なあむ

やどかり和尚の考えたこと

サンデーサンライズ469 遠慮せずに楽しめ

2024年05月26日 05時00分00秒 | サンデーサンライズ

三ちゃんのサンデーサンライズ。第469回。令和6年5月26日、日曜日

 

22日、何ということもなく誕生日も無事に過ぎ、満68歳となりました。

自分の寿命は60歳だと想定していた頃が懐かしいです。若かったのでしょうね。

年齢は一つの目印であって、年齢によって老人だとか、定年だとか決めることではないはずです。

若い体で若い考えを持ちどんどん動けるうちは若いのであって、70歳であろうが80歳であろうがそれによって何かを規制する必要はないでしょう。

何歳まで生きようが何歳で亡くなろうが、その人の人生はそれで評価されるものではありませんから、あまり気にする必要はありません。

ですから、誕生日だとか、何歳になったとかはあまり意味を感じません。

世間並みのことを口にしてみただけのことです。

 

20~22日、東京の曹洞宗本庁で布教師検定会がありました。

今年度検定委員を務めることになり、上京しました。

布教師を目指して真摯に検定に臨む若い僧侶の姿は、やはり熱いものを感じ刺激を受けます。

少し年齢を重ね経験も重ねた人間は、自分の得たものを惜しみなく後人のために施さなくてはなりません。

そのようにして人間は原始から智慧と知識を受け継いで来たものでしょう。

なるべく多く伝えたいと思うし、また訊ねてももらいたいと思います。

お互いに生きている間です。

 

東京に行くといつも思うことですが、なぜみんな歩くのが早いのだろう。

毎日散歩はしているし、それほど足に自信がない訳ではありません。

それなのに、街を歩いているとみんな追い越していくのです。

自分より年齢が若いと思しきお兄さんやお姉さんに抜かれるのは当然のこととして許せますが、自分より年齢が上だと思われるおじ(い?)さんやおば(あ?)さんが、スタスタと横をすり抜けていくと、多少なりともイラッとして焦りを感じます。

みんなどうしてそんなに足が速いの?

そりゃあ歩幅も違いますよ。キャリーケースを引いてはいますけど。それにしても、どんどん追い抜かれて置いてけぼりになるような焦燥感はあまり感じのいいものではありません。

老いというよりも体に沁み込んだ田舎の時間が都会に合わなくなってきているのだと思われます。

まあ仕方がない。田舎で生きればいいだけのことです。

年齢とともに田舎が心地よくなってきました。あれほど嫌っていたことがウソのようです。

体が田舎仕様なことに意識が馴染んできたのでしょうね。

時間も空間も空気も匂いもちょうどよく感じます。

 

来週に迫った第16回集中講座の第2回実行委員会が23日にありました。

住職は様々に下準備はしますが、当日運営するのは実行委員のスタッフです。

実行委員長、司会、受付会計係、駐車場係、会場係、音響担当、FM担当、会場誘導係、楽屋対応(台所)、門前市担当、記録係、控室担当、打ち上げ担当等、それぞれ役割分担で動いてくれます。

さらに住職は当日の午前に教区寺院の大般若会があり、毎年準備が整ったところに帰ってくるという状態でスタートしています。

回を重ねるごとに頼りになるスタッフ陣です。

今回のスタッフは東京からの参加も含めて総勢38名になります。

それにミュージシャンと気仙沼、金山町、白鷹町からのお客さんで、打ち上げは64名の予定です。

祭りは見るよりもやる方が断然面白い。

その面白さは打ち上げに極まると思っていて、この打ち上げを大事に力を入れています。

その爆発を想像しながら準備を進める時間は私にとって至福の時間です。

来場者が何名というよりも、スタッフが自分の役割として楽しそうに動いてくれることの方が何倍もうれしく、それだけでこの催しを始めて良かったと自己満足しています。

今では、ウチの子どももスタッフにしてくれと連れてくる親スタッフも出てきました。幸甚の至りです。

さて、どんな打ち上げになるか今から楽しみです。

 

今週の一言

「楽しめる時は楽しめばいい」

 

今週はここまで。また来週お立ち寄りください。



 


サンデーサンライズ468 なんだか寒い

2024年05月19日 05時00分00秒 | サンデーサンライズ

三ちゃんのサンデーサンライズ。第468回。令和6年5月19日、日曜日

 

五月寒というのか、田植えの時期は田んぼに水を張るせいか気温が下がります。

水鏡のような田んぼに逆さ富士ならぬ、家並や木々が映り、それはそれできれいです。

先週あたりから田植えが始まっています。酒米の田植えも昨日無事に終えました。

水面に小さな苗が震えるようにひとり立ちしています。仲間とバラバラになり心細そうにも見えます。

大きくなるんだよ。

寒い日も暑い日も風の強い日もあるかもしれないけど、しっかり根を張って子孫を増やしてね。

やはり当地の農業は稲作が基本だと思うのですが、米作りには数々の農機具が必要で、その購入費用が農家の経営を圧迫し、買い替え時期をもって稲作を止める農家が続出しています。

稲作の機械化は、結局農機具メーカーのためのものであり、農家の農家離れを促進してしまったのではないかと思ったりします。

換金作物の多様性も必要かと思いますが、基本の稲作が敬遠されることは果たしてそれでいいのかと疑問を感じたりしています。

稲作農家は規模を拡大し、農機具に見合う面積を確保しなければならないということなのでしょう。

和尚はただぶらぶらと肩身を狭くして散歩をしながら、愚にもつかない思いを巡らしているのです。

 

もう一度集中講座の告知です。

6月2日(日)午後1時30分開講。

毎回だいたいの来場者は200名弱になりますが、何とか全員座ってもらっています。

篠笛の田村優子さんの演奏を生で聞くのは初めてです。

彼女を紹介してくれたのは大学時代のサークルの後輩で、新潟の加茂で寺の住職をしている飛田正玄君、彼もギターでサポートしてくれます。

どんな音色でどんな演奏を聴かせてくれるのか楽しみです。

遊花師匠は2回目ですが、前回はまくらでうけにうけて、なかなか本題のネタに入れないという口演でした。

同じ東北の日常のあるあるネタは、同じ経験をしている人が多いと見えて、腹を抱えて爆笑の渦でした。

東北弁落語の本領爆弾が炸裂でしたね。

今回はどんなネタで笑わせてくれるでしょうか。こちらも楽しみです。

私の講話「行雲流水その2」は父親の話をまとめて語ってみようかと思っています。

あれほど嫌っていた父親の印象が、亡くなってからじわじわと変化してきています。

父の人生を物語としてみたその心情を思うと、愛おしく感じられるようになりました。

どこまで話せるか。時間が足りなければ来年へつづくとしましょう。

連絡をいただけば前売り券を確保しておきます。

 

先々週告知してまだUPされていませんでした私の法話ビデオがようやく視聴できるようになりました。

プロンプターを読んでいることが明らかに分かります。

それに何ヶ所も切り貼りの編集をしたので、手の位置が一定しません。撮り直ししたくとももう手遅れです。

更には顔は編集しようがありませんが何とも無様です。

それでも観たいということであれば以下からどうぞ。無様なところを見たいというのは悪趣味ですね。

30分ものですが、何かしながら声だけ聴く分なら映像に邪魔されずに聴けるかもしれません。

やっぱり法話は、一期一会の臨場感がないとだめですね。

智慧と慈悲の実践 (youtube.com)

何だか寒い。

 

今週の一言

「この命を引き受ける覚悟」

 

今週はここまで。また来週お立ち寄りください。


サンデーサンライズ467 出会いの不思議

2024年05月12日 05時00分00秒 | サンデーサンライズ

三ちゃんのサンデーサンライズ。第467回。令和6年5月12日、日曜日。

 

5月8日は月遅れの釈尊降誕会、花まつりでした。

毎年恒例の花を1本ずつ持参してのお参りです。

季節の流れによって年ごとの花が変化します。椿やチューリップ、桜がある時もありますが、今年は季節が早くつつじやボタン、石楠花やスズランなどが混ざりました。

そして今年は、珍しいお客様が参加。京都からとアメリカからの二人の女性です。

どういうつながりかといえば、話せば長くなるのですが、京都の森島さんとは40年前に縁がつながりました。

永平寺からの行脚の日記「行雲流水」を松林寺の寺報に連載して、それを毎月無著成恭先生に送っていました。

その連載が終わった時、先生はそのことを京都の新聞にコラムとして書いてくれました。

それを読んだ森島さんが、「その寺報を読みたい」と手紙をくれたのが縁の始まりです。

コピーを送った後の寺報も毎月送っていました。森島さんからは毎年正月前に昔ながらの手作りのお菓子が正月用にと一斗缶で送られてきました。

更につながりが強くなったのは東日本大震災で、森島さんの知り合いが気仙沼にいるということでその安否を伝えたり、物を届けたりして連絡が密になりました。

その頃から、連絡の窓口は私ではなくカミさんになり、ラインなどでしょっちゅう連絡を取り合っているうちに、京都に来てとか山形に行くとかの話になったようです。

一昨年松林寺の旅で比叡山に参拝したときに、嵐山まで来てくれて一日行動を共にしました。その時が、森島さんとの初対面でした。実に38年にしてようやくの顔合わせだったのです。

そして今回、以前からの山形に来たいという思いが実現しました。

アメリカのジェーンさんは、森島さんの息子さんがアメリカにいた時にお世話になった方で、今回息子さんに会いに来るのに合わせて山形まで同行しようということになったようです。

アメリカでは車と飛行機は使うけれど、列車に乗ることはまずないということで、新幹線と在来線を乗り継いで立小路駅までの移動がとても楽しかったようです。

到着した時間が花まつりの最中だったので、一緒にお参りして焼香と甘茶をかけてもらいました。

その晩はカミさんが作った山菜料理を囲み、どれも旨いと喜んでもらいました。

焼きたけのこ、たけのことアスパラの天ぷら、アスパラ肉巻きのフライ、茹でアスパラ、ワラビとアスパラの一本漬け、ワラビ炒め、蕗炒め、キウイと生ハム、チーズと味噌粕の和えたもの、たけのこの味噌汁などなど。

アスパラとたけのこだけじゃないか。食材は地元の限定的なものですが、色々アレンジしてテーブルを飾ってくれました。

特に焼いた笹竹のたけのこが気に入ったようで、何本も皮をむいてマヨネーズ味噌を付けては食べていました。

カリフォルニアには日本食レストランがあって日本酒も飲んだことがあるようで、「hot sake」がいいというので熱燗の盃を傾け楽しく過ごしました。

翌朝、坐禅もしてみたいと5時30分からの坐禅と朝課更に散歩まで、私の朝のルーティンにつき合ってくれました。

二日目は、カミさんと三人で蔵王温泉まで出かけて一泊し、最上川舟下りを楽しみ、夕方回転ずしにも挑戦してもらいました。寿司がレーンをシュッとやって来るのを目を丸くして子どものようにはしゃいでいました。

蔵王では気温が2度まで下がり雪もちらついたようで寒かったとのことですが、舟下りは暖かい陽射しに恵まれ楽しめたようです。

11日、4日間の別れを惜しみながら山形を後にしました。

次はカリフォルニアでと言われても、無理でしょうね。

 

出会いはどんなことから始まるか知れません。この出会いの始まりは一本の手紙でした。

以来、40年で二度しか会ったことがないのです。

一つのつながりを大切にして精一杯過ごせば、また新たな出会いを連れてくるでしょう。

花まつりの持ち寄り花ではないですが、その時の美しい一本を持ち寄れば全体として絶妙な生け花となります。

その後のことを計算に入れず、その時その時精一杯。それしかないですね。

 

今週の一言

「楽しい出会いは別れても温かい」

今週はここまで。また来週お立ち寄りください。

 

 

 

 


サンデーサンライズ466 プロンプター

2024年05月05日 05時00分00秒 | サンデーサンライズ

三ちゃんのサンデーサンライズ。第466回。令和6年5月5日、日曜日。

 

早や5月に入りました。

世の中は連休ということで、移動したり楽しんだりで、季節もいいし、経済効果にもなることでしょう。

ただ、日本国民全員が休んでしまえば世の中は回らないわけで、いつもと変わらず働いてくれる人がいるからこそ休めるということも頭の片隅に置いておくべきだと思います。

以前ほどではなくなりましたが、お寺も連休はそれなりに忙しい期間となります。

連休を利用しての里帰り、併せて先祖の供養をするというのは、ただ遊ぶよりは意味があり連休の使い方としては好ましいことと思います。

 

体調を崩す前の4月15日、東京でビデオ撮影がありました。

YouTubeに流すビデオ法話の撮影です。

曹洞宗管長のお言葉「布教教化に関する告諭」が毎年年度初めに発布されますが、それを全国の檀信徒に伝えそれに因んだ法話を行うというのが特派布教師の任務です。

今年度2年任期で32名の布教師が任命され、それぞれの任地が決められ巡回することになります。

32名の中で私が最も古株ということになり、代表して公式なビデオ法話を任されたのでした。

コロナに入ってからそのような布教の方策がとられ、これまでも何人かが務めてきました。

私はそういうのに向かないと思っていてこれまで辞退してきましたが、最古参となれば責任も感じますし受けざるを得ないと観念しました。

本庁の研修道場にはビデオカメラと機材がセッティングされていて、ハイどうぞという段取りでした。

カメラの前にはプロンプターがセットされています。

政治家の演説などで見るようなものではなく、カメラと一体となったもので、その画面を真っすぐ見て文字を読めばそのままカメラ目線になるというものです。

今ほとんどのテレビニュースはこの方式だということでした。

公式な法話を下を向いて原稿を読むようではいけないでしょうし、かといって面と向かって言い間違いだらけでも具合が悪いだろうと思案していましたが、これであれば問題がないように思いました。

ただ、ニュースと違って法話は聞法者と相対して、対話のように話を進めていくものなので、間違えずに文字を読めばいいというものではありません。臨場感が必要なのです。

プロンプターを読みながら臨場感を出すのは難しいことでした。

どうしても文字が流れてしまえば、それを間違えずに読むだけで精一杯で、表情も手の動きも固まったままということになってしまいました。

しかも、それすら噛み噛みの読み間違えだらけで、何度も撮り直しをさせてしまいました。

編集で切り貼りしてくれるのだろうと思いますが、どのような出来になったか心配です。

だからこういうのは嫌だと思っていたのです。向いていません。アナウンサーの技術の高さを思い知りました。

本来5月1日に視聴可能になる予定だったようですが、今月中旬にずれ込むとのこと。きっと編集に苦労しているのだと思います。

何なら顔も編集してもらえばよかったと後悔しています。

他の布教師さんの法話も視聴できますし、私のものもどうしても観たいということであれば以下のリンクから視聴することができます。

曹洞宗ビデオ法話

 

4月30日は特派布教協議会で今年の任地の一つ島根県に行ってきました。いわば打ち合わせです。

島根県は都合4回目になります。

平成29年の前回と今回はその中の隠岐の島の巡回です。島のお寺さんを6カ寺回ります。

どちらも少ない檀家さんでお寺を大切に維持してこられたことが分かりました。

8月初めの巡回ですが、今回はどんな出会いがあるか、今から楽しみです。

 

今週の一言

「法話は対面がいい」

 

今週はここまで。また来週お立ち寄りください。