なあむ

やどかり和尚の考えたこと

プリウス燃費

2009年03月31日 21時42分39秒 | 地球環境

今日は最上町から谷地に移動し、荷物の整理をしながら家にいた。

家内も出かけていたので、昼は生ラーメンを煮て一人で食べた。

仮設工事の大工さんがきて、打合せをして、友人がきてお茶を飲んで、最上に移動し猫を抱いてブログの更新。ありがとうを探している。車のことにしようかなあ。

プリウスの燃費がリッター23㎞までもちなおした。

秋口まで30㎞近く走っていた燃費が、冬になり、スタッドレスタイヤに替え、エアコンを使い始めて急激に減り続け、22.5㎞ぐらいまで下がっていた。

そこから気をつけて気をつけて、徐々に徐々に戻してきた。暖かい日はエアコンを止めることもあって、ようやく23㎞まで戻った。

追い越しはしないし、車間距離は大きいし、エコドライブが安全運転であることには間違いない。冬タイヤとエアコンがなくなれば、また30㎞を目指す。

今日のありがとうは、車の燃費計に、ありがとう。

ps

どなたか、携帯のカメラからパソコンに映像を取り込むいい方法を教えてくれないでしょうか。今はメールで送っています。


昔の手紙

2009年03月31日 21時11分14秒 | 宿用院

宿用院の庫裡改修工事が始まる。その準備として荷物をまとめて一時的に移動をする作業に追われ続けた。彼岸や大般若のシーズン、SVAの総会も重なって多忙だった。お陰様で友人の手伝いも得て、だいたい片付いた。

そんなこともあり、ブログの更新をできないでいたらアクセス数が減っていた。やはりこまめに更新しないとすぐに忘れられることが分かった。頑張ろう。J0401223

で、荷物の整理をしていたら、机の引き出しの奥の方から、懐かしい見慣れた筆跡の手紙が出てきた。

まだとってあったんだ!

学生時代つきあっていた女性からのもので、何年か前に思い切って全部棄てたと思っていたが、どうしても棄てられない三通を密かにとってあったようだ。

今と違って、意思伝達手段は手紙が主だったために、かえっていつまでも痕跡を残してしまう。

久しぶりに開いてみて、クセのある可愛い文字にトキメキが蘇ってきた。

なぜ別れてしまったんだろう。失礼なことを言ってしまったような記憶がある。若気の至りとは言いながら、できれば謝罪したい気持ちだ。

荷物の整理の前に心の整理がつけられず、まだ机の奥にしまい込んでしまうのだろう。


今日のありがとう

2009年03月29日 22時44分52秒 | 今日のありがとう

今日は日曜日ということもあって一日忙しかった。

朝谷地の方の廃品回収。松林寺へ移動し檀務が三件。谷地へ戻って隣寺の大般若。宿用院の檀務一件。夜河北町環境を考える会の例会。

そんな中にもうれしいことはあった。

松林寺での一周忌の法事で、そのあとの用事があるから食事は失礼しなければならないと告げたとき、「せっかく楽しみにしていたのに」と本当に残念そうに何度も言われると、うれしくもあり、心からありがたいと思う。私もできる限りお斎の席について膝を交えて話がしたいと思っているのだが、どうしても休日は檀務が重なって失礼する場合が多い。まことに残念に申し訳なく思う。

もう一つは、隣寺の大般若で、読経の中を焼香する中で一人の婦人が私の顔を見ながら頭を下げて進んできた。一瞬誰だか分からなかったが、よく見ると、宿用院の写経に来ていた方で、何年か前に交通事故でご主人を亡くし、自身も大けがをしていた方だった。まさかこんなに元気になられたとは知らず、驚きと共に、うれしい気持ちで顔を見た。元気になったよと知らせてくれたのだろう。良かったね、ありがとうございました。


息子の修行

2009年03月29日 22時19分19秒 | 家族模様

永平寺の知り合いの役寮(永平寺に勤務する修行僧の指導役)から、息子の近況を知らせるハガキを二度いただいた。

一度目は、無事に旦過寮を終えて入堂した様子、元気に頑張っているという一報だった。二度目は、直堂(坐禅堂の当番の役)にあたって注意されていたという様子。おそらく何か失敗して(永平寺では「けちらし」と言う)怒られていたのだろう。その後、外単で二人きりになる機会があり、親元にハガキを出しておいたと声をかけたら涙ぐんでいたという報告だった。

そのハガキを見て私の母親は、一日泣いていた。

分からなくもないがちょっと違う。

息子は、おそらく、私の経験から言うと、修行がつらいからまたは里心がついて涙ぐんだのではない。

叱られ、怒られながら緊張の連続の毎日を送っていると、ちょっとした優しい言葉一つにも心がほろっとし、涙がこぼれてしまうものなのだ。おそらくはその涙だったろう。

ま、それだけの緊張の中にいるということではあるのだが。

優しい言葉一つに涙できるという経験こそは、貴重な修行の功徳だ。きっとそのありがたさを味わっているに違いない。


猫がきた

2009年03月21日 22時42分34秒 | 家族模様

息子が東京で飼っていた猫が、永平寺に連れて行くわけにもいかず、宿用院には既にやはり以前に息子が連れてきた一匹がいるので、結局松林寺であずかることになった。

猫は家につくというから、新しい家に慣れるかどうか心配したが、意外と好奇心が強いらしく、来るとすぐに全ての部屋を走り回り、こちらが振り回されるほどだ。

甘えん坊の性格らしく、人の姿が見えないと寂しくミーミーと泣きながら探し回る。

抱きつくわけでもないのに、側に人がいると静かに丸くなって眠っている。

今も椅子に座って安心して眠っている。

同じように、こちらも側にいるだけで何となく心がなごみ、安心している。

家に小さな命が同居しているのはいい。

ありがとう。


今日のありがとう

2009年03月16日 23時04分11秒 | 今日のありがとう

今日は朝から明るく過ごせた。

WBC侍JAPANがキューバに快勝したからだ。

やっぱりこういうのに影響されますね。逆にモンテディオが負けたりしたら一日不機嫌になりますからね。人間てなんて単純なんだろう。

ちょっとしたことで気分が良くなったり悪くなったり。自分もそうであるから、おそらく多かれ少なかれみんなそうなのかもしれない。たいしたことないですね人間て。

まずとりあえず今日は侍JAPANに、ありがとう。


今日のありがとう

2009年03月15日 08時35分02秒 | 今日のありがとう

唐突ですが、新しいテーマを設けることにしました。

短い人生を深い人生にするのは、毎日をどう生きるかによるでしょう。

悲しみに打ちひしがれたり、怒りに身を震わせることのある日々の暮らしですが、そんな一日の中にも感謝することの一つぐらいはあるでしょう。いや、それを見つけようとすることが必要なのではないだろうか。ということで、「今日のありがとう」を見つけていこうという決意です。

その皮切りとして、今日のありがとうは、このことに気づいたこと、です。

これまで、見聞きし、出会い、別れ、たくさんの教えをいただいてきました。様々なご縁によって、人生は短いと知らされました。そのお陰で、毎日を感謝の気持ちで送りたい、とつきなみに思いました。

毎日一つ、ありがとうを見つけよう。そのことに気づいたこと。そう気づかせていただいたこれまでの全ての出会いに、ありがとう。


アイヌ語と地名9 強首

2009年03月10日 20時55分10秒 | アイヌ語と地名

今日3月10日秋田県の寺院からの依頼で涅槃会の説教へ。その地名が「強首」これで「こわくび」と読む。

興味を感じて住職に尋ねたが誰も分からないとのこと。「アイヌ語では」と聞いてみたが、違うだろうとのこと。

帰ってきて調べてみたが見つからない。音からしてもアイヌ語ではないかもしれない。本当に日本の地名には意味不明なものが多い。

因みにと思って強首のあたりの地名を探ってみた。するとおもしろい。

強首の字名に「乙越(おとごえ)」「根越(ねごし)」や「立回(たちまわり)」「寺縄手ノ上(てらなわてのかみ)」などが見られる。

それらの地名からついつい伝説めいたものを思いめぐらせてしまう。

「その昔、山のような大男が暴れて村人が難儀していたが、ついに村人が立ち上がり追われる身となった。山を越え林を越えして雄物川まで追い詰められた大男は、最後の力を振り絞って大立ち回りをした。その時、お寺の和尚さんが、お経を念じながら編んだ縄を投げると不思議にも大男の手に絡まり村人の手に落ちた。村人はこれまでの恨みを晴らそうと大男の首に縄を掛けて木の枝に吊そうとしたが、男の首は強く、枝が折れてしまった。

和尚さんは「お経を聞いて編まれた縄で人の命を奪うことはできないよ」「その男もお経の功徳でおとなしくなるじゃろ」といって助けてやったとさ。めでたし。」

今日お邪魔した長養寺さんの隣には立派な「村社強首神社」があった。そのご神体は・・・

Photo Photo_2 これはあくまでも私の創作です。

アイヌ語でなくとも地名はおもしろい。


あ、eco検定

2009年03月09日 12時08分30秒 | 地球環境

そういえば、古いニュースになってしまいましたが、実は私エコ検定に合格したのでした!

昨年12月に受験して、今年2月に合格通知がきました。Eco_0001

エコ検定とは、東京商工会議所が主催している「環境社会検定試験」のことで、通称「eco検定」と呼ばれているものです。

毎年2回、各地で実施されたくさんの方が受験されます。私が受験した第5回目の山形会場でも50名ほどが受験していました。全国では2万人以上が受験されたようです。

問題は毎年刊行される「eco検定公式テキスト」から出題され、環境問題全般にわたる100問中、70問正解で合格となります。今回の合格率は64.8%!前回は79.7%だったので今回は難しかったことになります。

そんな中私の成績はというと、なんと70点ジャスト!冷や汗でした。

前回の過去問を河北町環境を考える会のメンバーで模擬試験してみたところ、9割近くできたので、ちょっと甘くみていました。今回はかなり難しかったです。

でも、テキストをしっかり勉強すれば誰でも合格はできます。これを目標にして勉強するだけでも価値はあります。

しかし、久方ぶりに受験という場所に臨んで、この緊張感もいいなあと思いました。資格マニアの気持ちも分かるような気がします。


息子の永平寺上山

2009年03月07日 11時56分50秒 | 家族模様

愚息陽堂が永平寺の修行に旅立った。

今日は安下所(身支度を調える場所)である門前の地蔵院に一泊、明日永平寺山門の前に立つ。

寺の長男としての宿命で、物心ついたときから周囲が何を期待しているのかを痛いほど感じながら育つ。

自我に目覚めるにつれ、それは目の前にはだかる大きな障害として圧迫感を感じてくる。

「自分は何て不幸な星の下に生まれたのか」

「自分の将来、自分の仕事を自分で決められないなんて・・・」

と運命を恨む。その恨みは親に向かって向けられ、一切口をきかなくなる。というのは、私の場合だった。

幸い陽堂は、性格的なこともあり口をきかないということはなかったが、運命とどう向き合うかには相当悩んできたようだ。

紆余曲折がありながら、最後は修行に行くことを決め今日に至った。

決意してからの態度や顔つきが次第に変わってくるのが分かった。彼にとっては本当の意味での「出家」だったのだろう。

ここ数日の顔の変化にはハッとすることもあった。

覚悟を決めたときの顔というのは凛々しさを感じるものだと思った。

今陽堂は、明日の上山を前にして人生最大の緊張感を持って身構えていることだろう。

永平寺の修行は想像以上に厳しい。彼がどれほど最悪の厳しさを想像しようとも、それ以上に厳しいことは間違いない。

厳しさに耐えて頑張ろうとするとき、身を固くしてやり過ごそうとしてもだめだ。体も心ももたない。

今朝電話で最後に彼にかけた言葉「流れに抵抗してはだめだ。流れに身を任せてしまえば楽になる。」

道元禅師はこう示している

「ただわが身をも心をも、はなちわすれて、仏のいえになげいれて、仏のかたよりおこなわれて、これにしたがいもてゆくとき、ちからをもいれず、ここをもついやさずして、生死をはなれ、仏となる」と。

無事を祈る。