古井由吉の最晩年の短編集「この道」には8編の短編が並んでいる。本日は最初の「たなごころ」を読み終わった。
古井由吉の小説は40年ぶりくらいであり、さらに濃密で視点の移動などを追うのが難しいので、その文章の呼吸に馴れるまでは時間がかかる。じっくりと読んだ。古典の詩歌の知識なども読み進むにあたって必要なので、さらに時間がかかる。わからないことはスマホで検索などもしながら喫茶店で読んだ。
「死はそのこの事もさることながら、その言葉その観念が、生きている者にはこなしきれない。死を思うというけれど、それは末期のことであり、まだ生の内である。私は死んだとは、断念や棄権の比喩でなければ、あるいは三途の川へ向かう道々のつぶやきか、心が残って人の枕上に立つようなことでも思うのでなければ、理に合わぬ言葉である。わたしは死んだと知る、そのわたしが存在しない。かりに臨終の意識の、影のようなものがしばし尾を曳くとしても、記憶が失われれば、自己同一性とやらも消える。」(「たなごころ」15頁)