なあむ

やどかり和尚の考えたこと

サンデーサンライズ462 躊躇するな

2024年04月07日 05時00分00秒 | サンデーサンライズ

三ちゃんのサンデーサンライズ。第462回。令和6年4月7日、日曜日。

 

3日、台湾で大きな地震がありました。

1999年、台中で起こった大地震の際訪れた仏教慈濟基金会(慈濟会)の本部がある花蓮市が震源の近くです。

慈濟会は、東日本大震災の時も、能登地震の時も現地で大きな支援をしてくれました。

今回の地震でももちろんすぐに動き出し、支援活動を進めているようです。

日本の報道で、避難所が3時間で開設されたニュースが流れ、そこに慈濟会の名前の入ったテントが映し出されました。

そのスピードと的確さが日本の災害支援と比較されていました。学ぶところが大きいと思います。

いざという時に最も支援し合ってきた日本と台湾。今回の地震にも支援をお願いします。

その気になった時にすぐに行動しないと、気持ちはすぐにしぼんでしまいます。

 

さて、4月に入り、いわゆる新年度というところが多いと思います。

宗門関係もその通りで、新たなスタートを切ったことになります。

3日火曜日は、曹洞宗本庁において、今年度特派布教師の辞令伝達式が行われました。

曹洞宗管長、大本山永平寺貫主南澤道人禅師がお出ましになられ、直接一人ひとりに辞令を親授していただきました。

御年96歳を迎えられておられますが、御法体堅固にてしっかりと御垂示もいただきました。

やはり、直接辞令を手交していただくと身の引き締まる思いがしました。

特派布教師は、管長様の「告諭」を携えて地方を巡回し、そのお言葉をお伝えするという役目になります。

今年32名の布教師が任命され、それぞれが決められた任地に赴きます。

私の任地は、島根県と岡山県となりました。どちらも以前派遣されたところで、それぞれ3回目の巡回となります。

各県の日程と布教師の予定をマッチングするので、どうしても派遣されない県もあれば何度も行く県も出てきます。

いずれにせよ、派遣された場所で精一杯務めなければなりません。

加えて、布教師養成所主任講師の任命も受けています。今年で最後の予定ですので、こちらも精一杯務めます。

 

松林寺においても今年度の事業が始まるわけですが、本日7日の総代会、役員会にて正式な日程が決定となります。

予定とすれば、6月2日の松林寺集中講座と6月8日の大般若会、護持会総会が大きな事業となります。

私が住職になった年からスタートした集中講座は、今回で16回目を迎え、例年通り講話、音楽、落語の内容で開催します。

講師は、音楽として、新潟から篠笛奏者であり歌手の田村優子さんと、ピアノ、ギターによるコンサート。

落語は、4年ぶり2回目の口演となる六華亭遊花師匠の登場です。

講話は前回から住職が勤めています。演題は「行雲流水その2」として、永平寺修行前夜までを語ります。

昨年は前年亡くなった母を追悼して行脚の話をしましたが、今回は父のことを中心に話させていただきます。

今年も、気仙沼からと金山町から団体の参加希望が来ています。

参加ご希望の方はメール(shorin@cup.ocn.ne.jp)等でご連絡ください。

体力が続く限りとは思っていますが、こればかりは何とも言えません。

その気になったときには躊躇せずに行動した方がいいと思います。

またいつか、はなかなか訪れないものです。

すぐ行動するか躊躇するかで縁が変わるので、人生が変わってきます。

躊躇するのも縁といえば縁ですが、行動して後悔するのとしないで後悔するのでは後悔に違いがあるように思います。

先週話したように、縁と選択で人生が織りなされるとすれば、縁の数が多いほど選択肢も増えることになります。

人生は短いのですから、躊躇するのはもったいない。

『臨済録』に「用いんと要せば即ち用いよ」の一節があるようです。

『臨済録』を読んだわけではありませんが、臨済宗の師家の講演をテープで聞いて頭に残っています。

「躊躇するな」ということですね。

 

今週の一言

「躊躇しているほど時間はない」

 

今週はここまで。また来週お立ち寄りください。

「今週の一言」が急に始まりました。新年度故に。


サンデーサンライズ461 ブギウギ

2024年03月31日 05時00分00秒 | サンデーサンライズ

三ちゃんのサンデーサンライズ。第461回。令和6年3月31日、日曜日。

 

気仙沼の兄が行きたいというので肘折温泉に二泊。

雪が迎えてくれて肘折をらしく演出してくれました。

何もすることがなく、行くところもなく、風呂に入って、呑んで、寝る、の繰り返し。

寝すぎてかえって腰が痛くなったほど。

65を過ぎたら睡眠時間を8時間以上とってはいけないとテレビで言っていた、とカミさんの情報ですが、本当かもしれません。

寝疲れるということが確かにあるように感じます。

 

記憶は要らないという話はこれまで何度か書いてきました。

私の過去は思い出したくないことばかりなので、消し去りたいといつも思っています。

それでも、何かの拍子にフッと浮かび上がって来て嫌ーな気持ちになります。

そんな時は、浮かび上がってくる途中で頭を振って振り払います。これが意外と効果あるんですよ。

キャッチする前にリリースする感じです。

嫌な記憶は全て自分の言動です。あの時のあの言いぶり、あの態度、あの思い。慚愧と羞恥の記憶です。

思い出したくもないし、思い出されたくもない。

自分だけが覚えていて誰も覚えていないこともあれば、自分は忘れているのに誰かが覚えているということもあるでしょう。怖いのは後者です。

自分が覚えていれば反省も謝罪もできましょうが、自分が覚えていないことで相手に嫌な思いをさせてしまったことは反省すらもできません。何事もなかったように平気な顔で接してしまいます。

例えるならば、空ののし袋を渡してそれに気づかずに平気で接するようなものです。

相手は、「なんだこの人」と思うでしょう。

相手にどう思われようと、気づかないのであればどうしようもないことです。

問題はそうではなくて、嫌な記憶を思い出す自分の時間です。

嫌なことを思い出している時、その時間、記憶に気持ちが奪われて、その時を生きていない、それが問題なのです。

記憶を思い出すことで今の時間を奪われている。更には、嫌な自分を振り返ることで自己嫌悪に陥って今の自分を肯定することができない。

だから、今をしっかりと前を向いて生きられず、更に後悔するような行動をとってしまう。それが悪循環となるのです。

大丈夫、救いはあります。

我々には、今日、今しか生きることができないのですから、過去は過去として今をどう生きるか、そこに集中するしかありません。

今の今まで自己嫌悪でいた自分も、「記憶を捨てる」と転換したとき、過去は過去のまま置いておいて、今を見ることができるようになります。

それでいいのです。

記憶も、反省も、後悔も要りません。

「あの人、自分がしたこと忘れたのかしら」と後ろ指を指されても、今日をしっかり生きることでしか周囲の批判を覆すことはできないのですから、まずは今を生きるしかないのです。

明日があろうがなかろうが構いません。

例え今日が最期の一日だとしても、「今日しっかり生きた」と思えたら、今日に満足して死ぬことができます。

どんなに恥ずかしい生き方をしてきたとしても、最期の一日は立派だったと周囲に思われるかもしれませんし、否、誰にどう思われようと、自分で自分をこれでよかったと肯定できるなら、自分を許すこともできるでしょう。

気仙沼の兄、清凉院住職はそういう点で私と同じ生き方の人です。そこがシンパシーを感じるところです。

最近は顔も似てきたらしく「本当の兄弟ではないんですか?」と逆に言われたりします。

 

人はみんな、不思議なご縁で今を生きています。

ただ、縁ばかりではありません。そこには選択が絡んでいます。

ご縁の中から、自分に心地いい状況を選択しているのです。縁と選択、それが人生をつくっています。

さて、今日はどんなご縁の中からどんな選択をしていきましょうか。ドキドキワクワク。

 

今週はここまで。また来週お立ち寄りください。

 

 


サンデーサンライズ460 富ておごらざるはなし

2024年03月24日 05時00分00秒 | サンデーサンライズ
三ちゃんのサンデーサンライズ。第460回。令和6年3月24日、日曜日。
 
彼岸が過ぎて急に陽が伸びてきました。
朝5時半の本堂は、障子が白く感じられます。
陽は毎日一定の角度で伸びているのでしょうが、急に感じるのは彼岸という節目のせいでしょうか。
今頃になって雪が降りはしましたが、地面が温まっていてすぐに消えてしまいます。
着実に春は近づいています。
全ての人に暖かい春がやってくればいいのですが、冬のような寒さに身を震わせている人が、国の内にも外にもいます。
無常であればこそ、やがて春が来る、苦しみは永遠には続かない、と大声で叫びたくなります。
そして祈ります。耐えて欲しいと。
 
昨日は宿用院の大般若会でした。
住職は、能登半島被災地の早期復興と被災者の身心安寧、世界の戦争紛争の早期終息を祈願しました。
祈るだけでは支援は足りないと思いますが、祈ることでそれぞれの心に慈悲心を呼び覚まし、他の痛みを想像する共感力を強くしていくことができるはずです。
元々、祈ることなど人間にしかできないことですから、人間らしさを失わないためにも、折に触れて祈ることを忘れないようにしていかなければならないと思うところです。
 
話は変わりますが、この時期、テレビでのスポーツ観戦が好きな人にはたまらないですね。
特に先週は、朝からテレビの前に釘付けになっていた人もいたでしょう。
春の甲子園、大相撲、MLB、サッカー、競泳、フィギュアスケート、カーリングもありました。
もちろん、仕事でそれどころではない人もいたでしょうし、それぞれ好みがありますから関心のないスポーツはどうでもよかったかもしれません。
リタイア組の暇な老人たちには退屈しない毎日でした。
毎年この時期、高校野球と相撲が終わると急に火が消えたようになり、「水戸黄門」ぐらいしか観るものがなくなるというのが、大方の老人の意見です。
そんな中、驚いたニュースが飛び込んできました。
大谷選手の通訳をしていた彼が、何と預金をくすねていたというニュースです。
しかも7億円近く。
魔が差したのでしょうね。
まだ39歳のようですが、将来を棒に振ることになってしまうかなあ。家族もあるでしょうに、残念なことです。
1000億円という常識外れの契約金額に、感覚がマヒしてしまったのかもしれませんね。
「1000円に換算すればたった7円じゃないか」みたいに。
いつの世も人をだめにしてしまうのはお金なのですかね。
道元禅師は言っています。
 
貧しくてへつらわざるはあれど、富みておごらざるはなし
 
貧しくなるとついつい卑屈になり、おもねったりへつらったりしてしまいがちになる。だけど、そうならない人もいる。
しかし、豊かになって、自分が偉くなったかのように驕り高ぶってしまわない人はいない。みんなそうなると言うのです。
また、本人に奢る気持ちがなくても、ありのままに振舞う様子が、貧しい人にとっては威圧を感じたり不遜に感じたり嫉妬を感じたり、驕慢の雰囲気を醸し出してしまったりもする。そういうものだ。
だから、それを慎みなさいと、そして、富むことをいさめ、貧しくあれと、道元禅師は何度も何度も指導しているのです。
お金が人を狂わせることは本当にありますよね。
どうも最近とみに利殖の方向に衆目が向いているように感じて気になります。
貯金しても利息が付かないから、投資をしようという流れが定着してきたのでしょうか。
それがある程度で抑えられればいいのですが、投資にはギャンブル性もあるのでしょうから、ハイリスク、ハイリターンに慣れてしまうとそれにのめり込み、もっともっととリスク承知でつぎ込んでしまうのではないかと心配されます。
結果的に通訳の彼と同じことになってしまわないかと、関心のない私は余計な心配をしてしまうのです。
富んで人生を狂わせるよりも、貧しくてもコツコツとまじめに生きる方が幸せだと思えるような社会でなければならないと思いますし、そのように確固たる思いを持つ人が一定数いた方がいいと思います。
子どものように「みんなしている」というだけで無邪気に追随すると、知らぬ間にケツの毛まで抜かれてしまうことにもなりかねません。
しっかりと自分の理念と方針を持って見極めていかなければなりません。
貧しさに価値を見出すような見方、生き方、それを道元禅師に学んでいきましょう。
 
今週はここまで。また来週お立ち寄りください。
 
※写真は門前町禅の里交流館前にある石像。どうもスティーブ・ジョブズのよう。意図は知りません。

サンデーサンライズ459 能登の春

2024年03月17日 05時00分00秒 | サンデーサンライズ
三ちゃんのサンデーサンライズ。第459回。令和6年3月17日、日曜日。

11日朝7時に寺を出て、富山県高岡のお寺に寄って刺身を仕入れて輪島市門前町へ。
途中の道があちこちで崩れ、仮のう回路が作られていました。
シャンティの支援拠点になっている禅の里交流館に着いたのは夕方6時前。途中休憩や昼食を摂りはしましたが、約11時間かかったことになります。
町に入ると、報道で見た通りで、住宅がずいぶん被害に遭っています。
「門前町」という名前は、明治時代までここに大本山総持寺があったことが由来で、明治31年の火災の後、44年に横浜に移転しましたが、その跡地に伽藍が復興され「総持寺祖院」と呼ばれるようになったのです。
その伽藍が、17年前の地震でやはり大きな被害に遭い、巨費を投じて数年前に復興が終わったばかりでした。
北陸新幹線が福井県まで延伸され、その観光客の増加もを見込んで、この門前町も「禅の里」として受け入れの準備を進め、期待を膨らませていた矢先でした。
その中心である祖院も、門前の町も再び大きな被害に見舞われてしまいました。
祖院に挨拶に訪ねた時、ちょうど責任者である監院老師がいらして、山内をくまなく案内してくださいました。
回廊のほぼ全てが傾き、崩れ、お堂のほとんどが痛んで、屋根瓦が落ち雨漏りがしています。
それでも、前回の地震の後、諸堂の地盤から耐震工事を施していたのでこれで済んだのだということでした。
何せ、海岸が4mも隆起したのですから、地殻から大きく動いたわけで、薄皮のような地表に立脚している人間の建物などひとたまりもないはずです。
地元の皆さんが言うには、地面が時計回りに揺れたんだとか。
それを証明するかのように、境内の句碑が、倒れずに180度回れ右して裏向きになっていました。
小雨降る境内を眺めながら、監院老師がポツリとつぶやきました。
「伽藍がどんなに壊れても、梅は季節通りに咲くのだね」。
早朝、門前の通りを歩いていると、鶯の声が聞こえました。
季節が廻り梅が咲けば、瓦礫の山にも鶯は鳴くのでした。

 無常なり瓦礫の山にホーホケキョ (義)

私がこれまで見た震災被災地の中で、揺れの大きさは一番かもしれません。
里全体が崩れているという印象でした。
道路のあちこちが崩れ、住宅のほとんどの屋根瓦が落ち、傾き、倒壊しています。
建物の調査で「全壊」「半壊」「一部損壊」の診断がされますが、「危険」の赤紙と「要注意」の黄紙が張られている家がほとんどです。
それでも、家を離れられない住民は、片付けながら住み続けたり、避難所から通ってきたり、ビニールハウスなどに自主避難したりしています。
避難所には炊き出しがありますが、曹洞宗の若い僧侶が各地から駆け付け活躍していました。
自主避難している住民にまとめて調理して配食するグループもあって、200食の調理の手伝いをさせていただきました。
唯一の道であるトンネルが崩落して10日以上孤立状態にあった七浦(しつら)地区にも訪ねました。
元々、海岸線上に点在する集落で、トンネルも10年前ぐらいにできたばかり。それまでは船で移動するか山道を歩くかだった集落でした。
外からの支援が来るまでみんなで助け合って生きてきました。とても共生意識が強く、災害に強いのはこういう集落だなと思いました。

祖院門前の興禅寺さんにお邪魔してお話を伺いました。
前の震災で本堂が全壊し、耐震で新築していたため今回はほぼ無傷でした。
住職市堀玉宗師は俳句をやられる方です。
金子兜太さんに師事し、黛まどかさんとも交流があるようです。
震災後もたくさんの句を詠まれています。
その中からいくつか

能登寒暮山河破れてしまひけり 玉宗
朝市の焼け跡に鳴く寒鴉
人類の涙涸れよと星凍つる

15日10時間かけて帰ってきました。
被害の状況は現場に入らないと見えてきません。その場の人の話を聞かないと生の被災は分かりません。
寄り添うとは、言葉通り、肌で体温を感じられる距離に身を置くということでしょう。
人間が柔らかな皮膚しか持たない理由は人の痛みを感じるためだと、中島みゆきが言うように、全ての人は人の痛みを感じられる能力を持っているはず。
鶯鳴けども、能登の春はまだまだ先のようです。
あたたかい支援が必要です。

今週はここまで。また来週お立ち寄りください。


サンデーサンライズ458 出張縄のれん

2024年03月10日 05時00分00秒 | サンデーサンライズ
三ちゃんのサンデーサンライズ。第458回。令和6年3月10日、日曜日。

3.11が近づいてきて、東日本大震災関連の報道が増えてきました。
特に今年は能登半島地震との関連で報じられることが多いようです。
被災された方には、忘れたい、思い出したくないと思っている人もいるはずです。
犠牲になった愛する人のその時の思いを想像することが、どれほど辛いことか。
その日が近づく度にフラッシュバックする痛みに、やり場のない苦痛を味わっているのではないかと想像します。
それでも、どれほど想像しても、当人の痛みなど他人に分かろうはずがありません。
でも、分からないのは分かっていても、それでも、その痛みの半分でも万分の一でも分けてもらえたらと思う人もいるのです。
ボランティアとして支援に駆けつけたいと思う人々は、そう願い現場に赴くのです。
被災された人々の邪魔にならないように、心の痛みに触れないように、体でできることだけを淡々とこなして帰るだけです。
そして、自ら語りたくなるのを待って話に耳を傾けます。語ることによって痛みを吐き出すこともできるからです。

被災された方が絶望から立ち上がることができるのは、ボランティアの力ではありません。被災者自身の力によってです。
自ら立ち上がろうとした時の支えとして膝や肩を貸すだけ、ボランティアの存在はそのきっかけに過ぎません。
それを「ボランティア触媒論」と言います。
化学反応の速度を促進する物質のことを「触媒」と言いますが、この物質自身は化学式の中で反応にかかわることがありません。
被災された方が自ら立ち上がることを促す存在、ボランティアは、その触媒に過ぎないのです。
そして、その人が自らの力で立ち上がることができた時、手を握り合い、肩を抱き合い、喜びを共感することもあります。
その時にボランティアは、無上の喜びを感じるのです。自らの行為に自ら喜ぶことができる。
それが人々をボランティアに駆り立てる理由です。

ボランティア活動に限ったことではありません。
日常生活の中で、人に親切にすることで自らがうれしい気持ちになることはあるでしょう。
たとえば、道端で知らない人に挨拶したら相手からも挨拶を返してくれた。自分から声をかけることができたことがうれしい、とか。
つらい話を聴いて一緒に涙を流したら笑顔になってくれた、それがうれしい、とか。
自分ができることで相手に喜んでもらうことができたことを、自ら喜ぶことはあると思います。
道元禅師は「みずからが所作なりというとも、しずかに随喜すべきなり」と教えています。
自分の行為であっても、自分で喜んでいい、褒めてもいいというのです。

他の痛みを感じて自らの心を痛め、何とかならないかと思う心はどなたにもあるはずです。
それを「慈悲心」と呼びます。
ただ、その心は時間や慣れによって萎んでしまうことも事実です。
テレビなどの報道を見て感じた他人の痛みも、何度も見ているうちにだんだん薄れてくることはあるでしょう。
そのうちに見たくないと思うかもしれません。
慈悲心は誰にもありながら、慣れによって薄れていくのです。ありながら、なかったことと同じなってしまいます。
慈悲心を行動にすることによって、自らに「こんな心があったのだ、こんなことができるのだ」と気づきます。
行動によって慈悲心に気づき、それを養い維持していくのです。
誰かの痛みを感じたなら、躊躇しないで行動に移してみましょう。
慈悲心を行動に移したのが菩薩行です。
その行動が広まれば慈悲心の社会化とも呼べるでしょうし、世界の平和にもつながると信じます。

ということで、明日11日から能登半島に出かけます。
シャンティ国際ボランティア会の現地支援事務所が輪島市門前町にあり、そこから「来てくれないか」という要請がありました。
私が行っても何かができるわけではありません。
おそらくは、支援活動をしているスタッフ、ボランティアの慰労をしてくれということだと思います。
被災地に身を置いて連日人の痛みを受け取っている者は、時折被災地を離れるか息を抜かないと精神的に厳しくなります。
私はその息抜きの役目でしょうから、酒とご馳走を車に積んで出かけるつもりです。
出張縄のれんです。
こちらが飲まれないように気をつけてきます。
阪神淡路大震災の時、大阪のデパートの地下ののれん横丁で串カツを喰いながら独りカウンターに突っ伏したことがありました。

今週はここまで。また来週お立ち寄りください。

サンデーサンライズ458 アンチエイジング

2024年03月03日 05時00分00秒 | サンデーサンライズ
三ちゃんのサンデーサンライズ。第457回。令和6年3月3日、日曜日。

3月に入りました。
3月3日は耳の日、ではなくて、サンデーサンライズの日にしましょう。このブログ以前は「サンサンラジオ」と名乗っていましたし。
かといって、何もプレゼントするものはありません。
勝手に独り「うんうん」と頷くだけです。
ここにきて昨日は雪がどっさり降りました。
心配された赤倉温泉スキー場の国スポ(国体)も、前日に奇跡的な恵みの雪が降り、何とか無事に開催されたようで、「うれしかっただろうな」と関係者のことを思い胸を撫で下ろしました。
それも終わったので、もう雪を乞う必要もないのですが、今さらという感じです。
これまで本当に楽な冬を過ごしました。
最後に少し冬らしい気分を味わいながら除雪をしたいと思います。
季節はどんどん過ぎています。
同時に我々の残り時間もどんどん少なくなっています。
季節の移り変わりを感じながら、自分の命も減っていることを感じていかなければなりません。

明日死ぬかのように生きよ。
永遠に生きるかのように学べ。(マハトマ・ガンジー)

今日一日限りの命と思って今日を生きなさい。
それなら今日学んだって意味がないではないか。いや、命が永遠に続くかのように今日学びなさい。
という意味ですね。
明日命があるかどうかはどうでもいいのです。
今日は今日の一日を生きるだけ、今日の学びをするだけです。
日野原重明先生が100歳以後の予定もかまわずに入れていたというのも同じことでしょう。
そこまで生きているかどうかなど関係ない。
その予定で今日を生きるというだけのことに過ぎない。
結果ではなく経過。経過がすなわち結果です。
春が来たから花が咲くのではなく、花が咲くことをもって春だと言っているに過ぎません。
花は経過、春は結果。花だけ見ればいいことです。
花は因縁時節を待って咲きます。
蕾も因縁時節、散るのも因縁時節、実がなるのも因縁時節。
咲くのも散るのもその時のありのままの姿であり、善でも悪でもなく、一喜一憂することでもない。
蕾は蕾の全体、花は花の全体、散るは散るの全体。
その時々で完結していると見るのです。
それを「前後裁断」と言います。
今日が明日になると見るのではないのです。
今日は今日の一日、明日は明日の一日で「裁断」です。
100年後の予定を入れてそれに向けて計画準備して、その準備で完結しているのです。

歳だからそんなことはできないと言うのは間違いで、できるかどうかは年齢には関係ありません。
老いるのは年齢によりますが、できないのは年齢によってではありません。
何をもって老いというのかも考えてみれば不明です。
若いころにできたことができなくなったのを老いと言うなら、それは人によってその年齢も様々ですし、身体的な変化と言うなら生まれた時から身体は変化し続けているので、どこからが老いとは言えません。
結局それは自覚でしかない。客観的でも、他人から言われるべきものでもない。
だとすれば、できることをしようというのは老いではない。学ぼうとするのは老いではない。
何故なら、学ぼうとするのは成長の種だから。
ということは、学ぼうとしている間は老いではないということになるでしょうか。
最期まで、学ぼうとする意欲は失いたくないと思います。

学ぶべきこと、学ぶべき人は周囲にたくさんあります。
自分が謙虚でありさえすれば全てが学びです。
謙虚とは空っぽだということです。
容器が一杯であれば新しいものが入って行きません。
空っぽであれば何でも入って行きます。
謙虚になるためには、今入っているものをどれだけ捨てられるかということでもあります。
捨てて捨てて、捨て果ててこそ、いつまでも学べる若さを手にすることができるというものです。
少年のようなキラキラした目は、学びたいという好奇心から現れるものなのでしょう。
アンチエイジングと言うならば、それは、表皮一枚のことでも機能的なことでもなく、捨て果てることですね。
その頭にはどうせたいしたものは詰まっていないのですから、いっぺん空っぽにしてみたらどうですか。
キラキラした目が戻ってくるかもしれませんよ。
もっとも、やがて自然に空っぽになるのでしょうが。

今週はここまで。また来週お立ち寄りください。

サンデーサンライズ457 信じられない

2024年02月25日 05時00分00秒 | サンデーサンライズ
三ちゃんのサンデーサンライズ。第457回。令和6年2月25日、日曜日。

信じられない。
何を信じていいのか分からなくなってきた社会です。
ネットから流れてくる情報は、果たしてそれが真実なのかフェイクなのか見分けられないと大変なことになる状況です。
メールで、重要なアプリの「更新が必要」などという情報を信じて誘導のままに進んでクレジットカード情報まで送信させられ、直後から「おかしい」と感じすぐにカードを止めてもらった経験以来、疑うセンサーが働くようになりました。
疑う目が肥えてきたというのか、しかしそれはいいことなのか。
特殊詐欺に騙される人が未だになくならないのは信じやすいからで、それはこの国の人々の良い所だとも言えるはず。
「信じる者は救われる」と思っていたのが「信じる者は騙される」となってしまっては、この社会は安心して生きられないことになってしまいます。
本来宗教は信じることから始まるわけで、信じるからこそ身心をそれに預けて、疑いのない安心の中で生きられるものです。
その宗教から騙されるというのであれば、何を信じていいのか、ということになるでしょう。
人を騙すようなものは元々宗教ではなかったのでしょうが、宗教の仮面をかぶっていたので、宗教だと思って信じてしまったわけです。
政治家にしたって、その人を信じて一票を投じたわけで、その政治家が信じられないことをしたのでは、政治そのもの、選挙そのものを信じられなくなるのは当然のことです。
「記憶にない」などとバカなふりをしたり、都合が悪くなると黙ってしまって世間が忘れるのをじっと待つような態度では何をかいわんやです。

信じることと疑うことの割合が変わって来てしまったでしょうか。
大昔から嘘はあったはずで、全てを信じることは危険だったでしょう。
ただ、信じられる社会の中にポツンと嘘が混じれば、それは罪ともなったでしょうが、信じられるものと嘘が半々というようなことになれば、信じた方が悪いなどと言われてしまうことになるのでしょう。
それは安心して生きられる社会なのか。
親による子どもの虐待が増えています。
信じるといえば、親に身をゆだねる子どもほど純粋にすべてを信じているものはないでしょう。
信じ切って全てを預けているからこそ安心して眠れるはずです。
その親から虐待を受けるなど、命のありようとして想定されていないのではないですか。
そんなのは特例だというかもしれませんが、増えているということであれば、それは特例ではなく社会的な問題があるのだということです。
チラッと調べてみると、この国の親による子どもの虐待は32年連続で増加しているとのこと、子どもが減少しているのに。特殊な親の特別な例ではないと受け止めるべきですね。
この傾向は「信じられない社会」の膨張と無関係とは思えません。
人を信じることのできない親の心が子どもに影響していることはないでしょうか。
親に虐待されて育った子どもが親になって同じようなことをする傾向があると耳にします。
悲しい連鎖ですが、それはどこかで止めていかなければなりません。
親以外にも信じられる人の存在があればと思います。
それでも子どもは親が好きなのですよね。
他からみればとんでもないと思える親でも、子どもにとって最も愛する存在は親です。
親は誰かと比べることができない絶対的な存在です。
叱られれば「ごめんなさい」と謝るでしょう。自分が悪かったのだと自分を責めるでしょう。そしてすがってくるでしょう。
すがる子どもを抱きしめてあげられない時、子どもは壊れていくのではないですか。

母親に抱かれて安心して眠れるような、そのような信じられる社会でありたいと思います。
信じられないことが増えつつある社会の中で、それでも信じることを止めない。
信じられる人、信じる確固たるものを持っていく。
信じられる社会の方が安心できるのだと信じていく。
多少騙されても、それは真偽を見極める目を育てる勉強だと受け止めて信じたことを後悔しない。
騙すより騙される人間でありたい、その方が楽に暮らせると信じる。
「騙されるのはバカだからだ」と笑われても、そちら側には行かない。
バカでけっこう。バカであっても、人を信じる人の目の方がきれいだと思う。
人を騙すよりも、きれいな目のままでこの世を終わりたい。
そういう人が多くなる社会の実現を信じて生きたい。

今週はここまで。また来週お立ち寄りください。



サンデーサンライズ456 生死を生死にまかす

2024年02月18日 05時00分00秒 | サンデーサンライズ
三ちゃんのサンデーサンライズ。第456回。令和6年2月18日、日曜日。

『正法眼蔵』に「生死を生死にまかす」という言葉があります。生死は「しょうじ」と読みます。
本来の文脈とは違いますが、その言葉を私は「命のことは命にまかせる」という意味に受け止めています。
私たちには、自分ではどうにもできないこと、どうにもならないことがあります。
特に、生老病死に代表される命の問題は、自分の力ではどうにもなりません。
生まれることを選べません。
いつ、どこで、どんな体で、男で、女で、親も兄弟も選べません。
年老いてどんな状態になるのか、寝たきりになるのか、認知症になるのか。髪が白くなるのか、抜けるのか。
選んで病気になる人もいません。病気は勝手に向こうからやってくるものです。
どうして私が、どうして家族が、こんな病気にならなければならないのか。どれだけ問うても答えは出てきません。
当然、死ぬことも選べません。明日もこの命があるという保証はないのです。

このように、何一つ、命のことは自分ではどうにもなりません。
それは、今日雨が降るのか晴れるのかがどうにもならないことと同じです。
ですから、命のことは命にまかす、と受け止めるのです。
まかすと言っても、あきらめや投げやりではなく、自分にはどうにもならないことと、自分が決めて自分が行動することとを明確に区別して、そこでどう生きるのかを考えよという教えです。
雨が降ったらどうしようと、自分ではどうにもならないことで悩むのではなく、雨の中でどう生きるのか、その時の今にしっかりと足をつけて生き方を考える。
それをまぜこぜにしてぐちゃぐちゃのままで考えるから、何をすればいいのかが見えてこないのです。
考えている時間に足元を見ないでいるから今をしっかり生きずに次の悩みを生んでしまうのです。
老いることも、病気になることも、事故に遭ったり、災害に見舞われたりすることも、自分にはどうにもできないこと。
その時に、その中でどう生きるのか、それは自分にまかされているのです。

能登半島の地震でも、一瞬にして家族全員を失うという地獄のような苦しみに見舞われた方がいらっしゃいます。
その苦しみなど他人に分かろうはずがありません。
どれだけ想像してみても、同じ状況に追い込まれでもしなければ心境を分かることはできないでしょう。
かける言葉はありません。言葉は空しく響くばかりです。
それでも、人は生きていかなければなりません。生きていく以外の選択肢はありません。
当事者以外の人々は、心で「がんばれ、がんばれ」と念じながら見守る以外にできることはありません。
生きるとは厳しいことです。どんな状況であれ、自分で決め、自分の足で生きていく以外にないのです。
そんな中で「生死を生死にまかす」という言葉が、生きることを明確にするための示唆になればいいと思います。
命は自分ではどうにもならないのです。
どうにもならないことはおまかせする以外にありません。おまかせしきった上で今日をどう生きるか。
どれほど多くの途方もない瓦礫に囲まれているとしても、それはもう起こってしまったことで、元に戻すことはできません。
その瓦礫を一つずつ一つずつ足元から片付けていく以外に、瓦礫がなくなることはないのです。
終わりのないように見える瓦礫でも、一つ片付ければ一つ分だけの生きる場所ができます。
そのようにして今日を生きる以外ないのではないかと思うのです。

そんなことを言っても、やはり所詮他人事です。
自分でもどうしようもないことは、他人にもどうしようもありません。
それでも人間は、他の苦しみを感じて自分の心を痛めてしまうものなのです。
人の痛みを痛いだろうなと想像して痛みを感じてしまうのです。
脳の中の「ミラーニューロン」という物質が働くからです。
「ミラー」の通り、鏡のように相手の感情を感じる能力が人間にはあります。
それが共感となり慈悲にもなってきます。
命は命にまかせた上で、どう生きるかの中に、他人とのつながりを抜きにしては考えられない生き方の選択があります。
それが人間としての特徴であり、人間であることの根拠であると言ってもいいかもしれません。
生死は自分個人の問題ではあるけれど、他との関わりの中で見つめる問題でもあります。
まずは今日すべきことを整理して考えましょう。
そして、具体的に動きながら次を考えましょう。

今週はここまで。また来週お立ち寄りください。

サンデーサンライズ455 世にそしられざる人なし

2024年02月11日 05時00分00秒 | サンデーサンライズ
三ちゃんのサンデーサンライズ。第455回。令和6年2月11日、日曜日。

本当に雪の少ない冬です。
元々雪の降らないところはいつもこんなに楽に過ごしているのでしょうね。
うらやましいとも思いますが、何か罪悪感のようなものを感じてしまうのは雪国人の性でしょうか。
大変さとそれをやり遂げた時の達成感、納得感とは比例するものかもしれません。
ここまでくると、もうこれ以上は降らないのだと思います。
雪を楽しみにしていた人、雪を仕事としていた人には残念な冬になりました。
能登半島の被災者にとっては助かったのでしょうから、それを喜んでいきましょう。

15日は釈尊涅槃会です。
前日に涅槃団子を丸め、お供えして法要を営みます。
その当時のインドの平均寿命は50歳にも満たなかったでしょうから、80歳で亡くなられたお釈迦様はずいぶんな高齢だったと言えます。
高齢というだけで人の目を引き尊敬されたものと思われます。
しかも、最期まで説法されたわけですから、その教えを乞う人々が常に周りを囲繞していたことでしょう。
一方、近親憎悪と言うのか、近くにいた人からは、妬み、嫉み、やっかみがあり、批判もされたようです。
お釈迦様でさえそうなのですから、凡夫の我々が誰かに批判されるのは当然のことです。
やっかみなどではなく、自分には落ち度も過ちも恥ずかしいこともあるのですから、誰かに何かを言われないという人はいないでしょう。

人は黙して坐するをそしり、言葉多きをそしり、また言葉少なきをそしる。世にそしられざる人なし (『法句経』)

誰かに批判されることを怖れて黙ってもしゃべっても結局は批判されるのです。
なので、好きなように行動すればいいのです。
私は私の命を生きているので、誰かのために生きているわけではありません。
誤解を招いてはいけないのでもう少し言葉を加えると、誰かのために生きようとする自分は私の意志でそう生きているのです。自分の命を自分で使っているのです。
ですから、自分に責任を持てはいいだけのことで、誰かの目を気にして生きることではありません。
自分の命を誰かが生きてくれるわけでもないし、この命を誰かに使われることもありません。
もちろん、拘束されて強制労働をさせられている、あるいは虐待されているような犯罪的なケースは別です。
千差万別、百人百様の命ですから、自分はたった一つのたった一度の命、ここに生きたという意味は自分で自覚していかなければなりません。
でも不思議ですね、その生き方が2600年ほどの時代を超えて今も生き生きと教えを示しているのですから。
お釈迦様を慕い、お釈迦様のように生きたいとあこがれるのが仏教徒です。

今、「一日受戒会ー生前戒名授与式ー」を構想しています。
いわゆる、正式な仏教徒になる儀式、キリスト教で言えば洗礼式のようなものです。
参加者には血脈と戒名を授けます。
5日間とか3日間で行う大がかりな授戒会はプログラムがちゃんとあるのですが、お金をかけずに一日でできるようにしたい。
その思いは以前からあり資料も集めていましたが、実際には動いてきませんでした。個人やご夫婦で受戒したケースは何件かありましたが。
先日、地元のオヤジたちの何でもない飲み会で、そんな話になり少し構想を話してみると、「それはいい!是非やってくれ!」「そういうことをやってくれることがうれしい!」「大勢集まるんじゃないか。オレは母ちゃんと二人で行く!」とオヤジたちに激しく同意され、ビックリするくらいでした。
年齢もあるのかもしれません、人生の閉じ方に関心が向いているというか、何か命の落ち着き処を求めているようなことなのかもしれません。
そんなに同意されるならと、構想を形にすべく資料作りを始めてみると、一日でだいたいプログラムや予算案、内容が出来上がってしまいました。
日程も決め案内文書を印刷するばかりまで整いましたが、考えてみれば今年の秋は寺の団体旅行を企画しているし、そこに大きな行事を挿入するとどちらにも影響が出るかもしれません。少し時間をおいて、来年の行事にしようかと今は考えています。
それにしても、酒飲みオヤジたちも侮れないと見直しました。ちゃんとものを考えているし、いいと思うことには素直に賛成してくれます。ただの酒飲みではないかもしれません。

今週はここまで。また来週お立ち寄りください。



サンデーサンライズ454 頂上の景色

2024年02月04日 05時00分00秒 | サンデーサンライズ
三ちゃんのサンデーサンライズ。第454回。令和6年2月4日、日曜日。

先週の日曜日の大相撲千秋楽は、琴の若と横綱照ノ富士の優勝決定戦になりましたが、残念ながら勝ったのは横綱でした。
横綱の貫録を見せたというところでしょうか。
ただ、琴の若が本割で勝ったので、成績が13勝2敗となり、過去3場所の合計が33勝という判断基準をクリアしたため、見事大関昇進を決めました。
まことにおめでたいことです。
山形新聞では、何と号外が出ました。
現在の琴の若の出身は部屋のある「千葉県松戸市」になっていますが、親方の出身が県内であるということなのでしょう。
山形県民の期待の星となりました。
これからもさらに上を目指して応援にも熱が入ります。

その日曜日の夕方上京し、月曜日から金曜日まで布教師養成所の講師を勤めました。
朝5時30分から夜9時まで5日間、研修道場に缶詰め状態で法話を聴き続けます。
今回も合計40名ほどの若い僧侶が、まことに濃密な時間を共にし、互いに切磋琢磨して自分を高めていきました。
講師陣もその熱に触発されて、普段ぼんやりした脳みそをフル回転させるものだから、終わって知恵熱が出そうでした。
今回の講本であるお釈迦様の『ウダーナヴァルガ』「楽しみ」の章に、次の一節があります。

仏の現れたまうのは楽しい。正しい教えを説くのは楽しい。つどいが和合しているのは楽しい。和合している人々が修養しているのは楽しい。

勝れた人と共に過ごす時間は真に楽しい時間です。
体も頭も衰え始めた自分に喝を入れて活性化させる時間をいただいたことにありがたく思います。

「人生下り坂最高!」と叫んでいる人もいますが、その場合の人生のピーク、頂上は、おそらく60歳から65歳ぐらいでしょうか。
気力、体力、経済力、地位が、65歳頃を境に下降線をたどる。その下降線に身を任せ、頑張らずあせらず自然に楽に生きる。
下り坂を楽しむ生き方とはそういうことなのでしょう。
山を登るときのように、裾野からは見えない景色が登るにしたがって見えてくる。
幼少時に見えなかったものが、歳を重ねるごとに少しずつ見えてくるものです。
大関、横綱にならないと見えない景色。
20代で見えなかった景色が40代になって見える。60になって70になってようやく見える景色があります。
70歳の景色は70にならないと見えない。
そこに立ってみないと見えないことは必ずあります。
だとすれば、人生にはピークも下り坂もなく、常に上り坂だと言ってもいいように思うのです。
年上の人を気にして臆病になっていた気遣いも、歳を重ねる毎に自分が年上になって薄れていく、その開放的な景色があります。
また、体力が衰え、できていたことができなくなってくる寂しい景色。
物事を忘れ、覚えられなくなってきたことを感じる情けない景色。
立場が逆転し、若い者に叱られ邪険にされる悲しい景色。
自分の来し方を振り返り、全てをお任せできた安堵の景色。周囲に対する感謝の景色。
それらも、その立場になってみないと分からない心の景色でしょう。
90歳には90歳になって初めて見える景色があるのです。
だから、年老いた人を邪険にしてはダメです。バカにしたり笑ったりすることは許されません。
その目は、自分には見えないものを見ているのです。
お前たちもここに来てみれば分かるよと、静かな眼差しで見ているのです。
そういう意味では、ピークは人生の途中ではなく、亡くなった時であると言えます。
何歳で亡くなろうとも、亡くなった時が人生の頂上です。
40歳で亡くなった人には、その人がその時にしか見えない景色がありました。人生の長さではなく、その時その時に見える景色が自分の頂上で見えた景色です。
その景色を楽しんでいけばいいでしょう。
我々は、どんなに頑張っても、自分より年上の人と同じ景色を見ることはできないのです。未知の景色です。
寂しい、情けない、悲しい、安堵、感謝、それぞれの景色を、ここまで到達してようやく見えた景色として受け止めていきたいと思います。
口惜しかったらここまで来てみろ、って、誰に言いたいのか知りませんが、そんなふうに嘯きたいと思います。
ああ、これからどんな景色が見えるでしょうか。

今週はここまで。また来週お立ち寄りください。