なあむ

やどかり和尚の考えたこと

大震災86 ラジオ出演

2011年08月29日 21時25分48秒 | 東日本大震災

明日の朝KBS京都ラジオの番組に電話で生出演します。

「笑福亭晃瓶のほっかほかラジオ」という番組で、朝8:06頃から電話でインタビューを受けます。

話題は「漁師のハンモック」。

「あっちこっち ほっかほかだより」という、6分間ほどのコーナーだそうです。

ある程度シナリオがあるのですが、生なのでどうなりますことやら。

関西方面の方は思い出したら周波数を合わせてみてください。

もう一つ、やはりハンモック関係で、ラジオの生電話出演があります。

こちらは、FMネットワークですから全国放送なのかもしれません。

9月2日の「OH! HAPPY MORNING」という番組の中で、午前10:30頃の放送だそうです。

その時は、南相馬に向かっている途中になると思われるので、ちょっと車を止めて電話に出ようかと思っています。

自分の声も話し方も好きではないので、自分は聴きたくありませんが、興味のある奇特の方は聴いてみてください。

それから、ハンモックですが、すごいことになっています。

河北新報に紹介されてから、本当にたくさんの新聞社、テレビ、ラジオ、雑誌からの問い合わせがあり、それぞれに取り上げる度に注文が殺到しています。

現在既に300張りを超える注文をいただいています。

漁師さんたちも、驚きながらも制作に精を出していますが、1ヶ月以上お待ちいただくことになると思います。

そのように発注者に伝えると、「いつまでも待ちます」「来年の夏に使えればいいです」と皆様寛容に受け止めてくれます。中には、「病気で長くないのでなるべく早く送ってください。見てからいきたいです」という方も。

おそらく何割かの人は、ハンモックが欲しいというよりも、漁師さんの再起を支援したいと思ってのことかと思われます。

FAXに「お願ひ致します」と書いてこられる方がハンモックを使われるとは思われないのです。

被災者の自立を助ける支援の形が多くの共感を呼んだのだと思います。


大震災85 国の中の国境線

2011年08月25日 20時22分45秒 | 東日本大震災

20110824_110359 昨日は南相馬の避難所、原発から23キロにある原町第2中学校での炊き出しでした。

南相馬市は、市内を原発から20キロ線、30キロ線が横切り、3分割されている市です。学校の生徒は全て30キロ圏外に通っていて、移転できる人たちはすでに移転していました。

以前気仙沼にボランティアとして入っていた旧知が、今はここで活動しています。その彼から、「避難者が、毎日毎日同じような弁当ばかりを食べていて、元気がない、何か希望の見いだせるような美味しいモノが食べられないだろうか」という要望が入って、今回の炊き出しになりました。

持っていったのは河北名物「冷たい肉そば」。近くの小学校避難所2箇所の分も合わせて150食。

「かほく冷たい肉そば研究会」と「河北町環境を考える会」の有志9名で出かけました。

大好評でした。

避難所のボランティアは、「避難者が食事をお代わりする光景を初めて見た」「これまで話をしながら食事をすることはなかった」「みんなニコニコしていた」「炊き出しのトップ3に入る」と絶賛でした。

急遽、市の災害対策本部にも配達しましたが、こちらでも好評でした。

命をつなぐ食事を、「楽しく食べる」、ということの意義の大きさを感じました。

できたらまた来たい、と、メンバーは心に誓いました。今度は芋煮を持って。

20110824_144310 炊き出し後、20キロの検問所近くまで出かけました。

「あれが国境線です」とボランティアは言いました。

冗談ではありませんでした。

その先は、人っ子一人すまない、日本国内の「国境」というべき、冷気を感じる境界でした。

一つの国の中に「国境」があることに戦慄を覚えました。

放射能汚染は、もちろん怖いこと。

誰が悪い、国は何をしているのだ、というご意見はもっともなことではあるが、だけど、今現在も、「そこ」で暮らしている人が居ることも事実。

そこで暮らす人のことを考えず、危険だから近づかない、ということは、見捨てることと同じでしょう。

自分の心の中に「国境」を作ってはならない。


大震災84 最上の風

2011年08月22日 21時44分49秒 | 東日本大震災

昨日は、最上町で復興支援コンサートでした。

町の子供たち、コーラス隊、県外からの合唱団、それに福島から町へ避難している親子、総勢140名が「まけないタオル」を合唱しました。

会場の中央公民館は600名の来場者であふれ、心を一つにした、いいコンサートになりました。

それにしても、まけない!タオルには不思議な力がある、と、鼎談した早坂文明さんとやなせななさんと私は、感じています。

タオルは25000枚が底を付き、次の5000枚の完成を待っている状態です。

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大震災83 今後の予定

2011年08月18日 21時54分40秒 | 東日本大震災

昨日掲載された新聞の反響が今日も続いています。

特に「漁師のハンモック」は、テレビ、新聞、ラジオ等マスコミからの問い合わせが多く、その一つは明日の朝テレビ朝日系の「モーニングバード」で取り上げられると思います。

今入っている震災関係の今後の予定ですが、

21日、最上町で「震災復興・被災者支援コンサート」が開かれます。まけないタオルの合唱と対談があります。やなせななさんも来て歌います。

24日、福島県南相馬市の避難所へ、河北町のB級グルメ「冷たい肉そば」の炊き出しに行きます。まけないタオルの支援活動です。原町第二中学校、第一小学校、石上第一小学校の3カ所で150食つくる予定です。今後の福島支援の足掛かりになればと思います。

28日、最上町富澤小学校で、子どもたちと父母へ震災関係の講演2講座です。

30日、京都のラジオ番組に電話での出演、ハンモックの件です。

9月3~5日、やなせさんと岩手県内タオル配布とライブ、これは未確定です。

9月14日、山口県の友人、猿舞座の猿回し公演を石巻市の幼稚園で開催。

日本人、なかんずく東北人は、東北の隣人、仲間の苦難を看過してはなりません。

この苦難を共に耐え、共に乗り越えることで、必ずこの国は、東北は良い国、強い国になると信じています。

逆に、いい加減に過ごし、利己的な対応をとることになれば、この国は、今以上にどうしようもない国になってしまうでしょう。

それが今、未来が、我々に託されています。

決して忘れない、常に頭の片隅に置いて行動していきましょう。


大震災82 新聞掲載

2011年08月17日 20時01分59秒 | 東日本大震災

お盆が終わり、落ち着きと共に若干の寂しさを感じます。

今日、二つの話題が新聞に掲載されました。

一つは山形新聞。こちらは「まけない!タオル」の記事です。以前に取材を受けていましたが、今朝の掲載になりました。

内容はこれまでの他紙とほぼ同様です。ただ、県内最大のシェアですので、反響は大きいです。

「モンテディオ(山形サッカーJ1)のファンで、仲間とスタジアムで掲げます。10枚ください」という、ついに来たか、という申し込みもありました。ある程度予測はしていたのですが、これがあまり大きく広がって、意図とは違う方向に向かってしまう懸念がありましたので、こちらからのアプローチは控えていました。電話でも、「あくまでも被災地支援が目的ですから」と伝えましたが、「もちろん分かっています」ということでした。そうやって、申し込まれれば仕方ないですね。

もう一つは河北新報。こちらは「漁師のハンモック」の記事。

これが予想以上の反響となり、FAXが鳴り止まないような状況でした。今日だけで、これまで、23個の注文を受けました。

また、新聞、テレビ、ラジオ各社から問い合わせがあり、取材させてもらいたいというので、全部漁師さんに回しましたが、対応が大変だったと思います。

漁師が漁師の明日に希望をつなぐハンモック、漁師さんたちが自分たちで立ち上がろうとする行動が興味を持たれたのだと思います。

少しでも「仕事」として成り立てばいいがと思います。

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そうそう、私もラジオの生番組で電話取材受けることになりました。

KBS京都ラジオの「笑福亭晃瓶のほっかほかラジオ」という番組で、今月30日、朝8時過ぎでのコーナーということです。

近畿圏での放送のようですので、聞ける方は聞いてみてください。


大震災81 帰る場所

2011年08月12日 21時21分25秒 | 東日本大震災

今晩は松林寺梅花講の盂蘭盆供養会でした。

お盆はご先祖様が帰ってくる期間として、お墓にお迎えに行く方が多いと思います。

しかし、震災でお墓やお寺を流されてしまった被災者の方は、どこにお迎えに行っていいのか困っています。

遺体も遺骨も帰ってこない人はさらに、落ち着かないお盆を迎えることと思います。

阪神淡路大震災の時、街全体がつぶれてしまった荒野に、お寺の本堂が真っ先に建ち上がる光景を見て違和感を覚えました。

なぜお寺が先なんだ。まず、檀信徒が建ち上がってその後お寺なのではないか。と憤りを感じたものです。

あるお寺の住職は、「たまたま震災前に本堂再建の計画があって寄付をいただいていたので、建てることができました」とおっしゃいました。その話を聞いたボランティアの一人は、「そのお金をそれぞれに返してくれたら、檀信徒の再建が早くできるのではないか」と言い、私もその通りだと思いました。

ところが、今回の災害の現場に立ち、被災者の話を聞きながら、もしかしたら、必ずしもそうとは言えないのではないかと思うようになりました。

家族を失った被災者の方は、まず、仏様をしかるべきところに安置して、落ち着いてもらってから自分たちの再建に向かうのだ、と思っている方が多くいるという事実を知ったのです。

大槌町のお寺さんでも、「仮本堂でもいいから、まず遺骨を安置して手を合わせる場所ができてから、それからじゃないと街の再建はできない」と檀信徒が言っておられました。

生きている人の生活はもちろん大事。だけれども、生活の再建に向かって全力を出し切るためには、心の不安定をなくすることが必要、それが、亡くなられた家族を安らかに安置すること、安定させることなのだろうと思ったのです。

阪神で覚えた怒りを反省しています。

亡くした家族を供養し、掌を合わせる的(まと)、形と場所があることの意味を教えられました。

どうか、お盆には間に合わない人々も、一日でも早く、お迎えに行き、送っていける場所ができることを切に願います。


スポンジ

2011年08月12日 19時05分15秒 | ふと、考えた

お盆です。

一年で一番、お坊さんが忙しそうにしている季節です。実際忙しいのですが。

最近小さな怒りが沸々と湧いてきます。

上田紀行先生の言うような『慈悲の怒り』という尊大な怒りではありません。

思い通りいかないとか、無視されたとか、ちっちゃな、ちっちゃな、私的な怒りです。

相手に期待するから、裏切られたような怒りになるのです。

自分さえ自分の思い通りにはいかないのに、他人を自分の思い通りにいくように期待すること自体無謀なことで、結局は自分のせいなのですが、それは分かっているのですが、分かっていることとは別に怒りは湧いてくるものなのです。

暑いだけでイライラするし、冷たいものばかり摂っていると胃に負担がかかります。

胃が悪かったりすると、怒りが出やすいような気がします。怒りがあると更に胃が悪くなるという悪循環が起こるようにも感じます。

これも、暑さや環境のせいにしてますね。問題は、あくまでも自分です。

でも、それもですね、時間が経つとどうでもよいことになり、怒りも減ってくるようです。

実は、数日前から怒りについて書こうとしていたしていたのですが、少し時間が経ったら、今はそうでもなくなってきているのです。

胃薬が効いたかな。

イライラの怒りは、人に伝染して増幅する危険がありますから、なるべくイライラのない人に近づいて、怒りを鎮めていくことが肝要に思います。

怒りは自分の問題ではありながら、他との関係で増幅したり、減退したりするものですね。

スポンジのように、他人の怒りを吸収して、柔らかく受け止めてくれる人によって社会は平和を保っているのでしょう。

あなたの周りにもそういう存在がありませんか。

声高に平和や救済を叫ぶ人よりも、スポンジの方がずっとエライ、と思います。


大震災80 本吉町と最上町

2011年08月09日 20時36分40秒 | 東日本大震災

気仙沼市旧本吉町の大谷小学校から、昨日今日明日と、子どもたちが林間学校として赤倉温泉に来ています。

本吉町と最上町は、このところすごい勢いで交流が進んでいます。

きっかけは元々友人であった住職さんとのつながりから、避難所となった清涼院さんへの支援からでした。

炊き出し、足湯、温泉プロジェクト、大漁唄い込みの招待、ハンモックと、毎週毎日のように関わっています。

今、もう一つの支援が動き出そうとしています。

本吉の海から獲れた海産物を最上町で売れないか、という動きです。

これも、これまでの交流から生まれたアイデアで、地元では安い値段でしか売れないものを最上まで運べば少しは高く売れるかもしれない、という考えです。

漁師はやっぱり漁をして元気が出るはずです。

船を失った漁師さんたちも、友人の船を借りて近海なら漁に出られそうです。

最上町の魚屋さんにも協力してもらいながら進められればベストだと思います。


大震災79 対談

2011年08月05日 19時19分49秒 | 東日本大震災

今日5日は、週刊金曜日の発売日です。

特集『大震災と宗教』の中で、「救いの力を取り戻すには」というタイトルで、上田紀行先生と私の対談記事が載っています。

機会がありましたら手にとってお読みいただければと思います。

以下はその目次です。

「110805-003trim.pdf」をダウンロード

対談といえば、昨日は、曹洞宗東北管区教化センターの「禅を聞く会」で、板橋興宗禅師様と服部幸應先生との対談が行われ、私がコーディネーターを務めさせていただきました。

20周年、120回目の開催の記念講演ということで、著名なお二人の対談ということになったものでした。

その中で、禅師様に「被災されて苦しみの中にいらっしゃる方々に、それを乗り越えるアドヴァイスのようなものをいただけたら」とお願いしましたら、「いや~私はそんなことは何も言えない、ただ合掌するのみです」とおっしゃいました。

謙虚にそうおっしゃったのかと思い、別の角度から「越後の良寛さんは『災難に遭うときは遭うがよろし』と言われたと聞き及んでいますが、そのお心を教えていただけますか」と、伺ったところ、「それは本当にそう思います、だけど、私は被災者に向かってそうは言えません」とまた合掌されました。

これは、被災された方を心から不憫に思われ、かける言葉もない、という「同悲同苦」の無言のお言葉だったのだろうと受け止めさせていただきました。

世に言うえらい人たちは、聞かれれば、何か教えなければならないと思って、形のいい言葉を並べるのではないでしょうか。

禅師様は、曹洞宗の管長も努められた、いわば宗門のトップにあられた方です。

その禅師様が「とてもとても、私にはアドヴァイスなどはできません、ただただ合掌のみです」というのは、心から被災者にお心を痛めていらっしゃる表れなのだろうと思ったことです。


大震災78 『漁師のハンモック』スタート

2011年08月05日 15時16分43秒 | 東日本大震災

予告していました『漁師のハンモック』プロジェクト、本格スタートします。

漁船も漁具も、一切流されてしまった漁師さん、それでも「漁師は山では暮らしていけないっちゃ」という思いで漁師を続けようとがんばっています。

そんなとき、漁師の網を編む技術でハンモックを作ってみたらというアイデアが出されました。

それはおもしろいと、飛びつきました。

早速試作を繰り返し、商品として完成しました。

何か仕事が欲しい、漁師の腕を発揮できる仕事なら尚いい、ということで、10人ほどの漁師が、避難先や仮設住宅で編み始めています。漁師ならではの編み方です。

一枚編むのに半日かかります。

一つ一つ手作りなので、商品にバラツキがあったりします。だけど、武骨ながら、丈夫で、味わいがあります。

名付けて『漁師のハンモック』。

価格は、材料費、制作費、税込みで1万円(送料別)となりました。

漁師の皆さんが、製品管理、入金管理、梱包発送まで自分たちでやります。

是非、漁師の未来に希望を託すため、『漁師のハンモック』をお買い求めいただきたいと思います。

「自分のところに吊す場所がない」という方は、その場所をお持ちの方をご紹介いただけたら幸いです。

キャンプの時などお持ちいただいたらどうでしょうか。

「まけない!タオル」に続く第2弾、漁師の支援にご協力ください。

お申し込みは、FAX(0226-44-3678)か、メールfishnetmock@gmail.comでお願いします。

商品は直接漁師さんから送られます。料金は同封の振替用紙でご送金ください。

「chirashijpeg.jpeg」をダウンロード

Chirashijpeg

ハンモックの料金を10月10日より、1万円(送料別)にさせていただきます。