穴村久の書評ブログ

漫才哲学師(非国家資格)による小説と哲学書の書評ならびに試小説。新連載「失われし時を求めて」

7-6:警察手帳は信用しない(というより出来ない)

2018-09-15 08:23:34 | 妊娠五か月

 窓の外がだいぶ暮れなずんできたので平敷は立ち上がってカーテンを閉めにいった。麻耶が帰ってから小一時間ほど経ったであろうか。人には添ってみよ、いや妻には添って見よだったか、最初は著者の奇妙な言説に驚いたが「ダークヒーロー」にも「本には読んでみよ」かもしれないと思いなおした。別に2500円が惜しかったわけでもないがページを繰ってみた。どこから読めば一番おいしいかなと目次を眺めた。払ってしまったストリップショーの入場料が惜しくて恐ろしいご面相のばばあストリッパーのショウを我慢して見るような気分であった。

  チャイムがなった。この旧式のマンションではオートロックではないからチャイムが鳴るということは見知らぬ訪問者はもうドアの前にいるということである。麻耶かなと思った。忘れ物でもして戻ってきたのだろうか。いや彼女が帰ったのはもう一時間も前だ。忘れ物をしたからと言って戻ってくるとも思えない。彼女の性格を考えると電話をしてきて、確かめては来るかもしれない。しかし、わざわざ戻ってくることもないだろう。

  かれはアポイントメントが無い来客には一切応答しないことにしている。大体新聞の勧誘員か不動産屋か銀行の飛び込み勧誘員しか押し掛けてこない。しかし、こんどの来客は再三しつこくベルを鳴らす。昭和時代に建ったこのマンションには来客を確認できるようなモニターもない。彼は三和土に降りるとスリッパを履いて足を引きずるようにして、のぞき窓の前に行き、カバーを上げて外を見た。二人いた。若い背広を着た男と性別不明な針金のような体をして黒縁の眼鏡をかけている。こちらのほうは男か女か判別できない。

  スリッパを引きずる音を聞きつけたのであろう。男の声で「平敷さん、T警察署です」と大きな声を出した。なんだ、なんだ、なんだと彼は意表をつかれた。このままドアを開けないと外の人物は彼の名前を連呼するだろう。近所の住民もそば耳を立てる。まずいなと思った彼はドアにチェーンをかけると一寸五分ほどドアを開けた。男のほうは黒い手帳を突き出してT警察の栗山です、といった。彼は黙って手帳を見たが何が書いてあるかちらっと見ただけではわからない。男は「ちょっと伺いことがありまして」と丁寧な声をだした。

「栗山さんですか。もう一人の方は」と聞くと「大谷です」と中性的な声で答えた。

「やはりT警察のかたですか」

「はい」

 「ちょっと待ってくださいね」と彼はいうといったんドアを閉めた。区役所から配られたタウンページを本棚から取り出すとT警察署の代表番号に電話した。

 出てきた受付に「お宅に栗山さんと大谷さんという刑事はいますか」と聞いた。どちらも制服ではなかったから刑事だろうと思ったのである。

受付がどちら様ですかというから彼は住所の名前を述べて今こちらに来ているようだが、本当にお宅の署員だか確認したいのですといった。「お宅の」というのはおかしいかな、と思ったがほかに言い方を思いつかなかった。

 受付係は電話を回したらしい。変わって出てきた男性が「交通課ですがおたずねの職員はうちの課員ですが」といった。

「いまいらっしゃいますか」

「いや外出中です」

「念のために二人の容貌、特徴を教えてもらえますか」と聞くとびっくりしたように黙ってしまった。

「いやね、いまこちらにいらしているんですよ。警察手帳を見せてくれたんですよ、ちらっとね。ひったくってじっくり確認するわけにもいかないじゃないですか。このごろは偽警官も多いから一応確認してから応対したいのですよ」と説明すると二人の刑事の特徴を教えてくれた。ドアの外の二人と合致するようだ。やはり痩せたほうの人物は女性らしい。礼を言って電話を切ると三和土に行ってドアチェーンを外した。