伊東良徳の超乱読読書日記

雑食・雑読宣言:専門書からHな小説まで、手当たり次第。目標は年間300冊。2022年に続き2023年も目標達成!

平等についての小さな歴史

2024-11-02 19:05:01 | 人文・社会科学系
 独自に分析・集計した社会・経済指標を用いながら、概ね18世紀以降平等に向けての歩みは漸進し第1次世界大戦期から1980年代まで比較的急速に進んだものの1980年代以降その歩みが停滞ないしは後退しているという認識を示しつつ、平等に向けてのさらなる前進のための提言をする本。
 最富裕層10%(時に1%、0.1%)と最貧層50%、その中間の40%に区分した資産・所得を中心とした著者が独自に分析・提示する指標に基づく主張が、魅力的・説得的であるとともに、一般に使用されているものでないためにその意味するところの解釈やデータそのものの信頼度をどう考えるかに悩ましさを覚えます。「社会・経済指標の選択は非常に政治的な問題だ」とし「どんな指標も絶対視すべきではなく、どんな指標を採用するかについては開かれた議論と民主的な比較検討が必要だ」(19~20ページ)という指摘は正しく、著者の自信と運動的な姿勢を示しているのだと思いますが。
 現在の格差を、奴隷制による奴隷主の資産蓄積、奴隷解放時の奴隷主への賠償による資産蓄積、納税額による制限選挙下での富裕層に利得が集中する制度の実施・継続といった歴史の残滓でありそれを精算すべきという主張、累進課税とそれによる所得等の再分配を推し進めることで資本主義下でも平等を進めることができ、実際第1次世界大戦期から1980年代には各国でそのような形で教育・保険医療・社会保障などを拡充してきたという指摘、超富裕層に対するほとんど没収に近い税率の累進課税とベーシックインカム・雇用保障・みんなの遺産(国民全員に25歳になったとき平均資産の60%例えば12万ユーロを支給)という提言など、さまざまな刺激に満ちた本です。


原題:UNE BREVE HISTOIRE DE L'EGALITE
トマ・ピケティ 訳:広野和美
みすず書房 2024年9月17日発行(原書は2021年)

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アメリカ連邦最高裁判所

2024-10-15 23:44:59 | 人文・社会科学系
 30年近くニューヨーク・タイムズで連邦最高裁担当の記者だった著者によるアメリカ連邦最高裁判所の概説書。
 最初に「本書は、連邦最高裁判所の歴史を語ることを第一の目的とはしていない。読者に連邦最高裁判所が今日どのように機能しているのかを理解してもらうことが、本書の目的である」(3ページ)と述べているのですが、歴史的な話が多く、長らく独立した庁舎もなく、最高裁判事から別のキャリアへと転身した者も多かったなど、連邦最高裁がその権威を確立する前の話がむしろ興味深く読めました。
 就任後に大幅に見解を変更した裁判官についての研究で、連邦の行政機関に勤務していた者は立場を変えず、行政機関での勤務経験のない判事だけがリベラル化した(47ページ)というのは示唆的です。やはり、役人は変わらない、ですね。


原題:THE U.S. SUPREME COURT : A VERY SHORT INTRODUCTION
リンダ・グリーンハウス 訳:高畑英一郎
勁草書房 2024年7月20日発行(原書の初版は2012年、第2版は2020年、第3版は2023年)
 
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古建築を受け継ぐ メンテナンスからみる日本建築史

2024-10-14 21:30:53 | 人文・社会科学系
 文化財や寺社建築、宮廷・内裏、さらには民間建築も含め、木造建築物の修理、改築、移築などの歴史を解説した本。
 私としては、木造建築物の修理・保存の技術・技法の発展と現状みたいなものを期待して読んだのですが、建築における修理・メンテナンス・長寿命化をめぐる思想の変遷・発展史を語る本でした。
 Ⅱ部とⅢ部の関係が、Ⅱ部は建築メンテナンスに関わる考え・思想の歴史的な検討、Ⅲ部はメンテナンスのテーマ別の検討ということなのだとは思いますが、どちらも受け継いだ事例、受け継がない事例を挙げて似たようなことを論じているように見えました。多数の事例を紹介していることは勉強になりますが、読み物としてはもっとメリハリをつけて欲しいなと思いました。
 また建築関係の専門用語が多く、巻末に用語集と解説図があるのはありがたいのですが、それに出ていない用語が多く部外者は挫折しやすいと思います。
 著者の主張は、古い木造建築を維持するに当たっては建築時を復元することを至上とするのではなく、事情に応じて寛容な対応がなされるべきであり、現にこれまでの修理等はそのようになされてきたというところにあります。今流行のSDGsのうさん臭さを指摘し「ある種のファシズムとさえいえる」(307ページ)とまでいう頑固さは、筆の走りなのか著者の本質なのか…


海野聡 岩波書店 2024年7月26日発行
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戦後フランス思想 サルトル、カミュからバタイユまで

2024-10-08 23:09:36 | 人文・社会科学系
 サルトル、ボーヴォワール、カミュ、メルロ=ポンティ、バタイユの5名のフランスの哲学者の思想と作品、その間での論争を紹介した本。
 私が学生の頃、リアルタイムで流行していた「フランス現代思想」=構造主義・ポスト構造主義以前のプレ構造主義ともいうべきこれらの人々は、ある意味で既に過去の人となっていて、断片的にごく一部の作品を読んだだけでいたので、主著や思想のエッセンスを改めて読んで勉強になりました。
 サルトルが実存主義の主張を固めたのがドイツ占領下のフランス(サルトルも徴兵されドイツ軍の捕虜となった)であったことを知ると、人間とは何か等の「本質」以前に人間は実存しており、なるべき自分を自由に選択し未来に向けて自分を投げ出せる(投企)しそうしなければならないという、ある種楽観的で前向きなテーゼが生まれ人々の支持を受けたことをなるほどと思えました。
 1歳の時に父親を亡くすという不幸はあったものの裕福な祖父母の元で育ったサルトルが共産主義に親和的な姿勢を取り、労働者階級のつましい家庭で育ったカミュが共産主義を全体主義として否定的な態度を取ったというのも、ありがちではありますが、興味深いところです。


伊藤直 中公新書 2024年4月25日発行
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記憶の深層 〈ひらめき〉はどこから来るのか

2024-10-04 22:49:57 | 人文・社会科学系
 記憶のメカニズムとよりよく記憶するための方法等を心理学の手法と立場から解説した本。
 タイトルからは、脳科学系の本かと思いましたが、記憶にまつわるさまざまなことを心理学の実験をこまめに紹介しながら説明しているところが特徴となっています。実験を説明されると、その実験からそこまで言っていいのかとか、その程度の標本数でどれくらい普遍的に評価できるのかとか、次々と疑問は湧きますが、根拠を説明しようとする姿勢には好感が持てます。
 記憶の定着に関しては、イメージとの結びつきや繰り返し、特に覚え込む(インプット)ことよりもアウトプットを繰り返すのが有効ということですが、それはよく聞く話です。
 サブタイトルのひらめきについては、「はじめに」でも個人の記憶の蓄積=個性が創造性の基礎となると述べていることもあって、そちらの話を期待しながら読みましたが、最後の10ページ程度で言及しているだけで、それも、ひらめきは問題から一時的に離れて休んでいる間に無意識的な活動が行われ続けることによって得られる、ただし、このような無意識的な活動の前には徹底的に集中して考え抜くことが重要(167ページ)というようなよく聞く話にとどまっています。
 著者は、それに一人ひとりの記憶や知識や人生経験の違いに根ざした無意識の働きである連想の独自性はAIには真似のできないもので人間は誰もがみな創造性に溢れた存在という主張(175~176ページ等)を追加していて、それはいいとは思いますが、それまで積み重ねてきた話との関連性が、私には今ひとつ感じられず、ちょっと浮いた感じがしました。


高橋雅延 岩波新書 2024年7月19日発行

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表現の自由 「政治的中立性」を問う

2024-09-20 23:49:32 | 人文・社会科学系
 政治的中立性の名の下に行われている行政による表現の自由に対する制約・圧迫について、公務員に対する政治的行為の禁止、「政治的中立性」を口実とした市民団体の活動などへの差別・排除、放送法の政治的公平の規定を利用したテレビ局への圧力を例に採り上げて論じた本。
 採り上げられている大阪市が実施した職員アンケートのように特定政治家・政党や労働組合との関係などを使用者が労働者に詳細に回答させるという思想・良心や私生活上の言動の調査であるとともに労働組合活動へのあからさまな威嚇であり、労働組合法が禁じた不当労働行為であることが明白なことを、行政が、しかも弁護士市長と弁護士である「第三者調査チーム」代表が主導して行ったこと(66~77ページ)は特筆すべき表現の自由と労働組合への弾圧というべきです。このようなことが近年になっても、というより近年行われる傾向が出てきていることこそが、本書のような本が書かれるべき背景となっているのでしょう。
 こういった権力者と行政がいう「政治的中立」とは、結局のところ権力者・国・行政の意見と同調すること、賛美することが中立で、これに反対することが中立を害することと扱われるわけで、権力者が反対者を迫害・排除するための口実でしかありません。
 憲法学者である著者は、そこをもっと明確に指摘してもよいと私は思いますが、基本的に行政側の言いわけに対しても一定程度理解を示しつつ、多くの場面では(一部、裁判所の判決等を批判している場面もありますが)裁判所の判決や最高裁での少数意見等をベースに穏健な記述を心がけているように感じられました。その意味で「保守的」な傾向の人にも安心感のある読み物かなと思います。


市川正人 岩波新書 2024年7月19日発行
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10分からはじめる「本質を考える」レッスン 親子で哲学対話

2024-08-18 20:17:51 | 人文・社会科学系
 哲学者である著者が、小学校高学年の娘と寝る前の10分間ベッドに寝転んですることにした哲学対話を紹介し、哲学対話を実践する意義と手法について述べた本。
 紹介されている対話の例を読むと、小学生が飾らない言葉で本質を突いた発言をしているのが微笑ましく、他方父親の方はそれを小難しくまとめようとしているのが苦々しく思えました。自分もまた子どもにこういう感じで対応していた(しかし自分自身は子どもによくわかるようにかみ砕いたつもりでいた)のかもと。
 対象が哲学でなくても、子どもと語り合う親密な時間というのは、著者もしみじみというように「宝物のような時間」(183ページなど)だと思います。私も、娘が小学生だった頃、寝る前の約1時間(10分では足りなくて)物語の読み聞かせ(寝かしつけ)をしていましたが、その頃の思いと考えが私のサイトの「女の子が楽しく読める読書ガイド」になって残っています(近年は更新していませんが)。著者の立場からは哲学を広め浸透させるための実践かも知れませんが、親子の大切な時間と関係を作る手段の1つとして読んでおいたらいいなと思います。


苫野一徳 大和書房 2024年5月30日発行
「教職研修」連載
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バロック美術 西洋文化の爛熟

2024-07-26 20:25:35 | 人文・社会科学系
 バロック美術についての解説書。
 バロック美術という言葉はよく耳にするのですが、どういうものを指しているのかよくわからずにいました。この本では、ポルトガル語で「歪んだ真珠」を意味するバローコに由来する、端正で調和の取れた古典主義に対して動的で劇的な様式を意味する、しかしバロックとは西洋の17世紀美術全般を指す時代概念でもあるとされ(はじめに)ルネサンスと啓蒙主義の間に位置する近代と前近代、科学と宗教が同居する矛盾した時代であったとされ、今ひとつ明確な定義というか概念がつかめない印象です。美術史的には、カラヴァッジョ、ルーベンス、ベルルーニ、ベラスケス、プッサン、レンブラント、フェルメールの時代ということで、そういうものとして理解しておけばいいということでしょうか。
 解説は時代や場所を追ってではなく、「聖」(キリスト教美術)、「光と陰」、「死」、「幻視と法悦」、「権力」、「永遠と瞬間」、「増殖」という7つのテーマを切り口としてなされています。私としては絵画論的な「光と陰」、「永遠と瞬間」のような解説が馴染み、作品自体よりも時代背景や聖堂・礼拝堂の由縁等に比重を置いた解説は今ひとつ読みにくくページが進みませんでした。通常目にしない壁画や天井画の画像をたくさん見れたことは収穫でしたが。
 光と陰を強調したカラヴァッジョの様式が多くの画家を惹きつけた背景に「強烈な明暗効果によってデッサン力が未熟であってもそれを糊塗して容易に情景を劇的に仕立てることができた」(64ページ)とされているのは目からウロコでした。


宮下規九朗 中公新書 2023年10月25日発行
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魔女狩りのヨーロッパ史

2024-07-03 00:53:59 | 人文・社会科学系
 15世紀~18世紀のヨーロッパでの魔女狩り/魔女裁判について検討し解説した本。
 魔女狩りが、社会の底辺層の嫌われ者・弱者に対して行われたのか、中流層以上の妬まれた者に対して行われたのか、魔女の告発は民衆が妬みであるいは信仰心や良心の痛みから行ったのか、支配層が権力を固めるために行ったのか、支配層・準支配層が政敵を陥れるために行ったのか、そのあたりの説明はいろいろで、シンプルな説明は難しいようです。「はじめに」でも「こうした活発な研究により、ヨーロッパの諸地域の魔女と魔女裁判のありようは徐々に解明されてきているが、全体から眺めるとまだ道半ばで、最終的な像を描くことはできていない」とされています。
 裁判の実例を紹介している第3章を読むと、自白至上主義と共犯者の自白(巻き込み自白)により、簡単に「有罪」とされるようすが、悲しくも情けない。しかし、自白や共犯者の自白が簡単にそして強固に信用されて有罪とされるのは、日本の刑事裁判でも見られることで、笑ってられない気がします。ヨーロッパでは18世紀初めには魔女狩りは終わったとされていますが、アフリカでは19世紀から20世紀にかけてリンチ殺人に近い魔女狩りが続き、今日でさえサハラ以南では天候不順や原因不明の死亡や事故、疫病に絡んで魔女狩りが頻繁に起きていると紹介されています(218~219ページ)。中世の迷妄などと言っていられないわけです(ヨーロッパでも魔女狩りの最盛期は中世ではなくルネサンス期だったわけですが)。簡単に人間の性と言ってしまいたくはないですが。


池上俊一 岩波新書 2024年3月19日発行
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実践!クリティカル・シンキング

2024-06-13 21:46:28 | 人文・社会科学系
 論理的思考力について考える本。
 表紙に「ある文章の中で行われている推論が、よい推論なのか、それともよくない推論なのかを『評価する』というクリティカル・シンキングの目的…」ということが書かれていて、私たち弁護士が(あるいは裁判官が)仕事がら行う証拠から認定すべき事実に至る推論(推認)の評価に役立つかもと期待して読みました。しかし、哲学や論理学上の概念(証拠は結論の「認識根拠」の理由なのだとか)や誤解を排除するための言葉の使い方などの説明が多く、論証する推論の評価の話は終盤でようやく出てきた(237ページあたりから)上に、疑わしい暗黙の前提をおくとか考慮に入れるべきことを見落とすとかの誤りに注意するなど、まぁ気をつけるべきことではあるけれどそりゃそうでしょうというところで、新発見ということは残念ながらなかったかなと思いました。


丹治信春 ちくま新書 2023年10月10日発行
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