伊東良徳の超乱読読書日記

雑食・雑読宣言:専門書からHな小説まで、手当たり次第。目標は年間300冊。2022年に続き2023年も目標達成!

グローバル・ジャーナリズム 国際スクープの舞台裏

2017-04-28 23:34:48 | ノンフィクション
 タックス・ヘイブンの匿名法人を利用して不正蓄財や犯罪収益を隠匿していた政治家や財界人、犯罪グループを暴いた「パナマ文書」スクープを始め、各国での汚職や組織犯罪を暴く調査報道の事例、それらを担う新聞社や元編集者・元記者らがつくり寄付で運営するNPOの現状、調査報道の手法についてのジャーナリストたちの情報交換・経験交流などを紹介し、日本の現状について苦言を述べる本。
 第1章の「パナマ文書」をめぐる世界各国の数百名に上る記者たちの連携と調査の遂行、そして調査過程で裏切者が出ることなく秘密と解禁日が守られたことには驚きと感動を覚えます。
 第2章の各国で記者たちが圧力と迫害を受けながら汚職や組織犯罪を暴く調査報道をする様子も、興味深く読みました。もっとも、この章でイタリアの記者が警察と協力し警察から情報をもらい捜査に配慮している様子を、肯定的に描いているあたり、イタリアの記者に「警察官も他の取材先と同様に扱う」、「我々は警察の広報係じゃない」(96ページ、97ページ)と言わせてはいますが、どうかなと思います。安倍政権の提灯記事を書いている日本の記者だって、聞けば公平・中立だの我々は政府の広報じゃないというと思いますけど。
 第3章で、地方紙の記者やNPOの調査衝動を紹介していますが、ここでも、オレゴン州の「革新知事」だったゴールドシュミットについて政界引退後にかつてベビーシッターとして雇った14歳の少女と性関係を持っていたことを暴いて叩き潰し州議会議事堂の歴代知事の肖像画からも撤去させその功績と歴史を消し去った地元紙のスクープをほめたたえています(125~138ページ)。リベラル/革新の政治家をその権力から離れた後に叩く、タブーへの挑戦ではなく、より大きな権力・保守系政党の利益に沿う行動です。この「スクープ」の情報は、もともとゴールドシュミットの政敵の上院議員からもたらされたものです(127ページ)。その経緯を見ても、リベラル/革新勢力を叩きたい権力者・保守系政党の思惑とリークに記者が踊らされ操られたということではないのでしょうか。
 日本で調査報道がやりにくい事情として、裁判記録の公開の程度が低いことが挙げられています。アメリカでは裁判記録の全体(提出された書面や証拠書類も含めて)がネットでダウンロードできるというのを聞くと世界が違うというふうに思いますし、私も裁判に限らず日本の個人情報隠しは行き過ぎの感があり違和感を持つところはあります。ただ、本来の意味での一個人の情報は、権力と戦うことなどほとんどなく弱い者いじめに血道を上げる三流週刊誌(あえて言わせてもらえば「週刊新潮」とか)が跋扈する日本の現状を考えると、公開に反対したい気持ちが強くなります。
 裁判の関係者の名前が判例集で隠されるようになったのは、ネットでの検索が一般的になるころからではなかったかと思います。日本でも、以前は判例集に当事者や関係者の実名が記載されていて、図書館で紙媒体の古い判例集をめくれば今でももちろんそれを見ることができます。私の専門分野の労働事件では、古くから事件名は使用者企業の名前で呼ぶのが通例で、今でも多くの事件はそうやって事件名がつけられます。しかし、企業や役所は企業名を出すことを嫌がります。情報公開法で、個人の情報と並んで「法人情報」も企業の競争に影響を与えるなどとして公開対象から外されているのは、企業の意向/利益を最優先したものと思います。労働事件の事件名の分野でも、日本経団連が発行している判例雑誌「労働経済判例速報」では、大企業でなければ企業名を隠す傾向にあり、ほとんどの事件が「X社事件」「甲社事件」とされて事件名を付ける意味がなくなっています。エルメス・ジャポンなどの有名企業でも「X社」とされます。労働事件関係の判例雑誌で一番メジャーな「労働判例」(産労総合研究所)でさえ、判例時報が当事者を「ホッタ晴信堂薬局」と書いている事件を「甲野堂薬局事件」と表記したり、海遊館と報道されている事件を「L館事件」と表記したり、企業の意向を忖度し遠慮して匿名化を図ることが多くなっています。2016年6月に弁護士会の研修で私がコメンテーターとしてしゃべったのが第二東京弁護士会の機関誌に収録された(NIBENフロンティア2017年4月号)際にも、私が「海遊館の事件で」と言ったのが、勝手に「L館事件で」と直されてたりします。個人のプライバシー保護を理由に一私人の情報を非開示とするというのとはまったく違う、権力者や企業の情報をそういった連中の意向により隠したがる傾向が進んできているのは、本当に嘆かわしいことだと思います。
 権力の裏側を暴く調査報道には、敬意を表しますし、本当に大切なことだと思います。ただ、同時に、それがどこに向けられるのであっても真実を探し出す調査報道は/記者は正義なのだと、記者の調査を制約するのはすべて間違いであるかのように言われるのであれば、素直に支持できないものを感じます。


澤康臣 岩波新書 2017年3月22日発行
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労働法実務解説8 高齢者雇用・競業避止義務・企業年金

2017-04-27 22:47:48 | 実用書・ビジネス書
 日本労働弁護団の中心メンバーによる労働法・労働事件の実務解説書シリーズの秘密保持義務、競業避止義務(労働者が勤務先のライバル会社に勤務したりライバル会社を経営したりしない義務)、公益通報(内部告発)、個人情報保護、高齢者雇用、企業年金関係の部分。
 2008年に刊行された「問題解決労働法」シリーズの改訂版です。「問題解決労働法」では、「社会の変化と労働」というテーマで、要するに近年新たに問題となってきているものを寄せ集めた巻になります。
 第2章の競業避止義務は、主として使用者が退職する労働者に退職時に競業避止義務を負う契約書(誓約書等)を書かせている場合に、どのような場合にどの範囲でそれが有効となる(労働者が競業避止義務を負う)かについて、裁判例のばらつき(ブレ)が大きく、弁護士としては、相談を受けた場合に判断がとても難しい問題(分野)です。この本では、裁判例を多く取り上げそのばらつき加減(わからなさ)をあるがままに論じていて、現状での労働者側の解説としては割とハイレベルなものになっていると思います(それでも結局裁判例の「傾向」はすっきり説明できないのですが)。その契約書等での競業避止条項の目的(企業の秘密や独自に開発したノウハウを守る目的か、秘密と称していても一般的な知識にとどまったり競争排除目的にすぎないか)を重視して後者の場合には競業避止義務を容易に認めない一連の裁判例の傾向(とその問題意識をあまり持たない一群の裁判例)という説明の視点があった方が、私はよりよかったと思いますが。
 第5章の高齢者雇用(定年再雇用)では、関連の行政規制の説明が多く、裁判実務で問題となる高年法(高年齢者等の雇用の安定等に関する法律)の経過規定で一定年齢(2017年4月現在では62歳)以上の労働者の契約更新の際に2013年3月末日までに再雇用制度を設けて労使協定を締結した使用者は労使協定で定めた再雇用基準(成績優秀とか、勤労意欲に富み周囲によい影響を与えているとか、使用者が更新拒否をしやすい内容であることが多い)により労働者を選別して更新拒絶できることに対して、労働者側でどう闘うかについての記述がまったくないのは、この本の性格からして大変残念です。
 第6章の企業年金は、弁護士の多くにはなじみがなく、私もほとんど知らない領域なので、主として年金減額に対するものですが、裁判例を多く挙げて解説されていて、とても勉強になりました。
 雑多なテーマの寄せ集めのため、通し読みにはあまり向いていないと思いますが、労働事件を多く扱う弁護士には読み甲斐と使いでのある1冊かなと思いました。


大塚達生、野村和造、福田護 旬報社 2016年11月7日発行
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ITSUKI 死神と呼ばれた女

2017-04-24 22:20:55 | 小説
 中2の娘を持つ結婚15年の四十路の人妻斎が、夫を捨て娘も置いて家を出て、歌手志望だが芽が出ない26歳の派遣労働者でエロ本5冊を万引きした青年志田元春と、その友人で外資系製薬会社のエリート社員の薦田潮の2人の年下男と肉体関係を持ち、それに斎の生物学上の父の妻多鶴子が嫌悪感を持ち、多鶴子の娘で斎とは腹違いの妹の朔子が嫉妬し、当初は中立的だった朔子の娘でかつて潮に振られた梢がプライドを傷つけられて逆上し、潮の父親で斎の勤務先の経営者薦田と妻範子嫌悪感を持って斎の行動を阻止しようとし、斎の生物学上の母と斎の友人のアラフォーたちが斎を唆し煽るというような関係で進められる小説。
 四十路の女が一回り年下の男2人を手玉に取り、2人から言い寄られて愛され、かつ2人が友人同士でそれを許容している「妻妾同居」ならぬ公認二股愛人関係という中高年女性の妄想炸裂小説です。こういう小説は、婦人公論とか女性週刊誌に掲載されるものかと思いましたが、これが「週刊文春」に連載されていたというのが驚きです。まぁ、「週刊文春」の読者層を見ると3分の1くらいが中高年女性なんだそうですが…
 斎の生物学上の母の海老原会病院総師長浅妻徳美のキャラクター設定があまりにもエキセントリックで図々しく厚顔無恥で、到底共感できないことはもちろん、こういう人が総師長の立場についてやっていけるはずもなく、荒唐無稽に感じられます。そして朔子の意地悪さ/執念深さ、梢の嫉妬と逆上ぶりが、無理な過剰感があります。引き立て役を悪く描きすぎて、コミカルのレベルを超えて、うんざり感があり、読み味が悪くなっているように思えました。
 終盤で、エンバーミング(遺体保存技術)についての蘊蓄があり、そこだけ少し上品に読める感じですが、通して読むと途中で気が向いてそういう話を入れてみたのねというとってつけた感があります。


中島丈博 文藝春秋 2017年1月15日発行
「週刊文春」2014年4月10日号~2015年4月30日号連載
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汚染訴訟 上下

2017-04-23 20:47:02 | 小説
 リーマンショックのあおりを受けて企業側の巨大事務所からリストラされた弁護士経験3年のサマンサ・コーファーが、ヴァージニア州の田舎町の山地法律扶助協会で無給のボランティア(インターン)として、迫害された貧しい人々のための法律業務に、心ならずも従事する過程で、樹木を伐採して山を丸裸にし表土を剥ぎ取りそれらを谷へ投棄し岩盤を爆破して石炭の露天採掘を行い石炭を洗浄することで生じる重金属や有毒物質を含む汚泥を簡易な貯水池にためて地下水を汚染し時に貯水池が損壊して一帯を広く汚染すること、そして採掘労働者の塵肺を防止する対策を十分とらない上に塵肺の申告をした労働者に対して総がかりで異議手続を行い御用医師に塵肺ではないという診断をさせ労働者が死ぬまで手続を引き延ばすことに精力を注ぐ石炭会社とその手先の企業側弁護士と戦う弁護士ドノヴァン・グレイと出会い、ドノヴァンらの戦いに巻き込まれていくという、社会派サスペンス小説。
 都会での生活にいつまでも未練を持ち、決して志の高くない、基本的にはわがままでプライドの高いサマンサが、いやいやながら2歩進んで3歩下がるような逡巡を繰り返しつつ、自分の事件への関与と将来について決断して、成長を見せるというのがメインテーマとなっています。
 石炭会社の非道な行為とそれを支える企業側弁護士の悪辣さが、かなりストレートに描かれ非難され、それがサブテーマになっています。露天採掘による大規模な環境破壊とそれと戦うドノヴァンの姿は、日本人には/私には、足尾鉱毒事件と田中正造を思い起こさせますし、御用医師を使った公害もみ消しは水俣病問題を思い出させます。日本でも、決して他人事ではないと感じます。塵肺を申告した労働者に対する攻撃も、塵肺に関しては私はよく知りませんが、放射線被ばくによる健康被害をめぐって電力会社がやってきたことのように思えますし、今後さらに大掛かりに類似のことが行われると予測されます。
 グリシャムとしては、久しぶりに大企業の悪辣な行為を告発し、虐げられた庶民へのまなざしを感じさせる作品で、「原告側代理人」「路上の弁護士」の時代に戻ったような、悪者から悪行の証拠をコピーして持ち出す過程が焦点となる点では「法律事務所」のような、さまざまな点で初期のグリシャム感を満喫させるテイストの作品と言えるでしょう(ネタに困って古いネタでパッチワークをしているとも… (-_-;)


原題:GRAY MOUNTAIN
ジョン・グリシャム 訳:白石朗
新潮文庫 2017年2月1日発行 (原書は2014年)
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モノの見方が180度変わる化学

2017-04-21 21:54:26 | 実用書・ビジネス書
 電池、レアメタル・レアアース、ガラス・液晶、食品と炭水化物・有機化合物、アルコール、食品添加物、薬品と副作用・毒物、農薬/殺虫剤、界面活性剤、繊維、金属・貴金属、プラスチックなど、身近な食品・製品の材料の化学特性や製造などを中学・高校レベルの化学と関連させて説明する本。
 比較的わかりやすく、日常接するものと関連付けて説明していることは好感が持てますが、タイトルにある「モノの見方が180度変わる」は、私には全然実感できませんでした。
 1945年生まれ(71歳)とはいえ、教育の世界に身を置いてきた人の本で、話のレベルを示すアイコン(4ページで説明)が、「中学理科」はネコの絵、「高校化学基礎」は女生徒の絵、「高校化学」は男生徒の絵というセンスは、今どき考えられない。
 元素周期表(43ページ)でウランが「Ni」(プロトアクチニウムが謎の「PaU」で、Uが1列ずれたのでしょうけど。ちなみにその原子番号91のプロトアクチニウムの質量数が驚異の1.008=原子番号1の水素と同じとか、さらに原子番号87番「Fr」が「セシウム」と記載されている)という誤植、プリズムでの分光(60ページ)の説明で波長が長い(赤い)方が高エネルギー/短い(紫・青)方が低エネルギーとしているなどは、「図」の校正は著者校正に回らなかったのかもしれませんが、あまりにもお粗末。出版社の/プロの編集者の校正力への信頼感が「180度変わる」かもしれません。


齋藤勝裕 秀和システム 2017年3月3日発行
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勉強の技術

2017-04-20 21:27:52 | 実用書・ビジネス書
 臨床スポーツ心理学、体育方法学を専門とする著者が、効率の良い勉強法を解説した本。
 記憶のしくみから繰り返し(分散)学習、就寝前の復習、睡眠時間の確保が必要/有効と説き、集中力の点から細切れ時間の活用、休憩時間の確保(学習開始時と終了時=休憩直前に能率が上がる)、そしてプラスの(自分はできる/能力があるという)自己イメージ、自己暗示、モチベーションの維持と一種のイメージトレーニングの有効性を論じています。最初はどうしてこの人が勉強法を、と思えたのですが、こうしてみると、スポーツトレーニングとの共通性が感じられ、なるほどと思いました。
 問題が解けた時の快感を勉強のモチベーションにする(10~11ページ)、朝の元気な時の脳を有効活用して創造性開発の時間に充てる(26ページ)、1週間単位で何時間を勉強に充てられるかのスケジューリングを行う、その際難易度よりも重要度を優先してスケジュールを組む(難しい問題の先送りを避けるため:32~33ページ)など、仕事にも当てはまることがいろいろあり、参考に/戒めになります。


児玉光雄 サイエンス・アイ新書 2015年11月25日発行
 
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PTAグランパ!

2017-04-19 21:26:56 | 小説
 大手家電メーカー「西芝」の営業統括本部長を務めた「モーレツ社員」だった定年退職者武曾勤と、3児の母でスーパー「トモエツ」のレジ打ちのパートタイマーの内田順子が、小学校のPTA副会長を押し付けられ、ゲームセンターのバイトの24歳金髪男の会長織部結真やママ友の主吉村雅恵らと織りなす軋轢・騒動を描いた小説。
 「昭和」な会社男的価値観の中で、正義感と孫可愛さから、正論をぶち邁進する武曾勤の浮き上がり/はた迷惑をコミカルに描くことを基調に、異端を許さぬママ友軍団のプレッシャーと息苦しさに息をひそめるように生きてきた内田順子が武曾家(娘で大手商社「角紅」課長のキャリアウーマンの都を含め)への反発/嫉妬から武曾勤の正義感にほだされて踏み出すのをはじめ、対立しばらばらだった登場人物の気持ちがほぐれまとまっていく姿/それぞれの成長がテーマになっています。
 自らの現役時代は家庭をまったく顧みず娘の都の学校行事など出席することもなくわずかな家族での休日/旅行も常に途中で仕事に出て行っていた武曾勤が、孫の友理奈が都に同じ扱いをされ寂しそうにする(しかしけなげにふるまう)姿に都を叱責してしっぺ返しを食うシーンがたびたび登場します。何度地雷を踏んでも悔い改めない/自覚しない人物だから、現役時代もそうできたのだ、とも考えられますけど、そこまで学習できないものでしょうか…
 ちょうど今月(2017年4月)からNHKBSでドラマ化され、放映中だそうですけど、全然知らずに読みました。相変わらず、テレビ見ない派なもので…


中澤日菜子 角川文庫 2017年3月25日発行 (単行本は2016年5月)
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イノベーションはなぜ途絶えたか 科学立国日本の危機

2017-04-17 22:02:38 | 自然科学・工学系
 1990年代に企業が中央研究所を解体し基礎研究を捨て応用技術/製品化のみに走り、他方で科学者/ベンチャー企業を成長させるシステムがうまく働かない日本で、イノベーションがなくなり、エレクトロニクス産業の国際競争力が急落し、21世紀のサイエンス型産業の頂点に位置する医薬品産業でも国際競争から脱落したことを嘆き、イノベーションの衰退が日本社会にどのような悪影響を及ぼしているか、イノベーション復活のためには何をすべきかについての著者の主張を展開する本。
 著者の基本的スタンスは、アメリカを見よ!アメリカに学べで、アメリカで1982年に導入されたSBIR( Small Buisiness Innovation Research )という、省庁に委託研究予算の一定割合(しかも年々その割合が上昇する)を拠出させて、省庁のイノベーションの目利きができる「科学行政官」が具体的な課題を出して募集し、応募して選抜された科学者・企業にまず最高15万ドルの賞金を出し、そのうちさらに高評価の科学者・企業に最高150万ドルの賞金を出してその技術の商業化をさせ、それが成功と評価されると投資会社を紹介するか省庁が新製品を調達(購入)して商業化を現実に支援する制度が成功を収めているので、日本でもこれを実現すべきだということです。科学者が、自ら起業家になれ、というのは、科学者の少なくない部分が、研究の源泉/動機/モチベーションは純然たる好奇心と考えているように思えることとフィットするのかという疑問がありますが…
 著者が絶賛するSBIR制度は国がスポンサーとなり研究テーマを指定するものですから、必然的に研究開発のメインストリームが国により方向づけられ、政治の現実を見れば、軍事研究へと誘導されていくことが当然に予想されます。直近の2015年度の予算ベースでも内訳は国防総省が43%でトップとされています(79ページ)。アメリカの20世紀初頭の科学技術開発システムの第1の成功例がデュポン社によるナイロンの開発成功であり、第2の成功例がマンハッタン計画による原子爆弾開発の成功である(67ページ)という著者の姿勢からは、そういうことは気にならないのでしょうけれども。
 JR福知山線の事故で半径600mのカーブを304mのカーブに変更し転覆限界速度が120km/時以下になったのにカーブに入る前の制限時速が120km/時としたままでATS-P(自動列車停止装置)の設置を怠ったこと、福島原発事故の際2号機と3号機がRCIC(原子炉隔離時冷却系)が作動してまだコントロール可能だった時点でベントと海水注入を官邸が求めているのに技術系の武黒フェローが海水注入を拒否し続けたことを、「技術経営の過失」として、著者は厳しく非難しています(160~174ページ)。著者が批判する、大津波が予見できたのに適切な処置を怠ったという検察審査会の議決も、「いつかは」事故が起こるという意味ではJR福知山線の事故で著者がいう「技術経営の過失」と同様にも構成できるとは思うのですが、著者の主張にも傾聴すべき点はありそうです。もっとも、その過失が生じたのは、JR西日本も東京電力もイノベーションを要しない独占組織だったからではないか(182ページ)というのは、そう言った方が受けはいいかもしれませんが、ずいぶんと乱暴な議論に思えます。イノベーターがいるベンチャー企業なら事故が防止できた、とは限らないと、私は思います。


山口栄一 ちくま新書 2016年12月10日発行
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頭痛女子バイブル

2017-04-16 23:49:36 | 実用書・ビジネス書
 頭痛専門医の著者が、頭痛の種類と原因、応急処置、予防法等を説明した本。
 頭の片側や両側に強い痛みが発作的に起きズキンズキンと痛む片頭痛と、鉢巻をしているように頭全体がギューッと締め付けられるような痛みの緊張型頭痛、そしてそれを両方とも持っている人が多いって(16~21ページ)、で、緊張型頭痛は強いストレスがかかっているときに起こりやすく、片頭痛はストレスから解放されてほっとしたときに起きやすい、詳しい理由はわかっていないとか(34~35ページ)…う~ん、頭痛持ちでない身には、そう言われても区別がつきにくいような。それで、片頭痛なら痛むところを冷やせ、緊張型頭痛なら首や肩を温めろ(102~103ページ)って言われても…
 片頭痛持ちの10人に1~2人に稲妻のような光が見えキラキラとした閃光が拡大していって一時的に視界の一部が見えなくなる「閃輝暗点」という症状があるのだそうな。片頭痛の症状の一部でそれ自体が深刻な病気ではないと書かれています(30~31ページ)が、そういう症状、不安でしょうね。そう書きながら、その症状がある人はピルを飲むと脳梗塞の危険が高まるとも書いてありますし(48ページ)。いろいろ大変そう。
 頭痛予防の基本食材はビタミンB2、B6、マグネシウムだとか。と言われても、何を食べればいいか、すぐ忘れてしまうのですが。


五十嵐久佳監修 世界文化社 2016年8月15日発行
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系外惑星と太陽系

2017-04-15 00:58:08 | 自然科学・工学系
 太陽系外の惑星が1995年に初めて見つかると、その後は恒星の近くの軌道を回るガス惑星(ホット・ジュピター)、偏心した楕円軌道のガス惑星(エキセントリック・ジュピター)が次々と発見され、近年は木星よりはるかに小さな岩石惑星と思われる「スーパーアース」、さらには地球サイズの惑星「アース」の検出も可能になり、今では銀河系内に地球のような惑星はあまねく存在すると言われている状況を説明し、それを踏まえて惑星が誕生するプロセス/太陽系の形成モデルを再検討し、生物が居住可能な惑星の成立条件を論じようとする本。
 太陽系外の惑星を発見/観測する手法/技術の進展の説明が、地味ではありますが、私にはむしろとても興味深く思えました。恒星と惑星が共通重心を中心に回るため恒星がわずかに軌道を描いて回り、その際に地球から遠のく動きと近づく動きを周期的に繰り返すことによる発光波長の変化(ドップラー効果)を観測する視線速度法(短周期の方が観測しやすいので公転周期が短くなる恒星に近い惑星が発見しやすい)で変動周期から軌道半径を求めるとともに波長変化から速度→質量を推測、惑星が恒星の前(地球側)を通るときの「食」から観測する「トランジット法」(食を起こす頻度から考えてやはり恒星に近い惑星が発見しやすい)で惑星の大きさを求めるとともに大気を推測するなど、地道な観測が知識を広げてゆくところがいいなと思います。高校生の頃にいっときそういう道に進んでみようかという思いを持ったことがあり、こういう話は夢があっていいなと。
 太陽系の成り立ちに関するモデル/理論のところは、太陽系の惑星は今ある軌道で別々にそれぞれできたのではなく地球型惑星(水星、金星、地球、火星)は地球軌道ないしその少し内側でまとまって形成され跳ね飛ばされて軌道が移動した、ガス惑星(木星、土星)と氷惑星(天王星、海王星)も同様という新説(100~101ページ、104~106ページ)を始め、さまざまな仮説/説明が加えられ、ほとんどのテーマでまだわかっていないということが繰り返されるのは、意外であり、また刺激的です。
 地球と太陽系以外のさまざまな惑星の成り立ちと環境条件を考察することで、宇宙と生物の生存条件についていろいろなことを考えさせてくれる本です。


井田茂 岩波新書 2017年2月21日発行
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