしても、判決文から介護記録の記載がはっきりしてそれによる認定が判断できるもので論じるべきであろうと思います。そこがわからないものをたぶんこうだろうという推測で論じることには抵抗を感じます。特に、転倒に関して判決が結論を分けたのが、事実認定によるのか、さらには介護記録の詳細さ・具体性によるのか、むしろその裁判官の価値観の問題かという疑問もあり、それぞれの判決紹介の後に介護記録の善し悪し、「良くない介護記録の例」「推奨される記録の例」を機械的に配しても、判決の検討紹介とフィットしているようには感じられません。
「本書執筆陣は全員が千葉県弁護士会に所属し、高齢者・障がい者の法律問題に熱心に取り組んでいる弁護士である」と「はしがき」で紹介され、執筆分担はまったく記載されていませんが、「使用者責任(民法710条)」(5ページ)の記載には度肝を抜かれ(もちろん、使用者責任の規定は民法715条です)、「事例1」では「死亡が確認された」Aについて「A(原告)」と表記され(24ページ)、「事例6」に至っては、「死亡した」Xを「X(原告)」と表記した上、「XがYを被告とし」「損害賠償を請求」とし(65ページ)、「事例10」では判決紹介では「8割の過失相殺を認めた(損害の2割の額について請求認容)」(98ページ)としているのに、その分析では「裁判所はAについて2割の過失相殺を認めている」(101ページ)などと書いています。率直に言って、弁護士で、これを見た瞬間、えっ?と疑問に思わない人がいるでしょうか。ちょっとこういうのを見ると、大丈夫かと思ってしまいます。
企画の趣旨には大変興味をそそられ、また初めて読む判決も多々ありその判断は(裁判官の価値観によると思われる振幅も含めて)参考になりましたが、目指したところには届いていない感がありました。
神保正宏、山本宏子編著 日本加除出版 2021年4月26日発行
総論で、介護事故をめぐる事実認定の資料として、市町村が保管する介護認定審査の資料(主治医の意見書、市町村の介護保険調査員作成の調査票)、ケアマネージャーが作成する居宅サービス計画書、施設サービス計画書、介護事業者作成のフェイスシート、業務日誌、生活記録(介護記録、経過記録、ケース記録)、市町村に提出する介護事故報告書、保険会社に提出する事故報告書(介護事業者が損害保険に加入している場合)などが挙げられ整理されている(10~16ページ)のが、門外漢には助かります。
裁判例の紹介と検討では、事業者の責任の有無を分けたポイントの説明は参考になりますが、この本が目的とする、そのポイントになる事実認定に介護記録の書きぶり、詳細さがどのように影響したかに関しては、比較的明確にされているものもありますが、ごく大雑把な推測にとどまっているものが多々見られます。分析が判決文だけから行われているため、そもそもどのような資料が提出されているかさえわからずに推測しているものが多くあります。この本がうたっている記録の書き方(の具体性)が判決の事実認定にどう影響するかをきちんと検討するのであれば、判決確定後5年以内の事件なら記録閲覧も可能なはずですから、事件記録にあたり、証拠とされた資料/介護記録の具体的な記載まで読み込んで行うのが本来の姿ではないかと思います。あるいはそれができないとしても、判決文から介護記録の記載がはっきりしてそれによる認定が判断できるもので論じるべきであろうと思います。そこがわからないものをたぶんこうだろうという推測で論じることには抵抗を感じます。特に、転倒に関して判決が結論を分けたのが、事実認定によるのか、さらには介護記録の詳細さ・具体性によるのか、むしろその裁判官の価値観の問題かという疑問もあり、それぞれの判決紹介の後に介護記録の善し悪し、「良くない介護記録の例」「推奨される記録の例」を機械的に配しても、判決の検討紹介とフィットしているようには感じられません。
「本書執筆陣は全員が千葉県弁護士会に所属し、高齢者・障がい者の法律問題に熱心に取り組んでいる弁護士である」と「はしがき」で紹介され、執筆分担はまったく記載されていませんが、「使用者責任(民法710条)」(5ページ)の記載には度肝を抜かれ(もちろん、使用者責任の規定は民法715条です)、「事例1」では「死亡が確認された」Aについて「A(原告)」と表記され(24ページ)、「事例6」に至っては、「死亡した」Xを「X(原告)」と表記した上、「XがYを被告とし」「損害賠償を請求」とし(65ページ)、「事例10」では判決紹介では「8割の過失相殺を認めた(損害の2割の額について請求認容)」(98ページ)としているのに、その分析では「裁判所はAについて2割の過失相殺を認めている」(101ページ)などと書いています。率直に言って、弁護士で、これを見た瞬間、えっ?と疑問に思わない人がいるでしょうか。ちょっとこういうのを見ると、大丈夫かと思ってしまいます。
企画の趣旨には大変興味をそそられ、また初めて読む判決も多々ありその判断は(裁判官の価値観によると思われる振幅も含めて)参考になりましたが、目指したところには届いていない感がありました。
神保正宏、山本宏子編著 日本加除出版 2021年4月26日発行