本来は管理組合ではなくて、管理会社や不動産会社が責任を持つべきことを管理組合の権限にしていることがあるわね、と女主人が思い出したように語りだした。
「そんな不都合なことは沢山ありますよ」と吐き捨てるように下駄顔が応じた。「一番問題があるのは共用部分のことだね」
「どんなことですか」と第六が質問した。
「どんな事って」と怒ったように第九をジロリと睨んだのである。「たとえば玄関のドアに追加の鍵をつける場合だ。現在の治安状況では最低でも二つ目の鍵は必須だろう」
「現在は二つ鍵をつけているところは多いですね。それにも反対するんですか」
「何年か前の話だ。ピッキングとかいう外国人の犯罪が注目されだしたころだよ。そういう防犯上の常識が分からないのだ。管理組合の奴らは無知だからね」
「現在までもそうなんですか」
「最近は新聞なんかで二つ目の鍵を奨励するようになったからしぶしぶ認めているがね。大体治安の悪い外国なんてドアに五つも六つも鍵をつけているじゃないか」
「それはちょっと多いわね」と長南さんがびっくりして明眸を見開いた。「外国はどこでもそうなんですか」
「五つも付けるのは外国でも余程治安の悪いとこだけどね。例えばの話だ。ニューヨークのハーレム当たりじゃそれが常識だよ。こっちはは二つ目の鍵は常識だと思っているから鍵屋を読んで取り付けさせるだろう。そうすると、管理人がすっ飛んでくる。管理人というのは住民全体の管理人という意識はないからね。管理組合の理事たちの従僕だからね。かれらや管理会社から指導されているんだ」
「そうして管理組合の理事たちは管理会社の従僕なわけだ。本人たちは主人のつもりでいるがね」とクルーケースが注釈を入れた。
「へえ、そうなんだ」
「俺の住んでいるとこは元々あまり人気(ジンキ)のいいところじゃないから、余計必要なんだよ」
「それでどうしました」
「管理人を怒鳴りつけて鍵を追加した」
「問題は共用部分のことが多いんですか」
「まあ、そうだな。それと床をフローリングに変えるときに住民に同意書を強要することだな」
クルーケースが言った。「大体、なぜ共用部分の変更を理事会の同意事項にするかという根拠というのは考え直さないといけないでしょうね」
「合理的な根拠なんてあるわけがない。あれは個々の管理組合で作る管理規約に書いてあるんでしょう。だから組合によって取り扱いが違うんでしょうか」
「さあねえ、そういう統計というか調査資料があるとは聞いたことがないが、ああいうものは国土交通省が無識者会議に諮問して勝手に法令化するんだよな。奨励されるプロトタイプとしてね」
「プロトタイプって」と長南さんが訊いた。
「推奨書式というのかな、そんなものでしょう」と卵型老人が言った。
「無識者会議ってあるんですか。有識者会議というのはよくニュースで聞くけど」と単純な長南さんはあくまでもしつこく素朴で常識的な疑問を投げかけた。
「世間で有識者会議というのはみんな無識者の団子ですよ」
「団子って」
「おや云い間違えた。談合ということです」と下駄顔はあくまでとぼけた。