ジャーナリストの著者が、アマゾンの倉庫でピッカー(注文された商品をピックアップする労働者)として働くためにイングランド中西部のルージリーに住み(第1章)、訪問介護労働者としてケアウォッチで働くためにイングランド北西部のブラックプールに住み(第2章)、保険会社アドミラルのコールセンターで働くためにウェールズ南部のサウス・ウェールズ・バレーに住み(第3章)、ロンドンに戻ってウーバーのドライバーとして働いて(第4章)、それぞれの地域で見聞きした底辺労働の実情などを綴ったノンフィクション。
邦題と章タイトルからは、アマゾン、ケアウォッチの訪問介護、アドミラルのコールセンター、ウーバーでの労働の実情が中心であるように見え、期待しますが、著者がそれらの労働に従事して直接経験した事実についての記述は少なく、移り住んだ地域で知り合った底辺労働者の話やそれらの地域について著者が調べたり聞いたことについての記述が大部分を占めています。アマゾンやケアウォッチ、アドミラル、ウーバーについての評価も、客観的事実、経験した事実よりも他の労働者のインタビューで主観的感情的に書いているところが多く、せっかくジャーナリストが自ら労働しているのに、残念な読後感でした。
アマゾンについては、労働者の挙動が分解されて管理され、機械的にもっと速くと急かされる様子、休憩時間が30分と10分が2回に分割されて与えられ、倉庫の奥から所持品検査を経て食堂等に行くまでに休憩時間の多くが過ぎ去りほとんど休憩できない、アマゾンのような大企業でも労働者に労働契約書を渡さない、賃金が全額支払われないことが度々ある、4階建ての倉庫で1階にしかトイレがないなどが目に付きますが、正社員登用(ブルーバッジ獲得)について9か月の契約期間ピッキング目標を常に上回りいつも時間どおりに出勤し規則を破らなかったのに登用されなかった、マネージャーの要求するとおりのシフトで3か月も働いたのに登用されなかった(55~56ページ、29~30ページ)とか、「1日まさかの10時間半労働」(56ページ)なんて言われると、イギリスでの非正規労働はそんなに甘いものなのか、日本より恵まれてるんだなぁと思ってしまいます。日本で私が相手にしている会社ではそんなのごくふつうというか、労働者側がそれを酷いと思うこと自体がまれだと思います。どこの国でも強欲な企業と経営者は悪辣なことを考え続け、隙あらばさらにやりたい放題をやろうとするものだということでしょうけど。
訪問介護では、介護労働者が自動車で訪問先を渡り歩き、決められた訪問先をこなすためにきちんとした介護ができず、アクシデントがあっても高齢者を見捨てるように次の訪問先へ急がなければならないなどの様子は、ケン・ローチの「家族を想うとき」のアビーの労働にも描かれていましたが、悩ましいところです。英語が読めない移民労働者が増えて、投薬管理記録に記入せず、その後に来た別の介護士が再び投薬するリスク(142ページ)なども、考えさせられます。
アプリの指示(リクエスト)に従わなければ排除されるために結局ドライバーは指示どおりに動かざるを得ないのに、ドライバーは従業員ではなく自営業者で何の保証もなく「あなた自身が社長」などというウーバーの欺瞞性は明らかですが、そこはもっと具体的な事実を書きだして暴いて欲しいところです。著者の書きぶりはまだ遠慮が見られるように思えます。
現実に経験した部分の話はわかりやすく、読んでためになるところが多いのですが、著者が知識を披露し意見を述べる部分(この本ではそっちの方が多い)では、イギリスの歴史や文化、世情をベースにし、かつ皮肉っぽい諧謔趣味の文章が多く、訳者がそこに注力しないで訳しているきらいがあって、素直に読むと意味が取れないというか首をひねる部分が多く、読みにくく思えました。
原題:HIRED
ジェームズ・ブラッドワース 訳:濱田大道
光文社 2019年3月30日発行(原書は2018年)