■サリンジャー選集2 若者たち<短編集Ⅰ>(荒地出版社)
J.D.サリンジャー/著 刈田元司、渥美昭夫/訳
※「作家別」カテゴリーに追加しました。
サリンジャーを読むのも久しぶりなら、2段組みの本を読むのも久しぶり!
サリンジャー全集といえば、この荒地出版社のシンプルな装幀しか知らない。
そして、サリンジャーの顔写真とえば、この表紙の、顔半分のものしか見たことがない。
快活で、機知に富む青年といった風。
サリンジャーが大好きだと公言してきたというのに、このたった6冊のうち、
本作を含め、2冊をこれまでずっと読まずにきたことに自分で驚いている。
最初は『ライ麦畑』で知り、次に『フラニー~』、『ナイン~』、『ハプワース~』で
すっかりグラース家が分かったと思い込んだことで、それ以外を忘れてしまったようだ。
でも、本書にまさかホールデンのストーリーが入っているなんて
名前が同じで奇妙な偶然か、作者のユーモアかと思っていたら、訳者のあとがきで決定的となった。
訳者が取り上げている評論家の的外れっぷりは、素人の私ですらあきれてしまった
その上、訳者までもが、「これは習作だが、これは頂けない」などと辛口なのもどうか。
私にとっては、時空を超えて、やっと手許に届いた宝石みたいな短編ばかりだ
表題の「若者たち」がデビュー作だということにもビックリだが、
雑誌に一度載せたきりで、作者が気に入らなかったために、どこにも載せなかったなんて、作者の心情やいかに
それが1人の日本人の協力によって、日本語に訳されて、今の私が読むことができるなんて奇跡
サリンジャーがこれほど戦争について、あらゆる側面(家族との別れ、前線での悲劇、帰還しても永久に病み、荒廃した若者たち)から
書いていたことにも驚いた。
そして、ホールデンと兄の悲劇。
学校に馴染めず、ココロを病んでしまうような純粋そのものの少年が、戦場ですることなど何ひとつなかっただろう。
サリンジャーは、このベーブ3部作で、戦争に正義などなく、ただただ愚かさを心底憎んでいたことが伝わってくる。
それにしても、全部合わせても5巻にまとまってしまうほどの寡作な作家だったんだな。
その後、2010年に亡くなるまで、ほんとうに何も書かなかったのだろうか?
ものを書くことが好きな人間が、まったく何も書かずにいられるものか。
それとも、あと数十年もしたら、彼の親族か、誰か身近な人間によって、
大量の名作原稿が発見されることもあり得るかもしれない。
そんな妄想の前に、まず、もう1冊読めることに感謝×∞
この長年の空白の反省も含めて。
【内容抜粋メモ】
「若者たち」
ルシールは、パーティで壁の花となっている女友だちエドナを、冴えないウィリアムと引き合わせる。
彼はずっと、BFの取り巻きと笑い合っているブロンド娘のドリスに釘付けだが、エドナはそれを知りつつも、会話を続ける。
ウィリアムは「月曜までにレポートを書かなきゃならないんだ」と素っ気ない返答をバカみたいに繰り返すばかり。
エドナは、自分の肖像画を描きたいと言った青年の話をする。
「君は一般的な標準からすれば美人じゃない。でも君の顔には僕が捉えてみたいと思う何かがあるんだ」と言われたことを。
ウィリアムは早々逃げ出したが、エドナはまったく気にしていない。
ルシールは残念がるが、「私はまだ大丈夫よ。ただね、あの人、私の傍に来させないで」と言い、
ラジオをもっと踊れる曲に変えるように呼びかける。
(自立した女性の話だねv エドナがとてもステキに思える
「エディーに会いな」
兄ボビーが妹ヘレンのもとにやって来て、しきりにエディのショーに出るよう言い聞かせるが、
「もうコーラス・ガールは嫌なのよ」と全然乗り気じゃない。
兄は妹が女房持ちの男フィルと付き合っているのを止めさせたい。
おまけに、ハンソンという男との汚い噂にもうんざりしていた。
ヘレンは彼とは話したこともないという。
兄が部屋を出た後、フィルに電話して別れ話をしてから、ハンソンに電話をかけるヘレン
「じき要領をおぼえます」
息子ハリーと、1919年のボビーが似ていると思う父。
もっとも恐れられていたグローガン軍曹のもと、ボビーは何をやらせてもダメで、
バカにされるたびに「じき要領をおぼえます。ほんとうに僕、軍隊が大好きなんです」と言った。
ハリーもまた駐屯地で軍曹にいじめられていることを妻には内緒にしている。
息子がパレードで歩調を乱したり、銃を落としたりしている様子を見て、
「せがれはなんとかなりそうかね、軍曹」
「とってもダメですね、大佐どの」
できそこないのラヴ・ロマンス
ラヴ・ロマンスを書くなら、まず男女が会わなければならない、とその出会い方に悩む作者w
週給30ドルの印刷屋店員ジャスティンがひと目惚れしたのは、シャーリー。
「男たらし」には2種類ある。
あらゆる意味での「男たらし」と、あらゆる意味での「男たらし」ではない「男たらし」である(意味が分からないな
いろいろ考えた挙句、ジャスティンがやけを起こして、シャーリーのバッグをひったくって逮捕され、
裁判で彼女の住所を知り、奇妙な手紙のやりとりが妄想される。
ジャスティンは、その後、脱獄計画に参加させられ、撃たれて即死。
やさしく思い出にのこるようなラヴ・ロマンスを書こうという私の計画は、わが主人公の不慮の死によって挫折してしまう。
作者は獄中から男がこう書けばよかったのにと思う。
「愛とは、性と結婚と6時のキスと子どもたちだと考えている人もいます。おそらく、そうなんでしょう。
でも、僕は愛とは触れようとして触れ得ぬことだと思います。」
実際は、女は5・6丁目の停留所でバスを降り、男は32丁目で降りた
その夜、シャーリーは彼氏と映画に行った。でも、2人の関係はそこまでしか進まず、
ジャスティンは、ある日、ドリスを紹介された。ちょうどドリスが夫を得られないのではと心配しはじめた頃だった。
ルイス・タゲットのデビュー
両親は娘ルイスをそろそろ社交界に打って出るべき時と考えた。
その冬、ルイスはもっとハンサムな連中と遊び回るのに精を出した。
春には応接係として働いた。女の子が「なにか仕事に就く」のが流行りだした年だった。
リオ・デ・ジャネイロが面白いと噂を聞き、仕事を辞めて、出かけて、秋に戻った。
春には恋をして、タゲット家の財産目当ての男ビルの夫人となった。
ビルは、これまでに見たことがないほど醜く見えるルイスの寝顔を見て、突然自分が「すごく幸福だ」ということに自信がもてた。
ルイスに向かって「金目当てで結婚したけど、なんて幸福なんだろう!」などとまさか本人に言うわけにもいかなかったが。
ある時、ビルは火のついたタバコでルイスの手の上に円を描いた。ルイスは怒ってバスから出なかった
その1週間後、ビルはゴルフクラブをルイスの裸足に振り下ろした。
ルイスは実家に戻って犬を買った。子犬はエレベーターの中でおもらしをして、ルイスは数日後に子犬を捨てた。
リーノ(離婚裁判所で有名な都市)に行くのを春まで延ばすのは意味がないと出かけ、ビルと再会した。
「僕、精神分析をしてもらったんだ。お医者さんは治るっていうんだよ。電話してもいい?」
「ダメよ」
ルイスは、いつも白いソックスを履いているカールと出会い、春に結婚した
1ヵ月たたないうちにカールは白いソックスを履くのを止めた。
ルイスは午前11時から映画館通いを始めた
息子トミーが生まれ、2人とも夢中になった
トミーが変な寝返りをうって毛布で窒息死して6ヶ月後、ついにルイスにも物事をふっきれる日が来た。
ある晩、ルイスが愛していない男が椅子に腰かけて絨毯の模様を眺めていた。
「白いソックスをお履きなさいな。ねえ、あなた。構わないのよ」
ある歩兵に関する個人的なおぼえがき
ある40代の男ロウラーが汗だくで部屋に入ってきて、「兵籍登録をしたい」という。
「あんたは重要な軍需工場の技師長さんだ。あんたぐらいの歳の人は、自分の持ち場にいたほうがお国のためだということを考えてみたかね?」
ロウラーは譲らない。
彼が事務室から出てすぐ、彼の妻から電話があった。検査に通れば入隊を許可するほかないと長々と話した。
ロウラーは基礎訓練も、炊事勤務もすべて素晴らしくこなした。
外地への転属の時、ロウラーは名簿から外され、私のせいではないかと訴えにきたが違うと答えた。
すると、彼は、背筋をゾッとさせるようなことを言った。
「わたしは戦争に行きたいんだ。わかんないのかい。わたしは戦争に行きたいんだよ。」
ロウラーは、その後、伍長、軍曹となり、外地に派遣された。
再びロウラーの妻から電話があり、なんと言葉をかけていいか分からず、
「僕はピートを呼びましたよ。おやじはほんとうに元気そうだった。お母さん」
ピートは私の弟で、彼は海軍少尉なのである。(このオチが分からない・・・ロウラーは父親だったってこと???
ヴォリオーニ兄弟
わざわざW氏が代行で書いた記事という設定。
テーマはポピュラーの大ヒットナンバーをたくさん書いた『ソニー・ヴァリオーニは今いずこ』。
もし私が魔法を知っていたら、ヒトラー、ムッソリーニ、ヒロヒトを檻につまみ入れて、
その野獣の檻を即刻ホワイトハウスの正面階段上に置くだろう。
(サリンジャーの文章中にも、ウェストール同様WWⅡのことが所々出てくるが、
ウェストールはあくまでも少年の目で見た事を書いているのに対して、
サリンジャーは、当時の兵士からのリアルな目線だけに、
敵国ドイツはもちろん、日本人に対しても容赦ないのが読んでいて哀しくなる。
ソニーはギャンブルにかなり手を出して、トラブって殺し屋に追われている、なんて噂がパーティで聞かれた。
だが、殺し屋は、間違って、弟のジョーを射殺してしまった。
その日からソニーは、まっとうな人間らしい眠りにもつかず、町をうろつきまわり、突如姿を消した。
記事には、彼の居所を知っている者がいたら無数の賛美者の1人に教えてほしいと締めくくられていて、
サラという女性から手紙が来る
“まず、あの自由で、旺盛で、退廃した時代に遡らなければなりません。
ジョーは、国語のクラスを教えていました。時々、彼は自分の書いたものについて読んでくれました。”
ジョーを愛していたサラは、ソニーの作詞など止めて、小説に取り組むべきだと何度も説いたが、
「ぼくは一生、兄貴のために作詞をするつもりはない。兄貴が成功するまでさ」と言った。
ソニーはハンサムで、不真面目で、人生に退屈していた。ピアノにかけては高度の技巧家だった。
サラのつてで、兄弟は、3曲をシカゴに売り込みに行き、テディは3曲とも買うと即決した。
サラはソニーに言った。
「あの人を放してあげなさいよ。あなたはもうチャンスを掴んだのよ。誰か他の人に作詞してもらえばいいわ」
「誰もあいつに敵う者はいないさ。及びもつかないんだよ」
兄弟はシカゴへ移り、大邸宅を買い、貧しい親戚を集め、地下室で曲を書いた。
その後、サラの父が病気になり、カリフォルニアに行かねばならなくなった。
「僕ら、今、新しい曲を作ってるんだ。僕はソニーに2週間したら止めると言っておいた」
教授「あなたは弟さんの生命の最後の最後まですり減らそうと決心してるんですね?」
ソニー「ジョーの作詞は一番です。ジャズ、トーチ(復讐、失恋などの悲しみを表すポピュラーソングの総称)でも」
教授「あの人は(作家として)天才だと思いますね」
ソニー「ラドヤード・キップリングとか、ああいった手合いのようなですか?」
教授「いや、ジョーゼフ・ヴァリオーニのようなです」
サラはダグラスに恋をして、結婚した。そして、ソニーは今、サラらが住む家に一緒に住んでいる。
教授が訪ねると、すっかり生気を失ったソニーは、弟のトランクに入っていた無数の原稿のメモをまとめているのだという。
教授「どうしてそんな仕事をやる気になったんです?」
ソニー「あいつの書いたものを読んだ時、僕は生まれて初めて音楽を聴くことができたからです」
二人で愛し合うならば
ビリーとルーシーが結婚したのは、ビリーが20歳、彼女が17歳の時。もちろん周りは皆反対した。
ルーシーは大学に行って、お医者さんになりたかった。
ある晩、いつものように、週18ドル払っている子守りの老女に子どもの世話を任せて映画を観に出かけたが、
ルーシーとビリーはスレ違ってばかり。
「あんた、わたしを愛するっていって結婚したんでしょ?
それじゃあ、ベビーのことだって面倒をみてやる義務があるわ。
私たち、遊びまわってばかりいないで、少しは考えなきゃ」
ルーシーはビリーが気の向いた時だけしか面倒をみないと言う。
車の中でも子どもみたいに半分シートから滑り落ちて、床の上に座り込んで泣いていた。
そして、翌日、ルーシーは実家に子どもを連れて帰ってしまった。手紙には、
「私たち、もうそろそろいろんなことを卒業してもいい頃だということが、あなたには分からないんじゃないかと思うのです。
どう言ったら、私の言う意味が分かっていただけるかしら」
ビリーは一人、どうしていいやら分からず、映画『カサブランカ』のサムと会話をしてみたりする。
その後、親友バッドに電話すると、母親が出て耳が変になるくらい喋りまくられた挙句、バッドは留守だった。
次に、ルーシーがそこにいるようなフリをしてみる。
その夜、ルーシーは父親に車に送られて帰ってきたが、夜遅く雷が鳴っていて、
ルーシーは台所に閉じこもっていた。
ビリーは、彼女の手紙を逆さに覚えたことを話してしまう。
そしたらね、こうなんだ。本当にさ。ルーシーのやつ泣き出しちゃったんだ。
そして「私、もうなんでもいいわ!」なんて言うのさ。
(最後は鼻先がじぃーんとなった。
こんな風に感覚で妻を心底を愛している若い夫の話を書けるのはサリンジャーだけだな。
やさしい軍曹
フィリーの妻のジャニタは、彼の嫌いな戦争ものの映画を一緒に観に行くのが好き。
戦争映画の兵士は、ハンサムで、死ぬ前に長々と思い出を語ったり、映画の意味なんかを説明したりする。
故郷では、家族はもちろん、大統領まで葬式に集まってくる。
ジャニタってのはありきたりの女じゃないからな。
ありきたりの女は、気取った足つきで踊ったりするのもいいだろう。でも女房には向かんな。
道端でネズミの死んだのを見たらげんこで殴ってくるような女を見つけるんだな。
話は醜男バークさんにうつる。
入営したその日に彼に会った。
バークさんてのは偉いことのできる人だった。
2本の声が出る、頭のデカすぎる、ぐるぐる目玉のほんものの醜男を探すがいい。
偉いことができるのは、そういう男なんだ。
16歳の子どものまま、本物のタフガイしかいない部隊に入ったフィリーは、毎日寝台で泣いてばかりいた。
奴らの体の弾痕や毒ガスのヤケドときたら、それこそ数えきれたもんじゃなかった。
フランスで散々辛い思いをしてきた連中だった。
当時、見習い曹長だったバークさんは、本当なら口も聞いてはいけない階級のフィリーに
自分の勲章の束を見せ、「下着の上につけてみなよ」と薦めた。
そして「服を着るんだ。その勲章の上からでいい」と言った。
特別に外出許可証を書いてくれて、レストランに連れて行ってくれた。
なんで何も食べないのかと聞くと、赤毛の女性のことを考えていて、彼女は結婚したと付け加えた。
その後、2人はチャップリンの映画を観るが、バークさんは途中で外に出た。理由は
「チャップリンはいいんだよ。だが、俺はおかしな顔をした小男が、
体のデカい奴らにいつも追いかけられてばかりいるのを見たくはないのさ。一生そうと決まってるみたいにね」
バークさんみたいに生涯偉い人は、せいぜい20人か30人くらいの男しか、そのことに気がつかないんだ。
女ときたら、なおさらさ。
勲章をしばらく着けていいと言われ、フィリーは3週間も着けたままでいた。
バークさんが曹長になった日、返しに行くと、赤毛の女性の絵を上手に描いているところだった。
「おまえを航空隊のほうに回しといたからな。大人になって、やさしい人間になるんだぞ」
それ以来、バークさんに二度と会うことはなかった。
バークさん自身、航空隊に転属になり、パール・ハーバーで死んだ。
日本軍が爆撃し、辛うじて防空壕にたどり着くと、後から来た兵士が、
炊事勤務の3人の新兵が冷蔵庫に隠れたのを見たと言った。
バークさんは、そいつの顔を30回もビンタし、冷蔵庫に新兵を置き去りにするなんて馬鹿か!となじったそうだ。
そして壕の外に飛び出し、新兵無事助け出したが、その場でくたばってしまった。
両肩に4つも孔があき、顎は半分吹き飛ばされていた。
バークさんはたった1人で死んだ。合衆国で盛大な葬式が行われもしなかった。
ジャニタに話してやったら泣き出した。それが唯一の葬式みたいなもんだった。
ありきたりの女の女なんか女房にするなよ。
バークさんみたいな人のために泣ける女を見つけることだな。
最後の休暇の最後の日(ベーブ3部作の1作目
技術軍曹ジョンは、戦地に行く前に実家に帰った。親には経つ直前の列車で言えばいいと思っていた。
母に友人コールフィールドが来ることを話す。ラジオ番組を3つ担当していて、母もその1つを聞いたことがあるという。
ジョンは、歳の離れた10歳の妹マティーが大好きで、マティーも兄が戻ると体中で喜んだ。
橇に誘うが、スプリング通りはダメだと言う。その先のローカスト通りは交通が激しくて、
去年、ボビーが遊びの最中に事故死したのだ。
ジョンは橇を止め、マティーにコールフィールドを紹介した。
彼はジョンの母に自分があのラジオのパーソナリティだったのだ、などと始終冗談ばかり言って楽しませる。
しかし、ジョンと2人きりになった時、「弟のホールデンが行方不明になったって公電が来たのさ」と打ち明ける。
(ホールデン・コールフィールドって!? と私は今更気づいた
「あいつ、まだ20にもなってなかったんだ、ベーブ。
ああ、殺して殺して殺しまくりたい。変じゃないか。僕は臆病で評判なんだぜ。
ところが今じゃあ、奴らを撃ちまくってやりたいんだ」
「娑婆の奴らと一緒にいても話にならんよ。奴らには僕らの気持ちが分からんし、こちらも奴らの考えてることが分からない」
父も帰ってきて、コールフィールドも加えて一家団欒の夕食になり、父はWWⅠの話をすると、ジョンは居心地が悪くなる。
「嫌味を言うつもりはないけど、でも第一次大戦に行った人たちは、戦争は地獄だなんて口では言うけど、
なんだかみんなちょっと自慢してるみたいに思うんだ。きっとドイツでも同じだろうと思うんだ。
だからヒトラーが戦争を始めた時、ドイツの青年たちは、父親に負けないとか、それ以上だとかいうことを証明したくなったんじゃないのかな?
僕は今度の戦争は正しいと思うよ。ただ、戦争が済んだら口を閉ざして、二度とそんな話をするべきじゃないと信じているんだ。
僕らが帰還して、絵や映画にしたら、次のジェネレーションは、また未来のヒトラーに従うことになるだろう」
食卓の空気が変わったことで、ジョンは自分が言ったことを後悔する。
コールフィールドは気をきかせて、恋人に紹介したいと母が乗り気なジャッキーの話を持ち出す。
ジョンは、フランシスに夢中で、コールフィールドは彼女があまり賢くないと思っているのは誤解だと思う。
“彼女は僕を理解してくれない”
まったく眠れず、マティーのことを考える。
“君はまだ小さな少女さ。でも少年でも少女でも、いつまでも小さいままではいられないんだよ。
子どもでいられる時間なんて短いんだ。マティー、もし僕の言うことに意味があるとすれば、こんなことさ。
君のもっている最上のものを生かしなさいってことなんだ。
大学で、もし間の抜けた子と同室になったら、その子が少しでも利口になれるようにしてやりなさい。
お婆さんが劇場でガムを売りに来たら、1ドル持っていたら、それをあげなさい。”
でも、部屋に行き、マティーに言ったのは「いいい子になるようにって言いたかったんだよ」
「いい子になるわ、ベーブ。兄さん、戦争に行くんでしょ? 怪我なんかしないでね」
「大丈夫さ、さあ、寝るんだよ」
まだ眠れずにいると、母が部屋に入ってきて
「あんた、戦争に行くのね。あんたはちゃんと義務を果して帰ってくるわ。そんな予感がするのよ」
(サリンジャーが兄妹の話を書けば、目頭が熱くなる。
どうしてこんなに純粋に、シンプルに、描けるものか。
週一回なら参らない
翌日から戦地に行く若い男は、妻のヴァージニアに、「叔母を週に一度映画に連れて行ってくれ」としつこいほど頼む。
少し認知症気味の叔母のことを妻は心配するが、引き受ける。
叔母の部屋に行くと、2人で母の思い出話を始める。
「大学で、古い蓄音機のレコードをかけていると、ベッシー・スミスやティーガーデンなんかがあって、
そのうちの1曲にビックリしたのなんのって。母がいつも歯の間から口笛を吹いていた曲だったんですから。
♪わたし日曜日にお行儀よくできない、1週7日悪いんだから て名前だった。
母は父と舟に乗り、それきり。
男は、立ち上がり、自分の砂時計を軽くテーブルの上に置いた。
叔母は、「あんたのために紹介状がありますよ」と言って、1917年の中尉への手紙を渡した。
男は下の踊り場で、封筒を八つに切り裂いた。そして、また妻に叔母を週に1回映画に連れていくことを頼んだ。
フランスのアメリカ兵(ベーブ3部作の2作目
少年兵(ベーブ)は、仲間のイーヴズに「様子が変になったら、起こしてくれ」と頼み、
ドイツ兵が掘ったたこつぼに入った。
1つ目にはアメリカ兵の汚れた軍服がきちんとたたまれて置かれてあるのを見て、
彼は身も心もほとんど泣き出したくなり、前進した。
2つ目の穴には、たぶん死んだと思われるドイツ兵の血のついた毛布があった。
そこで眠ることにして、横になりしばらくすると、赤い蟻に足を容赦なく噛まれた。
そいつを殺そうとして、その日の朝、1本指の爪をなくしたことを思い出し、急に痛みだした。
彼は、戦時中のアメリカ兵がよくやるおまじないを唱えた。
「この手をこの毛布の下から出したら、爪はまた元に戻りきれいになっているだろう。
きれいなパンツ、白いワイシャツを着よう。家に帰り、ドアにかんぬきをかけよう。
ストーヴにコーヒーを乗せ、蓄音機にレコードをかけ、ドアにかんぬきをかけよう。
ステキなおとなしい娘をひきいれて、ドアにかんぬきをかけよう」
少年は手を急に毛布から出したが、魔法はかからなかった。
ポケットからぐしゃぐしゃになった新聞の切り抜きを出し、薄明かりの中で読み始めた。
“そうね”と美女は野獣に言った。“汽車の中で私決心したわ。本物の真っ正直なG・Iとデートするって・・・”
切り抜きをくしゃくしゃに丸めて、穴の脇に置き、今度は、三十何回目に読む母からの手紙を読み始める
“ダディはあんたがまだイギリスにいると言うけれど、フランスにいるの?
ジャッキーはあんたにとても好意を持っています。婦人部隊に入るかもしれないようです。
レスターは、日本軍のいるところで戦死しました。
ダイアナは軍人と結婚して、1週間ほどカリフォルニアへ行っていたけれど、彼は今はいなくなり、
彼女は海岸でひとりで横になっています。
あんたはフランスにいますか?
あんたがいなくてとても淋しい。早く帰ってきてください。 愛をこめて マチルダ”
穴の中で少し体を起こすと、呼んだ、「おーい、イーヴズ! ここにいるよ!」
向こうからイーヴズが彼の姿を見て、うなずき返した。
イレーヌ
デニス・クーニーは室内蚤のサーカスで急死したため、あとに残されたのは妻のイヴェリンと、娘のイレーヌだった。
イレーヌは6歳で、美少女コンテストで2回優勝したことがある。
イヴェリンは、夫の保険金で、カフェの出納係りをしていた母を呼び寄せることができた。
3人の暮らすアパートの管理人は、フリードランダー氏だった。
イレーヌの担当教師は、彼女を「やや発達の遅い」1年A4組に入れた。
その後、教師は校長に「あの子は、1級下げねばいけないと思います」と提案した。
イレーヌに「4年A4でためしてみたいの」と話すと、「私4年B4よ」と言い張ったが、最後は「はい」と答えた。
イレーヌは8学年を卒業するのに、9年半かかり、グラマースクールを卒業したのは16歳だった。
フリードランダー氏は、イレーヌ、母、祖母が映画を観ている間じゅう、自分の足をイレーヌの足にくっつけていたが、
イレーヌは相手の馴れ馴れしさに気づかず、離そうともしなかった。
男の子たちは彼女を見て口笛を吹いたり「ヘイ、美人!」と呼びかけたりした。
別に男の子たちと出かけるのが嫌ではなかったが、未知の、避けようと思えば避けられる問題に巻き込まれたくなかった。
イレーヌ、母、祖母が歩いている時、イレーヌは数世紀来のジュリエットか、オフィリアか、ヘレンのようだった。
妖精のような召し使いと、美しい女主人。
ハイスクールが始まる直前、映画館の案内係りのやさ形の少年テディが、日曜日に海岸へ行かないかと誘い、イレーヌは承諾した。
母は「明日、誰にもイチャイチャさせちゃダメよ」と母親らしい忠告を与えた。
フランクが運転し、その彼女モニー、イレーヌとテディで海に行き、その後、2人きりになるとイレーヌは急に不安になった。
テディは、これは簡単だ、うまくいきそうだと知っていた。
1ヵ月後、17歳の誕生日の2週間前、イレーヌはテディと結婚式を挙げた
そこでイヴェリンはテディの母と口論となり「あんな女、殺してやる」と凶暴な声で脅した。
イレーヌがテディと式場から出ようとした時、ミセス・クーニーは、「どこへも行っちゃいけません!」と言った。
「帰ってきなさい、きれいな娘。こんな弱虫とどこへも行っちゃいけません」
「さよなら、テディ」とイレーヌは肩ごしに親しみをこめて言った。
3人はまた通りを歩いて映画館に向かって歩いた。
「おばあちゃん、トロック館には誰が出ている?」
「ヘンリー・フォンダよ」
「まあ、かれ大好きよ」とイレーヌは言って、夢中になって跳びはねた。
マヨネーズぬきのサンドイッチ(ベーブ3部作の最後
ヴィンセント軍曹は、血気盛んでフラストレーションがピークになっている若い兵士をダンスパーティに連れて行くが、
34人いるうち“4人はいなくならねばならない”ことは伏せている。
中尉を待つ間、彼らのたあいもない会話に入りながら、頭の中は行方不明になってしまった弟のことでいっぱいだった。
ファージーいわく
「家内は自分も飛んでいると思っているらしく、航空隊から出なくちゃと手紙を書いてくる。
クラーク・ゲーブルの記事を読んで、自分を爆撃機の砲手か何かに決めているんだ。
自分のやっていることが名ばかりのくだらない仕事だって、とても言ってやれませんよ」
話はマイアミの風呂がどれほどいいかという話になる。
弟のホールデンはどこにいるのか?
あの行方不明中っていうのはどういうわけだ? 僕は信じない。
合衆国政府は嘘つきだ。政府は僕にも家族にも嘘をついている。
どうしてこういう重大なことについて嘘をつくのか?
こんな嘘をついて、どういう利益があるというのか?
(兵士の会話の中に妹フィービー、ジョーイーという犬が出てくるのも、後に書くグラース家との面白い共通点
その父母は芝居に出ている、なんて、まるで同じじゃないか/驚
中尉が来て「多すぎる」と言い、軍曹は初耳だというフリをする。
「ミズ・ジャクソンは、ちょうど30人だけ来て欲しいというんだ。悪いが、4人に部隊へ帰ってもらわなくちゃね」
「お前たちの中でこのダンスにサインしなかったものは何人いるか?」
「代わりに基地の映画を観たいものは?」
ファージーは「では既婚者は今夜は手紙を書くことにしましょう」とトラックから降りた。
「左側の最後の2人、さあ出てくれ。誰だかは分からない。ちぇ!」
18歳くらいの兵士が「自分が一番にサインしたことはオストランダーが知っている」とねばる。
中尉と軍曹は電話をかけに出て、ミズ・ジャクソンのところに電話し、セアラに雨の中悪いがパーティに来て欲しいと頼む。
2人は、骨まで、孤独の骨、沈黙の骨までずぶ濡れになって、とぼとぼとトラックに戻った。
ホールデン、今どこにいるのか?
行方不明じゃない、死んでなんかいるんじゃなくて、ここにいると言ってくれ。
冗談はやめてくれ。僕の外衣を着て海岸へ行くのはやめてくれ。
テニスコートの僕の側で球を打つのはやめてくれ。
口笛をやめてくれ。さあテーブルに座りなおして・・・
他人行儀(あれ?3部作と言っていたな。少年兵はベーブじゃなかったのか?
星章を5つもらって帰還したベーブは妹マティを連れて、ミセス・ポークに会いにくる。
ヴィンセントの元彼女で、もう結婚しているヘレンに、ヴィンセントの戦死のしらせを伝えるが、
ヴィンセントの父がすぐ電話でしらせてきたという。
「ヒュルトゲン森でした。突然、白砲が落ちて、ひゅうとも何ともいわないで、
ヴィンセントと他の3人に当たったんです。3分もたたないうちに、軍医隊長のテントで死にました」
彼女がどんなにヴィンセントを愛していたとしても、彼のことで自分を欺かせたくない。
一番手近の、一番大きな嘘を一目で理解するようにするんだ。
それが君の戻って来た理由で、誰の気分をも滅入らせたくない。
「あなた方の別れたのは誰の責任でもないという気がしました。誰の責任でしょう?」
「ヴィンセントは何も信じなかったのです。夏であれば、それを信じないし、冬であれば、それを信じませんでした。
ケネス・コールフィールド少年が死んだ時から、何1つ信じなくなったのです。彼の弟です」
「これは彼の書いた詩です。冗談でなく。よかったら差し上げます」
「まあ、私のことをミス・ビーバーズだなんて!」
ベーブは「さよなら、ヘレン」と言って、彼女が電話をかけてとか、夕食に来てという申し出に首を振った。
下の通りでは、太ったアパートの玄関番が犬を歩かせていた。
ベーブは、「ドイツ大反攻(1944年12月16日~翌1月)の間中、毎日この通りをあの犬を歩かせていたのではないかと想像した。
彼には信じられなかった。信じることができたにしても、あり得ないことだった。
マティ「もどれてうれしい?」
ベーブ「ああ、うれしいよ」
「わたし箸で食べられるわ」
「それは見たいね」
彼女はふち石から道へ軽く跳んで、また戻った。
それがどうしてこんなに美しい眺めなんだろうか?
気ちがいのぼく (後に『ライ麦畑』に入った短編
ホールデンは、寄宿学校に別れを告げる。
僕は自分にさよならを言い続けた。
「さよなら、コールフィールド。さよなら、きみ」
その後、スペンサー先生の家に着くと、流感でベッドにいた。
60歳くらいで、半分ぼけながらも、結構生活は楽しんでいた。
先生のことを考えると、いったい何のために生きているんだろうと、あらゆることが不思議になってくる。
「サーマー先生はなんとおっしゃったのかね、きみ」
「人生は競技のようなものだとおっしゃいました。だからルールやなんかに従って生きなければならない、というようなお話でした」
「君は今学期は何課目とったんだね?」
「4課目です」
「で、何課目落としたかね?」
「4課目です」
スペンサー氏は、ホールデンが論文のためにエジプト人について書くことを“選んだ”と言って、読み始める。
「いろんな理由で、退学するのは残念です」と言った。
ほんとに全部を分からせることはできないだろう。
「学校が懐かしくなるよ、君」
いい人だった。冗談でなしに。
とにかく、僕は自分の言いたいことをあまり言っていたわけではない。けっして言いはしない。
僕は変わり者だ。冗談でなしに。
「大学へ行く計画があるのかい、君?」
「ぼくは1日1日を生きていきます」
インチキ臭く聞こえたが、自分でもインチキらしい気持ちがしはじめた。
その後、ホールデンは、夜中、妹フィービーの部屋に忍び込んで起こす。
「ホールデン! 家で何をしてるの?」
「またおんだされたんだ」
「ホールデン! お父さんに殺されちまうわ」
「仕方がなかったんだよ。いつも試験やなんかでいじめ、勉強時間とかなんとかしょっちゅう強制してるんだからね。
気が違ってきたんだ。ただ嫌いなんだ」
ホールデンは、父母が来る音を聞いて、妹の部屋をいったん出て、彼らがいってしまってから、
妹に頼まれていた、女中にとられたドナルド・ダックを寝台に戻し、彼女の好物のオリーブを並べた。
僕は、長い間眠れなかった。
他の人はみな正しくて、僕だけが間違っているということは分かっていた。
自分が成功者にはなれないだろうということ。
セントラルパークの池に一面氷が張ったら、アヒルたちはどこへ行くのかと考え始めて、
そのうちに眠りこんでしまった。
(今、読んでも、私は彼の心情に心から寄り添うことができる。
彼は社会に馴染めなかったかもしれないが、社会のほうが間違ってるかもしれないじゃないか
*
[初期の短編について 刈田元司、渥美昭夫 内容抜粋メモ]
『ナインストーリーズ』の他に21の中編、短編をいくつかの雑誌に発表していた。
これらは今日はなかば闇に埋もれて、本国でもなかなか手に入れることが難しい。
本書の翻訳も、すべて最初に発表された雑誌からコピーしたものをテキストにした。
テキストを丹念に集めて、今回快く提供してくださった繁尾久氏の絶大な御好意に心から御礼を申し上げる。
彼は人も知る気難しい作家で(ウィキの見解は違ってたな)、サリンジャーがこれらの作品を「気に入らない」と言った。
(以下、それぞれの作品についての批評が書いてある
1.処女作とは思えないよく出来た短編。
2.小説より劇作に関心があったことが十分うなづける。
3.いわゆるショート・ショートに属する。大体1000字以内で、O・ヘンリー式のオチ(surprise-ending)をもつストーリー。
7.“純粋なものとまやかし”“子どもの世界と大人の世界”という相対立する世界を扱い、その緊張をテーマにする著者から当然、期待されるべきテーマであろう。
9.サリンジャーはいろいろな意味できわめてセンチメンタルな作家だ。
10.この時代の青年たちの代弁者ともいうべきサリンジャーとしては当然のテーマ。
今作で初めてホールデンの兄にあたるヴィンセントが登場する。
12.ベーブを主人公とした第2作目。
13.サリンジャー作品では、人生に欲求不満を感じた人物がもっとも手近な逃避手段として、しばしば映画館通いをする。(なるほど
14.サリンジャーが3人の青年たちを次々に主人公に仕立てて作品を書いて、最後に『ライ麦畑』に落ち着いた。
三人称小説から一人称に変わっていったことは興味のあるところ。
16.『ライ麦畑』の前身で、のちに書き直されてエピソードに使われた。
全体を通してひと言するなら、これらがそれぞれ異なった文体で書かれているということ。
都会っ子らしい会話、タフな文体等々。これら文体の妙を翻訳で伝えることなど、とても訳者の力では及びもつかぬところだった。
サリンジャーという作家はきわめて器用なことばの手品師(魔術師というより)だとつくづく感じた。
*
『サリンジャー選集』広告より抜粋メモ
1.フラニー ズーイー
2.若者たち:雑誌に一度掲載されて以来、読者の目に触れる機会をもたなかった表題のデビュー作ほか16編を発表順に網羅した。
3.倒錯の森:『ナインストーリーズ』と発表時期が重なるため、作風、その他多くの点で関連性を持つ(!
4.ナインストーリーズ:著者が気に入りの作品を選んだ。
5.別巻 ハプワース16 一九二四:以後二十数年に及ぶ沈黙は何を意味するのか? この問いに重要な手がかりを与える最後(?)の作品。
J.D.サリンジャー/著 刈田元司、渥美昭夫/訳
※「作家別」カテゴリーに追加しました。
サリンジャーを読むのも久しぶりなら、2段組みの本を読むのも久しぶり!
サリンジャー全集といえば、この荒地出版社のシンプルな装幀しか知らない。
そして、サリンジャーの顔写真とえば、この表紙の、顔半分のものしか見たことがない。
快活で、機知に富む青年といった風。
サリンジャーが大好きだと公言してきたというのに、このたった6冊のうち、
本作を含め、2冊をこれまでずっと読まずにきたことに自分で驚いている。
最初は『ライ麦畑』で知り、次に『フラニー~』、『ナイン~』、『ハプワース~』で
すっかりグラース家が分かったと思い込んだことで、それ以外を忘れてしまったようだ。
でも、本書にまさかホールデンのストーリーが入っているなんて
名前が同じで奇妙な偶然か、作者のユーモアかと思っていたら、訳者のあとがきで決定的となった。
訳者が取り上げている評論家の的外れっぷりは、素人の私ですらあきれてしまった
その上、訳者までもが、「これは習作だが、これは頂けない」などと辛口なのもどうか。
私にとっては、時空を超えて、やっと手許に届いた宝石みたいな短編ばかりだ
表題の「若者たち」がデビュー作だということにもビックリだが、
雑誌に一度載せたきりで、作者が気に入らなかったために、どこにも載せなかったなんて、作者の心情やいかに
それが1人の日本人の協力によって、日本語に訳されて、今の私が読むことができるなんて奇跡
サリンジャーがこれほど戦争について、あらゆる側面(家族との別れ、前線での悲劇、帰還しても永久に病み、荒廃した若者たち)から
書いていたことにも驚いた。
そして、ホールデンと兄の悲劇。
学校に馴染めず、ココロを病んでしまうような純粋そのものの少年が、戦場ですることなど何ひとつなかっただろう。
サリンジャーは、このベーブ3部作で、戦争に正義などなく、ただただ愚かさを心底憎んでいたことが伝わってくる。
それにしても、全部合わせても5巻にまとまってしまうほどの寡作な作家だったんだな。
その後、2010年に亡くなるまで、ほんとうに何も書かなかったのだろうか?
ものを書くことが好きな人間が、まったく何も書かずにいられるものか。
それとも、あと数十年もしたら、彼の親族か、誰か身近な人間によって、
大量の名作原稿が発見されることもあり得るかもしれない。
そんな妄想の前に、まず、もう1冊読めることに感謝×∞
この長年の空白の反省も含めて。
【内容抜粋メモ】
「若者たち」
ルシールは、パーティで壁の花となっている女友だちエドナを、冴えないウィリアムと引き合わせる。
彼はずっと、BFの取り巻きと笑い合っているブロンド娘のドリスに釘付けだが、エドナはそれを知りつつも、会話を続ける。
ウィリアムは「月曜までにレポートを書かなきゃならないんだ」と素っ気ない返答をバカみたいに繰り返すばかり。
エドナは、自分の肖像画を描きたいと言った青年の話をする。
「君は一般的な標準からすれば美人じゃない。でも君の顔には僕が捉えてみたいと思う何かがあるんだ」と言われたことを。
ウィリアムは早々逃げ出したが、エドナはまったく気にしていない。
ルシールは残念がるが、「私はまだ大丈夫よ。ただね、あの人、私の傍に来させないで」と言い、
ラジオをもっと踊れる曲に変えるように呼びかける。
(自立した女性の話だねv エドナがとてもステキに思える
「エディーに会いな」
兄ボビーが妹ヘレンのもとにやって来て、しきりにエディのショーに出るよう言い聞かせるが、
「もうコーラス・ガールは嫌なのよ」と全然乗り気じゃない。
兄は妹が女房持ちの男フィルと付き合っているのを止めさせたい。
おまけに、ハンソンという男との汚い噂にもうんざりしていた。
ヘレンは彼とは話したこともないという。
兄が部屋を出た後、フィルに電話して別れ話をしてから、ハンソンに電話をかけるヘレン
「じき要領をおぼえます」
息子ハリーと、1919年のボビーが似ていると思う父。
もっとも恐れられていたグローガン軍曹のもと、ボビーは何をやらせてもダメで、
バカにされるたびに「じき要領をおぼえます。ほんとうに僕、軍隊が大好きなんです」と言った。
ハリーもまた駐屯地で軍曹にいじめられていることを妻には内緒にしている。
息子がパレードで歩調を乱したり、銃を落としたりしている様子を見て、
「せがれはなんとかなりそうかね、軍曹」
「とってもダメですね、大佐どの」
できそこないのラヴ・ロマンス
ラヴ・ロマンスを書くなら、まず男女が会わなければならない、とその出会い方に悩む作者w
週給30ドルの印刷屋店員ジャスティンがひと目惚れしたのは、シャーリー。
「男たらし」には2種類ある。
あらゆる意味での「男たらし」と、あらゆる意味での「男たらし」ではない「男たらし」である(意味が分からないな
いろいろ考えた挙句、ジャスティンがやけを起こして、シャーリーのバッグをひったくって逮捕され、
裁判で彼女の住所を知り、奇妙な手紙のやりとりが妄想される。
ジャスティンは、その後、脱獄計画に参加させられ、撃たれて即死。
やさしく思い出にのこるようなラヴ・ロマンスを書こうという私の計画は、わが主人公の不慮の死によって挫折してしまう。
作者は獄中から男がこう書けばよかったのにと思う。
「愛とは、性と結婚と6時のキスと子どもたちだと考えている人もいます。おそらく、そうなんでしょう。
でも、僕は愛とは触れようとして触れ得ぬことだと思います。」
実際は、女は5・6丁目の停留所でバスを降り、男は32丁目で降りた
その夜、シャーリーは彼氏と映画に行った。でも、2人の関係はそこまでしか進まず、
ジャスティンは、ある日、ドリスを紹介された。ちょうどドリスが夫を得られないのではと心配しはじめた頃だった。
ルイス・タゲットのデビュー
両親は娘ルイスをそろそろ社交界に打って出るべき時と考えた。
その冬、ルイスはもっとハンサムな連中と遊び回るのに精を出した。
春には応接係として働いた。女の子が「なにか仕事に就く」のが流行りだした年だった。
リオ・デ・ジャネイロが面白いと噂を聞き、仕事を辞めて、出かけて、秋に戻った。
春には恋をして、タゲット家の財産目当ての男ビルの夫人となった。
ビルは、これまでに見たことがないほど醜く見えるルイスの寝顔を見て、突然自分が「すごく幸福だ」ということに自信がもてた。
ルイスに向かって「金目当てで結婚したけど、なんて幸福なんだろう!」などとまさか本人に言うわけにもいかなかったが。
ある時、ビルは火のついたタバコでルイスの手の上に円を描いた。ルイスは怒ってバスから出なかった
その1週間後、ビルはゴルフクラブをルイスの裸足に振り下ろした。
ルイスは実家に戻って犬を買った。子犬はエレベーターの中でおもらしをして、ルイスは数日後に子犬を捨てた。
リーノ(離婚裁判所で有名な都市)に行くのを春まで延ばすのは意味がないと出かけ、ビルと再会した。
「僕、精神分析をしてもらったんだ。お医者さんは治るっていうんだよ。電話してもいい?」
「ダメよ」
ルイスは、いつも白いソックスを履いているカールと出会い、春に結婚した
1ヵ月たたないうちにカールは白いソックスを履くのを止めた。
ルイスは午前11時から映画館通いを始めた
息子トミーが生まれ、2人とも夢中になった
トミーが変な寝返りをうって毛布で窒息死して6ヶ月後、ついにルイスにも物事をふっきれる日が来た。
ある晩、ルイスが愛していない男が椅子に腰かけて絨毯の模様を眺めていた。
「白いソックスをお履きなさいな。ねえ、あなた。構わないのよ」
ある歩兵に関する個人的なおぼえがき
ある40代の男ロウラーが汗だくで部屋に入ってきて、「兵籍登録をしたい」という。
「あんたは重要な軍需工場の技師長さんだ。あんたぐらいの歳の人は、自分の持ち場にいたほうがお国のためだということを考えてみたかね?」
ロウラーは譲らない。
彼が事務室から出てすぐ、彼の妻から電話があった。検査に通れば入隊を許可するほかないと長々と話した。
ロウラーは基礎訓練も、炊事勤務もすべて素晴らしくこなした。
外地への転属の時、ロウラーは名簿から外され、私のせいではないかと訴えにきたが違うと答えた。
すると、彼は、背筋をゾッとさせるようなことを言った。
「わたしは戦争に行きたいんだ。わかんないのかい。わたしは戦争に行きたいんだよ。」
ロウラーは、その後、伍長、軍曹となり、外地に派遣された。
再びロウラーの妻から電話があり、なんと言葉をかけていいか分からず、
「僕はピートを呼びましたよ。おやじはほんとうに元気そうだった。お母さん」
ピートは私の弟で、彼は海軍少尉なのである。(このオチが分からない・・・ロウラーは父親だったってこと???
ヴォリオーニ兄弟
わざわざW氏が代行で書いた記事という設定。
テーマはポピュラーの大ヒットナンバーをたくさん書いた『ソニー・ヴァリオーニは今いずこ』。
もし私が魔法を知っていたら、ヒトラー、ムッソリーニ、ヒロヒトを檻につまみ入れて、
その野獣の檻を即刻ホワイトハウスの正面階段上に置くだろう。
(サリンジャーの文章中にも、ウェストール同様WWⅡのことが所々出てくるが、
ウェストールはあくまでも少年の目で見た事を書いているのに対して、
サリンジャーは、当時の兵士からのリアルな目線だけに、
敵国ドイツはもちろん、日本人に対しても容赦ないのが読んでいて哀しくなる。
ソニーはギャンブルにかなり手を出して、トラブって殺し屋に追われている、なんて噂がパーティで聞かれた。
だが、殺し屋は、間違って、弟のジョーを射殺してしまった。
その日からソニーは、まっとうな人間らしい眠りにもつかず、町をうろつきまわり、突如姿を消した。
記事には、彼の居所を知っている者がいたら無数の賛美者の1人に教えてほしいと締めくくられていて、
サラという女性から手紙が来る
“まず、あの自由で、旺盛で、退廃した時代に遡らなければなりません。
ジョーは、国語のクラスを教えていました。時々、彼は自分の書いたものについて読んでくれました。”
ジョーを愛していたサラは、ソニーの作詞など止めて、小説に取り組むべきだと何度も説いたが、
「ぼくは一生、兄貴のために作詞をするつもりはない。兄貴が成功するまでさ」と言った。
ソニーはハンサムで、不真面目で、人生に退屈していた。ピアノにかけては高度の技巧家だった。
サラのつてで、兄弟は、3曲をシカゴに売り込みに行き、テディは3曲とも買うと即決した。
サラはソニーに言った。
「あの人を放してあげなさいよ。あなたはもうチャンスを掴んだのよ。誰か他の人に作詞してもらえばいいわ」
「誰もあいつに敵う者はいないさ。及びもつかないんだよ」
兄弟はシカゴへ移り、大邸宅を買い、貧しい親戚を集め、地下室で曲を書いた。
その後、サラの父が病気になり、カリフォルニアに行かねばならなくなった。
「僕ら、今、新しい曲を作ってるんだ。僕はソニーに2週間したら止めると言っておいた」
教授「あなたは弟さんの生命の最後の最後まですり減らそうと決心してるんですね?」
ソニー「ジョーの作詞は一番です。ジャズ、トーチ(復讐、失恋などの悲しみを表すポピュラーソングの総称)でも」
教授「あの人は(作家として)天才だと思いますね」
ソニー「ラドヤード・キップリングとか、ああいった手合いのようなですか?」
教授「いや、ジョーゼフ・ヴァリオーニのようなです」
サラはダグラスに恋をして、結婚した。そして、ソニーは今、サラらが住む家に一緒に住んでいる。
教授が訪ねると、すっかり生気を失ったソニーは、弟のトランクに入っていた無数の原稿のメモをまとめているのだという。
教授「どうしてそんな仕事をやる気になったんです?」
ソニー「あいつの書いたものを読んだ時、僕は生まれて初めて音楽を聴くことができたからです」
二人で愛し合うならば
ビリーとルーシーが結婚したのは、ビリーが20歳、彼女が17歳の時。もちろん周りは皆反対した。
ルーシーは大学に行って、お医者さんになりたかった。
ある晩、いつものように、週18ドル払っている子守りの老女に子どもの世話を任せて映画を観に出かけたが、
ルーシーとビリーはスレ違ってばかり。
「あんた、わたしを愛するっていって結婚したんでしょ?
それじゃあ、ベビーのことだって面倒をみてやる義務があるわ。
私たち、遊びまわってばかりいないで、少しは考えなきゃ」
ルーシーはビリーが気の向いた時だけしか面倒をみないと言う。
車の中でも子どもみたいに半分シートから滑り落ちて、床の上に座り込んで泣いていた。
そして、翌日、ルーシーは実家に子どもを連れて帰ってしまった。手紙には、
「私たち、もうそろそろいろんなことを卒業してもいい頃だということが、あなたには分からないんじゃないかと思うのです。
どう言ったら、私の言う意味が分かっていただけるかしら」
ビリーは一人、どうしていいやら分からず、映画『カサブランカ』のサムと会話をしてみたりする。
その後、親友バッドに電話すると、母親が出て耳が変になるくらい喋りまくられた挙句、バッドは留守だった。
次に、ルーシーがそこにいるようなフリをしてみる。
その夜、ルーシーは父親に車に送られて帰ってきたが、夜遅く雷が鳴っていて、
ルーシーは台所に閉じこもっていた。
ビリーは、彼女の手紙を逆さに覚えたことを話してしまう。
そしたらね、こうなんだ。本当にさ。ルーシーのやつ泣き出しちゃったんだ。
そして「私、もうなんでもいいわ!」なんて言うのさ。
(最後は鼻先がじぃーんとなった。
こんな風に感覚で妻を心底を愛している若い夫の話を書けるのはサリンジャーだけだな。
やさしい軍曹
フィリーの妻のジャニタは、彼の嫌いな戦争ものの映画を一緒に観に行くのが好き。
戦争映画の兵士は、ハンサムで、死ぬ前に長々と思い出を語ったり、映画の意味なんかを説明したりする。
故郷では、家族はもちろん、大統領まで葬式に集まってくる。
ジャニタってのはありきたりの女じゃないからな。
ありきたりの女は、気取った足つきで踊ったりするのもいいだろう。でも女房には向かんな。
道端でネズミの死んだのを見たらげんこで殴ってくるような女を見つけるんだな。
話は醜男バークさんにうつる。
入営したその日に彼に会った。
バークさんてのは偉いことのできる人だった。
2本の声が出る、頭のデカすぎる、ぐるぐる目玉のほんものの醜男を探すがいい。
偉いことができるのは、そういう男なんだ。
16歳の子どものまま、本物のタフガイしかいない部隊に入ったフィリーは、毎日寝台で泣いてばかりいた。
奴らの体の弾痕や毒ガスのヤケドときたら、それこそ数えきれたもんじゃなかった。
フランスで散々辛い思いをしてきた連中だった。
当時、見習い曹長だったバークさんは、本当なら口も聞いてはいけない階級のフィリーに
自分の勲章の束を見せ、「下着の上につけてみなよ」と薦めた。
そして「服を着るんだ。その勲章の上からでいい」と言った。
特別に外出許可証を書いてくれて、レストランに連れて行ってくれた。
なんで何も食べないのかと聞くと、赤毛の女性のことを考えていて、彼女は結婚したと付け加えた。
その後、2人はチャップリンの映画を観るが、バークさんは途中で外に出た。理由は
「チャップリンはいいんだよ。だが、俺はおかしな顔をした小男が、
体のデカい奴らにいつも追いかけられてばかりいるのを見たくはないのさ。一生そうと決まってるみたいにね」
バークさんみたいに生涯偉い人は、せいぜい20人か30人くらいの男しか、そのことに気がつかないんだ。
女ときたら、なおさらさ。
勲章をしばらく着けていいと言われ、フィリーは3週間も着けたままでいた。
バークさんが曹長になった日、返しに行くと、赤毛の女性の絵を上手に描いているところだった。
「おまえを航空隊のほうに回しといたからな。大人になって、やさしい人間になるんだぞ」
それ以来、バークさんに二度と会うことはなかった。
バークさん自身、航空隊に転属になり、パール・ハーバーで死んだ。
日本軍が爆撃し、辛うじて防空壕にたどり着くと、後から来た兵士が、
炊事勤務の3人の新兵が冷蔵庫に隠れたのを見たと言った。
バークさんは、そいつの顔を30回もビンタし、冷蔵庫に新兵を置き去りにするなんて馬鹿か!となじったそうだ。
そして壕の外に飛び出し、新兵無事助け出したが、その場でくたばってしまった。
両肩に4つも孔があき、顎は半分吹き飛ばされていた。
バークさんはたった1人で死んだ。合衆国で盛大な葬式が行われもしなかった。
ジャニタに話してやったら泣き出した。それが唯一の葬式みたいなもんだった。
ありきたりの女の女なんか女房にするなよ。
バークさんみたいな人のために泣ける女を見つけることだな。
最後の休暇の最後の日(ベーブ3部作の1作目
技術軍曹ジョンは、戦地に行く前に実家に帰った。親には経つ直前の列車で言えばいいと思っていた。
母に友人コールフィールドが来ることを話す。ラジオ番組を3つ担当していて、母もその1つを聞いたことがあるという。
ジョンは、歳の離れた10歳の妹マティーが大好きで、マティーも兄が戻ると体中で喜んだ。
橇に誘うが、スプリング通りはダメだと言う。その先のローカスト通りは交通が激しくて、
去年、ボビーが遊びの最中に事故死したのだ。
ジョンは橇を止め、マティーにコールフィールドを紹介した。
彼はジョンの母に自分があのラジオのパーソナリティだったのだ、などと始終冗談ばかり言って楽しませる。
しかし、ジョンと2人きりになった時、「弟のホールデンが行方不明になったって公電が来たのさ」と打ち明ける。
(ホールデン・コールフィールドって!? と私は今更気づいた
「あいつ、まだ20にもなってなかったんだ、ベーブ。
ああ、殺して殺して殺しまくりたい。変じゃないか。僕は臆病で評判なんだぜ。
ところが今じゃあ、奴らを撃ちまくってやりたいんだ」
「娑婆の奴らと一緒にいても話にならんよ。奴らには僕らの気持ちが分からんし、こちらも奴らの考えてることが分からない」
父も帰ってきて、コールフィールドも加えて一家団欒の夕食になり、父はWWⅠの話をすると、ジョンは居心地が悪くなる。
「嫌味を言うつもりはないけど、でも第一次大戦に行った人たちは、戦争は地獄だなんて口では言うけど、
なんだかみんなちょっと自慢してるみたいに思うんだ。きっとドイツでも同じだろうと思うんだ。
だからヒトラーが戦争を始めた時、ドイツの青年たちは、父親に負けないとか、それ以上だとかいうことを証明したくなったんじゃないのかな?
僕は今度の戦争は正しいと思うよ。ただ、戦争が済んだら口を閉ざして、二度とそんな話をするべきじゃないと信じているんだ。
僕らが帰還して、絵や映画にしたら、次のジェネレーションは、また未来のヒトラーに従うことになるだろう」
食卓の空気が変わったことで、ジョンは自分が言ったことを後悔する。
コールフィールドは気をきかせて、恋人に紹介したいと母が乗り気なジャッキーの話を持ち出す。
ジョンは、フランシスに夢中で、コールフィールドは彼女があまり賢くないと思っているのは誤解だと思う。
“彼女は僕を理解してくれない”
まったく眠れず、マティーのことを考える。
“君はまだ小さな少女さ。でも少年でも少女でも、いつまでも小さいままではいられないんだよ。
子どもでいられる時間なんて短いんだ。マティー、もし僕の言うことに意味があるとすれば、こんなことさ。
君のもっている最上のものを生かしなさいってことなんだ。
大学で、もし間の抜けた子と同室になったら、その子が少しでも利口になれるようにしてやりなさい。
お婆さんが劇場でガムを売りに来たら、1ドル持っていたら、それをあげなさい。”
でも、部屋に行き、マティーに言ったのは「いいい子になるようにって言いたかったんだよ」
「いい子になるわ、ベーブ。兄さん、戦争に行くんでしょ? 怪我なんかしないでね」
「大丈夫さ、さあ、寝るんだよ」
まだ眠れずにいると、母が部屋に入ってきて
「あんた、戦争に行くのね。あんたはちゃんと義務を果して帰ってくるわ。そんな予感がするのよ」
(サリンジャーが兄妹の話を書けば、目頭が熱くなる。
どうしてこんなに純粋に、シンプルに、描けるものか。
週一回なら参らない
翌日から戦地に行く若い男は、妻のヴァージニアに、「叔母を週に一度映画に連れて行ってくれ」としつこいほど頼む。
少し認知症気味の叔母のことを妻は心配するが、引き受ける。
叔母の部屋に行くと、2人で母の思い出話を始める。
「大学で、古い蓄音機のレコードをかけていると、ベッシー・スミスやティーガーデンなんかがあって、
そのうちの1曲にビックリしたのなんのって。母がいつも歯の間から口笛を吹いていた曲だったんですから。
♪わたし日曜日にお行儀よくできない、1週7日悪いんだから て名前だった。
母は父と舟に乗り、それきり。
男は、立ち上がり、自分の砂時計を軽くテーブルの上に置いた。
叔母は、「あんたのために紹介状がありますよ」と言って、1917年の中尉への手紙を渡した。
男は下の踊り場で、封筒を八つに切り裂いた。そして、また妻に叔母を週に1回映画に連れていくことを頼んだ。
フランスのアメリカ兵(ベーブ3部作の2作目
少年兵(ベーブ)は、仲間のイーヴズに「様子が変になったら、起こしてくれ」と頼み、
ドイツ兵が掘ったたこつぼに入った。
1つ目にはアメリカ兵の汚れた軍服がきちんとたたまれて置かれてあるのを見て、
彼は身も心もほとんど泣き出したくなり、前進した。
2つ目の穴には、たぶん死んだと思われるドイツ兵の血のついた毛布があった。
そこで眠ることにして、横になりしばらくすると、赤い蟻に足を容赦なく噛まれた。
そいつを殺そうとして、その日の朝、1本指の爪をなくしたことを思い出し、急に痛みだした。
彼は、戦時中のアメリカ兵がよくやるおまじないを唱えた。
「この手をこの毛布の下から出したら、爪はまた元に戻りきれいになっているだろう。
きれいなパンツ、白いワイシャツを着よう。家に帰り、ドアにかんぬきをかけよう。
ストーヴにコーヒーを乗せ、蓄音機にレコードをかけ、ドアにかんぬきをかけよう。
ステキなおとなしい娘をひきいれて、ドアにかんぬきをかけよう」
少年は手を急に毛布から出したが、魔法はかからなかった。
ポケットからぐしゃぐしゃになった新聞の切り抜きを出し、薄明かりの中で読み始めた。
“そうね”と美女は野獣に言った。“汽車の中で私決心したわ。本物の真っ正直なG・Iとデートするって・・・”
切り抜きをくしゃくしゃに丸めて、穴の脇に置き、今度は、三十何回目に読む母からの手紙を読み始める
“ダディはあんたがまだイギリスにいると言うけれど、フランスにいるの?
ジャッキーはあんたにとても好意を持っています。婦人部隊に入るかもしれないようです。
レスターは、日本軍のいるところで戦死しました。
ダイアナは軍人と結婚して、1週間ほどカリフォルニアへ行っていたけれど、彼は今はいなくなり、
彼女は海岸でひとりで横になっています。
あんたはフランスにいますか?
あんたがいなくてとても淋しい。早く帰ってきてください。 愛をこめて マチルダ”
穴の中で少し体を起こすと、呼んだ、「おーい、イーヴズ! ここにいるよ!」
向こうからイーヴズが彼の姿を見て、うなずき返した。
イレーヌ
デニス・クーニーは室内蚤のサーカスで急死したため、あとに残されたのは妻のイヴェリンと、娘のイレーヌだった。
イレーヌは6歳で、美少女コンテストで2回優勝したことがある。
イヴェリンは、夫の保険金で、カフェの出納係りをしていた母を呼び寄せることができた。
3人の暮らすアパートの管理人は、フリードランダー氏だった。
イレーヌの担当教師は、彼女を「やや発達の遅い」1年A4組に入れた。
その後、教師は校長に「あの子は、1級下げねばいけないと思います」と提案した。
イレーヌに「4年A4でためしてみたいの」と話すと、「私4年B4よ」と言い張ったが、最後は「はい」と答えた。
イレーヌは8学年を卒業するのに、9年半かかり、グラマースクールを卒業したのは16歳だった。
フリードランダー氏は、イレーヌ、母、祖母が映画を観ている間じゅう、自分の足をイレーヌの足にくっつけていたが、
イレーヌは相手の馴れ馴れしさに気づかず、離そうともしなかった。
男の子たちは彼女を見て口笛を吹いたり「ヘイ、美人!」と呼びかけたりした。
別に男の子たちと出かけるのが嫌ではなかったが、未知の、避けようと思えば避けられる問題に巻き込まれたくなかった。
イレーヌ、母、祖母が歩いている時、イレーヌは数世紀来のジュリエットか、オフィリアか、ヘレンのようだった。
妖精のような召し使いと、美しい女主人。
ハイスクールが始まる直前、映画館の案内係りのやさ形の少年テディが、日曜日に海岸へ行かないかと誘い、イレーヌは承諾した。
母は「明日、誰にもイチャイチャさせちゃダメよ」と母親らしい忠告を与えた。
フランクが運転し、その彼女モニー、イレーヌとテディで海に行き、その後、2人きりになるとイレーヌは急に不安になった。
テディは、これは簡単だ、うまくいきそうだと知っていた。
1ヵ月後、17歳の誕生日の2週間前、イレーヌはテディと結婚式を挙げた
そこでイヴェリンはテディの母と口論となり「あんな女、殺してやる」と凶暴な声で脅した。
イレーヌがテディと式場から出ようとした時、ミセス・クーニーは、「どこへも行っちゃいけません!」と言った。
「帰ってきなさい、きれいな娘。こんな弱虫とどこへも行っちゃいけません」
「さよなら、テディ」とイレーヌは肩ごしに親しみをこめて言った。
3人はまた通りを歩いて映画館に向かって歩いた。
「おばあちゃん、トロック館には誰が出ている?」
「ヘンリー・フォンダよ」
「まあ、かれ大好きよ」とイレーヌは言って、夢中になって跳びはねた。
マヨネーズぬきのサンドイッチ(ベーブ3部作の最後
ヴィンセント軍曹は、血気盛んでフラストレーションがピークになっている若い兵士をダンスパーティに連れて行くが、
34人いるうち“4人はいなくならねばならない”ことは伏せている。
中尉を待つ間、彼らのたあいもない会話に入りながら、頭の中は行方不明になってしまった弟のことでいっぱいだった。
ファージーいわく
「家内は自分も飛んでいると思っているらしく、航空隊から出なくちゃと手紙を書いてくる。
クラーク・ゲーブルの記事を読んで、自分を爆撃機の砲手か何かに決めているんだ。
自分のやっていることが名ばかりのくだらない仕事だって、とても言ってやれませんよ」
話はマイアミの風呂がどれほどいいかという話になる。
弟のホールデンはどこにいるのか?
あの行方不明中っていうのはどういうわけだ? 僕は信じない。
合衆国政府は嘘つきだ。政府は僕にも家族にも嘘をついている。
どうしてこういう重大なことについて嘘をつくのか?
こんな嘘をついて、どういう利益があるというのか?
(兵士の会話の中に妹フィービー、ジョーイーという犬が出てくるのも、後に書くグラース家との面白い共通点
その父母は芝居に出ている、なんて、まるで同じじゃないか/驚
中尉が来て「多すぎる」と言い、軍曹は初耳だというフリをする。
「ミズ・ジャクソンは、ちょうど30人だけ来て欲しいというんだ。悪いが、4人に部隊へ帰ってもらわなくちゃね」
「お前たちの中でこのダンスにサインしなかったものは何人いるか?」
「代わりに基地の映画を観たいものは?」
ファージーは「では既婚者は今夜は手紙を書くことにしましょう」とトラックから降りた。
「左側の最後の2人、さあ出てくれ。誰だかは分からない。ちぇ!」
18歳くらいの兵士が「自分が一番にサインしたことはオストランダーが知っている」とねばる。
中尉と軍曹は電話をかけに出て、ミズ・ジャクソンのところに電話し、セアラに雨の中悪いがパーティに来て欲しいと頼む。
2人は、骨まで、孤独の骨、沈黙の骨までずぶ濡れになって、とぼとぼとトラックに戻った。
ホールデン、今どこにいるのか?
行方不明じゃない、死んでなんかいるんじゃなくて、ここにいると言ってくれ。
冗談はやめてくれ。僕の外衣を着て海岸へ行くのはやめてくれ。
テニスコートの僕の側で球を打つのはやめてくれ。
口笛をやめてくれ。さあテーブルに座りなおして・・・
他人行儀(あれ?3部作と言っていたな。少年兵はベーブじゃなかったのか?
星章を5つもらって帰還したベーブは妹マティを連れて、ミセス・ポークに会いにくる。
ヴィンセントの元彼女で、もう結婚しているヘレンに、ヴィンセントの戦死のしらせを伝えるが、
ヴィンセントの父がすぐ電話でしらせてきたという。
「ヒュルトゲン森でした。突然、白砲が落ちて、ひゅうとも何ともいわないで、
ヴィンセントと他の3人に当たったんです。3分もたたないうちに、軍医隊長のテントで死にました」
彼女がどんなにヴィンセントを愛していたとしても、彼のことで自分を欺かせたくない。
一番手近の、一番大きな嘘を一目で理解するようにするんだ。
それが君の戻って来た理由で、誰の気分をも滅入らせたくない。
「あなた方の別れたのは誰の責任でもないという気がしました。誰の責任でしょう?」
「ヴィンセントは何も信じなかったのです。夏であれば、それを信じないし、冬であれば、それを信じませんでした。
ケネス・コールフィールド少年が死んだ時から、何1つ信じなくなったのです。彼の弟です」
「これは彼の書いた詩です。冗談でなく。よかったら差し上げます」
「まあ、私のことをミス・ビーバーズだなんて!」
ベーブは「さよなら、ヘレン」と言って、彼女が電話をかけてとか、夕食に来てという申し出に首を振った。
下の通りでは、太ったアパートの玄関番が犬を歩かせていた。
ベーブは、「ドイツ大反攻(1944年12月16日~翌1月)の間中、毎日この通りをあの犬を歩かせていたのではないかと想像した。
彼には信じられなかった。信じることができたにしても、あり得ないことだった。
マティ「もどれてうれしい?」
ベーブ「ああ、うれしいよ」
「わたし箸で食べられるわ」
「それは見たいね」
彼女はふち石から道へ軽く跳んで、また戻った。
それがどうしてこんなに美しい眺めなんだろうか?
気ちがいのぼく (後に『ライ麦畑』に入った短編
ホールデンは、寄宿学校に別れを告げる。
僕は自分にさよならを言い続けた。
「さよなら、コールフィールド。さよなら、きみ」
その後、スペンサー先生の家に着くと、流感でベッドにいた。
60歳くらいで、半分ぼけながらも、結構生活は楽しんでいた。
先生のことを考えると、いったい何のために生きているんだろうと、あらゆることが不思議になってくる。
「サーマー先生はなんとおっしゃったのかね、きみ」
「人生は競技のようなものだとおっしゃいました。だからルールやなんかに従って生きなければならない、というようなお話でした」
「君は今学期は何課目とったんだね?」
「4課目です」
「で、何課目落としたかね?」
「4課目です」
スペンサー氏は、ホールデンが論文のためにエジプト人について書くことを“選んだ”と言って、読み始める。
「いろんな理由で、退学するのは残念です」と言った。
ほんとに全部を分からせることはできないだろう。
「学校が懐かしくなるよ、君」
いい人だった。冗談でなしに。
とにかく、僕は自分の言いたいことをあまり言っていたわけではない。けっして言いはしない。
僕は変わり者だ。冗談でなしに。
「大学へ行く計画があるのかい、君?」
「ぼくは1日1日を生きていきます」
インチキ臭く聞こえたが、自分でもインチキらしい気持ちがしはじめた。
その後、ホールデンは、夜中、妹フィービーの部屋に忍び込んで起こす。
「ホールデン! 家で何をしてるの?」
「またおんだされたんだ」
「ホールデン! お父さんに殺されちまうわ」
「仕方がなかったんだよ。いつも試験やなんかでいじめ、勉強時間とかなんとかしょっちゅう強制してるんだからね。
気が違ってきたんだ。ただ嫌いなんだ」
ホールデンは、父母が来る音を聞いて、妹の部屋をいったん出て、彼らがいってしまってから、
妹に頼まれていた、女中にとられたドナルド・ダックを寝台に戻し、彼女の好物のオリーブを並べた。
僕は、長い間眠れなかった。
他の人はみな正しくて、僕だけが間違っているということは分かっていた。
自分が成功者にはなれないだろうということ。
セントラルパークの池に一面氷が張ったら、アヒルたちはどこへ行くのかと考え始めて、
そのうちに眠りこんでしまった。
(今、読んでも、私は彼の心情に心から寄り添うことができる。
彼は社会に馴染めなかったかもしれないが、社会のほうが間違ってるかもしれないじゃないか
*
[初期の短編について 刈田元司、渥美昭夫 内容抜粋メモ]
『ナインストーリーズ』の他に21の中編、短編をいくつかの雑誌に発表していた。
これらは今日はなかば闇に埋もれて、本国でもなかなか手に入れることが難しい。
本書の翻訳も、すべて最初に発表された雑誌からコピーしたものをテキストにした。
テキストを丹念に集めて、今回快く提供してくださった繁尾久氏の絶大な御好意に心から御礼を申し上げる。
彼は人も知る気難しい作家で(ウィキの見解は違ってたな)、サリンジャーがこれらの作品を「気に入らない」と言った。
(以下、それぞれの作品についての批評が書いてある
1.処女作とは思えないよく出来た短編。
2.小説より劇作に関心があったことが十分うなづける。
3.いわゆるショート・ショートに属する。大体1000字以内で、O・ヘンリー式のオチ(surprise-ending)をもつストーリー。
7.“純粋なものとまやかし”“子どもの世界と大人の世界”という相対立する世界を扱い、その緊張をテーマにする著者から当然、期待されるべきテーマであろう。
9.サリンジャーはいろいろな意味できわめてセンチメンタルな作家だ。
10.この時代の青年たちの代弁者ともいうべきサリンジャーとしては当然のテーマ。
今作で初めてホールデンの兄にあたるヴィンセントが登場する。
12.ベーブを主人公とした第2作目。
13.サリンジャー作品では、人生に欲求不満を感じた人物がもっとも手近な逃避手段として、しばしば映画館通いをする。(なるほど
14.サリンジャーが3人の青年たちを次々に主人公に仕立てて作品を書いて、最後に『ライ麦畑』に落ち着いた。
三人称小説から一人称に変わっていったことは興味のあるところ。
16.『ライ麦畑』の前身で、のちに書き直されてエピソードに使われた。
全体を通してひと言するなら、これらがそれぞれ異なった文体で書かれているということ。
都会っ子らしい会話、タフな文体等々。これら文体の妙を翻訳で伝えることなど、とても訳者の力では及びもつかぬところだった。
サリンジャーという作家はきわめて器用なことばの手品師(魔術師というより)だとつくづく感じた。
*
『サリンジャー選集』広告より抜粋メモ
1.フラニー ズーイー
2.若者たち:雑誌に一度掲載されて以来、読者の目に触れる機会をもたなかった表題のデビュー作ほか16編を発表順に網羅した。
3.倒錯の森:『ナインストーリーズ』と発表時期が重なるため、作風、その他多くの点で関連性を持つ(!
4.ナインストーリーズ:著者が気に入りの作品を選んだ。
5.別巻 ハプワース16 一九二四:以後二十数年に及ぶ沈黙は何を意味するのか? この問いに重要な手がかりを与える最後(?)の作品。