夫が蒸発し(愛人の元に走り)家業の銭湯を休業してパートで働いている「幸の湯」の女将幸野双葉が末期癌で余命幾ばくもないことを宣告され、高校でいじめに遭い抵抗できずにいる娘安澄、愛人に置き去りにされた9歳の娘鮎子と2人暮らししていた夫一浩らと「幸の湯」の営業を再開し、これまでの人生で積み残していた難題にチャレンジするという小説。
同名の映画の原作、なんですが、2016年10月10日初版発行で文春文庫への書き下ろしというのですから、映画(2016年10月29日公開)を撮り終えてか撮りながら書いたはず。でも、映画で私の胸に刺さった、双葉が末期癌を宣告されてさすがに落ち込み「幸の湯」の浴槽で打ちひしがれ、安澄から「お腹すいた」と電話があり、わかった超特急で帰ってカレーを作ると答えたら、安澄から少し待てるから急がないで気をつけて帰ってきてと言われるシーンは小説には登場しません。また、映画では、繰り返し登場した思わせぶりな、幼子と必ず迎えに来るという母との会話も、小説では、ミスリーディングな用い方はしないで終盤にストレートに一度出てくるだけです。
そういう若干の違いはありますが、基本的に、映画同様に、双葉の苦労の多い人生とその中でけなげに前向きに生きる姿に打たれる作品です。
中野量太 文春文庫 2016年10月10日発行
同名の映画の原作、なんですが、2016年10月10日初版発行で文春文庫への書き下ろしというのですから、映画(2016年10月29日公開)を撮り終えてか撮りながら書いたはず。でも、映画で私の胸に刺さった、双葉が末期癌を宣告されてさすがに落ち込み「幸の湯」の浴槽で打ちひしがれ、安澄から「お腹すいた」と電話があり、わかった超特急で帰ってカレーを作ると答えたら、安澄から少し待てるから急がないで気をつけて帰ってきてと言われるシーンは小説には登場しません。また、映画では、繰り返し登場した思わせぶりな、幼子と必ず迎えに来るという母との会話も、小説では、ミスリーディングな用い方はしないで終盤にストレートに一度出てくるだけです。
そういう若干の違いはありますが、基本的に、映画同様に、双葉の苦労の多い人生とその中でけなげに前向きに生きる姿に打たれる作品です。
中野量太 文春文庫 2016年10月10日発行