従業員や提携先企業との関係での秘密の保持のための契約、在職中または退職後の従業員や役員の競業(同業他社の経営や同業他社への就職)の防止や競業した場合の対抗策、従業員の引抜きの防止や対抗策を、企業側の弁護士の立場から解説した本。
労働者側の弁護士としては、ふだんめんどうだし気分が悪くなるのでまじめに勉強しない不正競争防止法や、判例の分析が錯綜してけっこう難しい競業避止義務関係について、比較的平易に書かれていて、勉強になりました。
Q&A形式の本の宿命ではありますが、それぞれのQだけで読めるようにという配慮から、その都度原則論や基礎知識が説明されていて、通し読みすると、ほぼ同じ説明がコピペされて繰り返されるのが辛いところです。
競業避止義務に関しては、裁判例上も特に競業避止義務を課する契約等の目的を厳しめに見るものがあることから、そう簡単に認められるわけではないよという著者の姿勢が反映され、使用者側が書いている割に労働者の職業選択の自由が憲法上の権利だということが強調されるなど、労働者側への目配りも感じられます。
しかし、秘密保持関係では、労働者側の弁護士の目には、使用者側の強欲さとそれに奉仕する使用者側弁護士のあり方への疑問を感じました。秘密保持条項では、使用者側が労働者に求めるものは無制約で無限定の義務を課する傾向にあります。91ページに示されている就業規則の秘密保持条項例も、秘密情報を具体的に列挙しているという趣旨なのでしょうが、これを示される労働者からすればあまりに広範で記憶もできず、とにかく会社が秘密というものは何でも秘密なのだと諦めさせるためと考えざるを得ません。そして、秘密保持義務の条項は退職後も無期限無条件の包括的なものとされるのが通常です(例としては104ページ、232ページ)。私自身、労働者が拘束される「就業規則」や使用者側が退職時に署名押印を迫る誓約書や合意書で秘密保持義務を制限したものは見たことがありません。ところが、企業間の秘密保持契約の話になると、一転して義務を課される企業側では秘密の範囲を狭くするように交渉すべきとか、秘密保持義務の有効期間を定めるのが通常(129ページ)などとされます。労働者が秘密保持義務を課される場合の91ページや102ページから107ページの条項例と、企業が秘密保持義務を課される場合の123ページから126ページの契約書例の秘密保持義務の内容を比較すると、唖然とします。企業側の弁護士として、顧客になり得る秘密保持義務を課される企業のためには秘密保持義務を制約するが、顧客ではあり得ない労働者のためにはまったく秘密保持義務を制約せず過酷なまでの条項を押しつけるという姿勢が露わです。労働者は就業時に、企業と契約交渉をする地位にはなく、多くの場合企業側が決めたものを受け入れるしかありません。そういう弱い立場の者には一切配慮もしないということが法律家としてどうかということを考えさせられます。また、このことは、契約締結の際に弁護士がついていないということがどれほど不利なことかをよく示していると言えましょう。
さらに、不正競争防止法の秘密保持義務(刑罰つき)の対象となる営業秘密の解釈で、裁判所が、企業が営業秘密として管理していることを要件とし、その中で、秘密であることの表示のみならず、アクセス制限をしていることを求めていることに対し、経産省産業構造審議会知的財産分科会「営業の秘密の保護・活用に関する小委員会」なる財界の意向を反映したグループがアクセス制限をしていなくても営業秘密として取り扱うべきということを言いだしているようです(10~11ページなど)。この本では、それと合わせて、派遣労働者に秘密保持義務を課する手法についてページを割いています。これは、どちらも営業秘密に属する資料を使用した業務を正社員だけではなく不安定雇用の非正規労働者にも行わせつつ、企業の秘密は守らせようという方向性を持っています。本来、重要な企業秘密は、信頼関係と忠誠心を持つ厚遇の正社員に扱わせるべきであるのに、非正規労働者にも重要な業務を安く買い叩いて行わせ、刑事罰で威嚇して義務だけは正社員同様に押しつけようという企業のむき出しの強欲さを、政官財鉄のトライアングルでごり押しして実現しようとするものです。こういう動きを知ることができたのも、私には収穫でした。
高谷知佐子、上村哲史 青林書院 2015年8月10日発行
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労働者側の弁護士としては、ふだんめんどうだし気分が悪くなるのでまじめに勉強しない不正競争防止法や、判例の分析が錯綜してけっこう難しい競業避止義務関係について、比較的平易に書かれていて、勉強になりました。
Q&A形式の本の宿命ではありますが、それぞれのQだけで読めるようにという配慮から、その都度原則論や基礎知識が説明されていて、通し読みすると、ほぼ同じ説明がコピペされて繰り返されるのが辛いところです。
競業避止義務に関しては、裁判例上も特に競業避止義務を課する契約等の目的を厳しめに見るものがあることから、そう簡単に認められるわけではないよという著者の姿勢が反映され、使用者側が書いている割に労働者の職業選択の自由が憲法上の権利だということが強調されるなど、労働者側への目配りも感じられます。
しかし、秘密保持関係では、労働者側の弁護士の目には、使用者側の強欲さとそれに奉仕する使用者側弁護士のあり方への疑問を感じました。秘密保持条項では、使用者側が労働者に求めるものは無制約で無限定の義務を課する傾向にあります。91ページに示されている就業規則の秘密保持条項例も、秘密情報を具体的に列挙しているという趣旨なのでしょうが、これを示される労働者からすればあまりに広範で記憶もできず、とにかく会社が秘密というものは何でも秘密なのだと諦めさせるためと考えざるを得ません。そして、秘密保持義務の条項は退職後も無期限無条件の包括的なものとされるのが通常です(例としては104ページ、232ページ)。私自身、労働者が拘束される「就業規則」や使用者側が退職時に署名押印を迫る誓約書や合意書で秘密保持義務を制限したものは見たことがありません。ところが、企業間の秘密保持契約の話になると、一転して義務を課される企業側では秘密の範囲を狭くするように交渉すべきとか、秘密保持義務の有効期間を定めるのが通常(129ページ)などとされます。労働者が秘密保持義務を課される場合の91ページや102ページから107ページの条項例と、企業が秘密保持義務を課される場合の123ページから126ページの契約書例の秘密保持義務の内容を比較すると、唖然とします。企業側の弁護士として、顧客になり得る秘密保持義務を課される企業のためには秘密保持義務を制約するが、顧客ではあり得ない労働者のためにはまったく秘密保持義務を制約せず過酷なまでの条項を押しつけるという姿勢が露わです。労働者は就業時に、企業と契約交渉をする地位にはなく、多くの場合企業側が決めたものを受け入れるしかありません。そういう弱い立場の者には一切配慮もしないということが法律家としてどうかということを考えさせられます。また、このことは、契約締結の際に弁護士がついていないということがどれほど不利なことかをよく示していると言えましょう。
さらに、不正競争防止法の秘密保持義務(刑罰つき)の対象となる営業秘密の解釈で、裁判所が、企業が営業秘密として管理していることを要件とし、その中で、秘密であることの表示のみならず、アクセス制限をしていることを求めていることに対し、経産省産業構造審議会知的財産分科会「営業の秘密の保護・活用に関する小委員会」なる財界の意向を反映したグループがアクセス制限をしていなくても営業秘密として取り扱うべきということを言いだしているようです(10~11ページなど)。この本では、それと合わせて、派遣労働者に秘密保持義務を課する手法についてページを割いています。これは、どちらも営業秘密に属する資料を使用した業務を正社員だけではなく不安定雇用の非正規労働者にも行わせつつ、企業の秘密は守らせようという方向性を持っています。本来、重要な企業秘密は、信頼関係と忠誠心を持つ厚遇の正社員に扱わせるべきであるのに、非正規労働者にも重要な業務を安く買い叩いて行わせ、刑事罰で威嚇して義務だけは正社員同様に押しつけようという企業のむき出しの強欲さを、政官財鉄のトライアングルでごり押しして実現しようとするものです。こういう動きを知ることができたのも、私には収穫でした。
高谷知佐子、上村哲史 青林書院 2015年8月10日発行
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