どうも執筆に気が乗らないので平敷はもう一度「大量殺人のダークヒーロー」の拾い読みをはじめた。片付け仕事の手を休めた麻耶が傍に来た。
「さっきの話でいじめられそうでいじめられない人ってどういう人なの」
「同級生とほとんど付き合わない友達でさ、そういうのって目の敵にされるだろう」
「そうよね」
「ところが彼をいじめる連中が一人もいなかった」
「怖そうな人なの。図体が大きいとか」
「そうでもない。ただ彼に誰も近づかないのさ。放っておくんだ」
「そういう場合放っておかれた子供はだいたい相手にしてくれとか、仲間に入れてくれとか尻尾を振ってくるものでしょう。それがいいきっかけになるのよね。待ってましたといじめが始まるわけよ。だから超然としていれば、なんというか取り付くスキがないんじゃない」
「そうだね、彼の場合はそういうことだったのかもしれない。普通はさ、今の子供は家庭では大事にされるだろう。ドメスティック・バイオレンスってのもあるけど例外的だよね。つまり家庭は子供にとっては天国なんだよ。だから学校や社会も同じに扱ってくれると思っていたら相手にされない。それで尻尾を振って集団に近づいていくんだろう。ところが彼らは待っていましたと始めるわけさ」と言うと彼は電子タバコを取り出した。そして思い出すようにゆっくりと麻耶に話した。
「それに彼の家庭は天国じゃなかったらしい。DVもあったらしいが複雑な家庭でね。だから学校の環境が彼に敵対的でもびっくり仰天したわけでもないのかもしれない。そう気にならなかったのかもしれない。人間の集団なんてそんなものと思っていたからショックも無かったんだろう」
「さっきから考えていたんだけどいじめっ子のリーダーって先生と仲がいいのが多いわね」
「ふーん、面白いね。それは最近の傾向だね。昔はいじめたり同級生を差別したりすると、先生が見つけてきびしく叱ったものだけど、最近は先生といじめっ子がグルなんだ。だからいじめがなかなか表面化しないで自殺なんて深刻な結果になる。いじめなんて先生が見つけてしかりつければそれで終わりになる。深刻にはならないものだよ。だから教育委員会の調査でも最初はいじめはありませんでした、と大抵の場合はなるんだ。学校というのは監獄と同じになってしまったんだろうな」
麻耶は眼を丸くして、どういうことよ、と聞いた。
「捕虜収容所の所長と捕虜代表というか内通者というか。今の先生たちは学生時代はみんないじめっ子だったのかもしれないね。だからいじめっ子を使えば生徒全体を楽にコントロールできるということを自分たちの経験で知っているわけだ。昔のように学級紛争も起こらなくなるわけだ。
面白い話があるよ。家畜の群れの中には必ずリーダーが出来るらしい。つまり蓄群のリーダーだな。これが家畜の群れになじまない、つまり同化しない個体があるとみんなでその個体をいじめ殺してしまうという。つまり牧場主にとってはありがたい話なのさ。現代の学校のいじめもこの構図と見て間違いないよ。いじめっ子というのは江戸時代の牢獄の牢名主と同じなんだよ」