和服美人がケーキをを持ってきた。『ボランティア自警団に日当を払う』なんて出過ぎた失礼なことは出来ないが、せめてケーキでお礼をというのだろう。毎日午後三時ごろにケーキをご馳走してくれる。
「そういえばお年寄りには携帯電話も売らないんですってね」と夫人は言った。
「どういうことですか」と第九は聞いた。
「私の父が携帯電話を新しいのに買い替えようとしていったら、高齢者は子供の同意が必要だって言われたんですって」
第九は驚いて、そりゃひどいなと呟いた。「本当ですか」
「小学生や中学生が携帯を買うときに親の同意が必要らしいけど、それじゃ立派な大人が子供なみに扱われているわけですか」
「父はカンカンに怒っていました。子供がおもちゃを買うときに親の許可が必要というのと同じですからね。人権どころが人間の尊厳を踏みにじるものですよ」
「まさに差別の典型ですよ。人権侵害だな。根拠はなんなんです。そんな理不尽な要求をするのは」
「たぶん、警察庁あたりのバカ官僚の差し金だろうね」と禿頭老人が言った。「携帯が犯罪
グループに流れるとか、勝手な幼稚な理屈をつけているのだろうね」
それでお父上はどうしたんですか、と第九はたずねた。
「なにが根拠なんだ、と聞いたらしいんですね。会社の規則なら書いたものを見せろと要求したら、そんなものはないらしいんですね。当局の指導とかしどろもどろの答えだったそうです。それならその指導とか通達やらを見せろといったそうです」
「ふむふむ、それでどうしました」
「その係の若い女性は上役に聞きに行ったそうです」
「あきれたね、そんな重大なことの根拠も教育されていないのか」と下駄顔
「それが、その女性がなかなか戻ってこなくて、二十分ぐらい待たされて帰ってきたら通達はお見せ出来ませんと、木で鼻を括ったような返事だったというんだそうです」
「ひどいね、顧客対応の基本的なことなのに、根拠を示せないのか」と第九は呆れた。
ひとしきり話が終わって会話が途切れたとき、婦人はだれもケーキを食べていないことに気が付いて、「ケーキをどうぞ」と改めて勧めた。
ケーキを一口切り取ると、禿頭老人が「さっきの銀行のサービス劣化の話だが、個人客
差別も甚だしくなったね」と呟いた。