河北町環境を考える会恒例の「100万人のキャンドルナイト」、第14回目を迎える今回は、中村ブンさんをお招きして、11月5日に開催いたします。
昨年の地蔵まつりにおいでいただき大好評でした。
ブンさんの方から「あの縁側で足をブラブラしたーい」という奇妙な希望で、キャンドルナイト出演につながりました。
大笑いとほろっと涙、ブンさんのコンサートはまさに、「涙と笑いの」コンサートです。
一般参加歓迎です。どうぞお越しください。
河北町環境を考える会恒例の「100万人のキャンドルナイト」、第14回目を迎える今回は、中村ブンさんをお招きして、11月5日に開催いたします。
昨年の地蔵まつりにおいでいただき大好評でした。
ブンさんの方から「あの縁側で足をブラブラしたーい」という奇妙な希望で、キャンドルナイト出演につながりました。
大笑いとほろっと涙、ブンさんのコンサートはまさに、「涙と笑いの」コンサートです。
一般参加歓迎です。どうぞお越しください。
先にご案内のごとく、「まけない!タオル」がついに案山子になってしまいました。
新庄市のグループが、上山のかかし祭りに出品したのです。
当初、「辞めそうで辞めない菅総理」という題材だったらしいのですが、辞めてしまったので、別のものを探したとのことでした。「どじょう総理」でもよかったのでしょうが。
それが、いただいた写真を見ると、明らかにモデルは私で、お袈裟と眼鏡までかけています。
ちゃんとタオルの説明もついています。
まじめに、まっすぐに表現してくれたということで、不平を申し上げる余地はありません。
また、以前タオル配布ツアーで訪れた気仙沼の幼稚園から、運動会で「まけないタオルをフォークダンスで踊ります」というご連絡をいただきました。
いまだに各地から注文もいただいています。どこまで続く「まけない!タオル」。
島根に入って6日目の朝を迎えています。
特派布教のお勤めも今日明日の2日間です。
島根は、15年ほど前にやはり特派で巡回したことがあり、今回2回目ですが、「いいところだなあ」と改めて思います。
自然の景観もいいし、見所も多いし。
昨日は、小船で松江城の堀をめぐる、「堀川めぐり」に連れて行ってもらいました。
船頭さんの説明を聞きながら、ゆったり小船に揺られるのはいい時間でした。
17ある橋の4つは、乗客も体を屈めないと通り抜けられない低い橋で、それがまた、体験の目玉なのかなと思いました。
「水都」と呼ばれているようですが、町の中を川が流れている光景は風情があると思います。
宍道湖の夕日も有名です。昨日も大勢の人が夕焼けを眺めていました。
ということで、いい思いをさせていただいております。
いつものことながら、留守を守ってくれている方々には申し訳なく思っています。
この期間中葬儀の連絡がなかったことだけがせめてもの救いです。
特派布教巡回、島根ツアー3日の朝を迎えています。
台風の出雲空港に着き、松江から安来へとやってきました。
安来のお寺さん2カ寺で教場を勤め、今日が3カ寺めです。
台風一過の秋空の下、朝から露天温泉に浸かって、安来のどじょう定食をいただいてと、ぜいたくな旅をさせていただいています。
足立美術館にも立ち寄り、ゆっくり鑑賞させていただきました。
今年度の特派布教のテーマは「利行」ですので、東日本大震災を中心に、被災地の現況とこれからの支援について語らせていただいています。
やはり東北とは違う、隔靴掻痒の感が否めません。
それでも、しっかりと伝えたいと思います。
写真は、足立美術館と安来節劇場の前で迎えてくれたお姉さんです。
河北町、どんが祭の3日目です。
神社の祭礼に和尚が参加するなんて、というご批判を、以前私もいただいておりましたが、いいんじゃないですか。祭りは地域のつながりを強める装置なんだし。
今日最終日は、囃子屋台の共演があり町の中心が盛り上がります。
この町の祭りは変則的で、町を北、中央、南に3分割して3年に一度当番が回ってくるという制度になっています。
それは、江戸時代にこの地が、それぞれ戸澤藩、天領、最上藩に分かれていた名残だとされています。
それほど土地の肥えた豊かな地で、紅花商人が活躍した土地でもあるのです。
直射日光を遮り、可憐な花を咲かせてくれたグリーンカーテンも、間もなくその役割を終えます。彼岸です。
明日から特派布教で島根県です。1週間ほど留守にします。モバイルのPCは持っていくので、ブログUPできればするつもりです。
8月に行われた板橋興宗禅師と服部料理学校服部幸應先生との対談の中で、服部先生が、日本国憲法作成に関わったアメリカ人から聞いた話として、「日本国憲法は、アメリカのある意図をもって作られた」という話をされました。
それは、その当時の日本国民は非常に人と人との連帯感、絆が強く、このままにしておくといつかまた戦争を起こしかねない、絆を弱めるように仕向けなければならない。という意図で、地域社会や家族のつながりよりも個を重視するように、個人の自由と権利を教育していくことにした。というような内容でした。
その「意図」の真偽はともかくとして、60年後の結果として、個人主義が強くなり、絆が弱くなってきたことは紛れもない事実です。
しかし、今回の震災で、外からの支援が来る前に地域の人々が助け合って生きてきた、共助としての「地域力」と、行列を作って支援物資を待つことのできる秩序と忍耐力、云わば「人間力」が、世界各国から「ありえない」と驚きを持って評価されたということは、これは我々日本人の特異性だというべきことでしょう。
どうして、日本民族はこのような「力」を身につけるに至ったのでしょうか。
専門家ではありませんが、色々考えてみるに、大陸や半島ではなく、島国という国の形、乾燥砂漠地帯と違う森林湿潤な環境、放牧と稲作の違いというようないろいろな条件が重なった結果かと思われます。
加えて、「和を以って貴しと為す」ということをこの国の憲法の第1条とした聖徳太子以来、この国の人々は個人の主張よりも他との調和を重んじてきた民族だと言えるでしょう。
その、太古よりの精神が、何世代にもわたって受け継がれ、DNAとして我々の命の中に確実に息づいているものと思われます。
それは、60年の戦後教育によっても揺らぐことなく生き続けてきました。
それが、いざという時にも現れたのが今回の震災だったのではないかと思えるのです。
そこで考えることは、日本人の「伝統の精神」とでも言うべき個よりも絆を大切にする心と、戦後に植え付けられた個の主張という教えが、世代間において断絶を起こし、またひとりの心の中においても、葛藤となっているのではないか、それがいろいろな面において、特に若い世代に歪となってあらわれてきているのではないか、という思いです。
例えば、競争原理の中で、個々の力をつけることによって国全体の底上げを図る、という考えがあります。しかし、本当にそれでいいのだろうか、競争といって仲間を出し抜くことが本当に目的なのだろうか、などと我々は悩んでいるのではないでしょうか。
他の民族が憎いからといって、国旗を焼いたり、卵をぶつけたり、テロを起こしたり、言葉汚く罵ったり、我々にはできません。
そういう行為が、強いことだとも、黙っていることが弱いことだとも思いません。
本当に強いのは、いざというときにも自分を見失わず、自分のことと同じように他のことを考えられる、共に痛みを分け合える、そういう人間ではないでしょうか。
日本人は本当に強い、と私は思います。
そのことに誇りをもって、我々の命に流れる精神に身をゆだねてもいいのではないか。
論理的に物事を捉える力も、知識も持ち合わせていないで、「絆」と「個人主義」を漠然と対立軸において考えてしまっている感じで、う~ん違うんだろうなと思いながら、何となく最近そんなことが頭に浮かんでいるのです。
昨日夕方のテレビ「スーパーJチャンネル」でハンモックが紹介されました。
その直後から電話、FAXが鳴り止まずという状態で、私は見ていませんが、ブログも紹介されたのか、アクセスが殺到し、一日での過去最高を更新、874件のアクセスがありました。
ハンモックに次ぐ新たなアイデアもいただき、まだ公表できませんが、もしかしたら第2弾が出来るかもしれません。
震災のことは、時間と距離に従いどんどん冷めていく、と覚悟していましたが、いやいやどうして、全国には、まだまだ心を痛めて応援したいと思っている方々がたくさんいる、と確信し、胸が熱くなる思いです。
発注のFAXに添えられるメッセージは、どれも秋の陽射しのように、爽やかで暖かいものばかり。
まだまだ日本は大丈夫と、ひとりうなづいている毎日です。
昨日14日は、石巻で山口県猿回し一座「猿舞座」の公演がありました。
この一座とのご縁は10年以上前にあったのですが、親しく話をする機会に恵まれませんでした。
昨年ひょんなことから最上町でお会いし、松林寺にも泊まっていただき、旧知の仲のように懇親を深めました。
今年は宿用院の地蔵まつりにおいでいただく約束をしていましたが、震災活動でまつりを中止してしまったため会えないでいました。
今回夏の北海道巡業の帰りに仙台に寄る、ということで、被災地での公演を入れたという訳です。
会場は6月にタオル配布でお邪魔した法山寺幼稚園さん。
元気な子供たちが、お猿さんの芸に大興奮。「また来てね!」の連呼となりました。
午後には、避難所門脇中学校での公演も予定されていましたが、私は教化センターの会議が仙台でありましたので、残念ながらご一緒できませんでした。
今朝電話で伺ったところ、避難所最後の集まりになったらしく、お年寄りの方も先生方も大変喜んでくれたということでした。
また来年には山形においでいただきたいと思っています。
それから、
「まけないタオル」のCDジャケットをデザインしてくれた谷向都さんが、こんなイラストを描いてくれまいた。
気仙沼本吉地区、現在はほとんどが仮設住宅に移っているハンモック制作現場から、制作の様子を撮影した映像が送られてきました。
携帯電話での撮影なので画像はよくありませんが、雰囲気は伝わってきます。
ハンモックをご注文いただいてお待ちいただいている方、こんな感じです。
今しばらくお待ちいただきますようお願いいたします。
今日はこれから石巻に向かい、桃生町のお寺に泊めていただきます。
昨年松林寺に来ていただき公演していただいた、山口県の猿回し一座「猿舞座」が被災地での公演を模索して相談を受け、明日、石巻市の法山寺幼稚園(タオルライブでお世話になりました)での公演を行うことになったものです。
昨日は、山形市での説教を勤めてから、気仙沼からの方と一緒に中山平温泉で1泊しました。遅くまで呑んで多少疲れていますが、大丈夫です。がんばります。