ヘーゲルと言えば、とCCが質問した。「弁証法というのが有名らしいけど、あれは何ですか」
「あれは弁証法ではないわね」と長南さんが口をはさんだ。
日本語でいえば、弁じたてて証明するということでしょう。言葉の意味は。
なるほど、とCCは頷いた。
「ディアレクティケでもないね。ギリシャ語では複数の人間が議論して主張の正否を争うという意味だからね」と立花さんが言った。
「ヘーゲルのいう弁証法というのは違うんですか」
「違うさ、いきなり大上段に振りかぶって独断論を押し付けるんだから」
「あれは正反合とかいうんでしょう。錬金術そのものじゃないの」と長南女子が気が付いたように言った。「冶金術よね、性質の違う金属を鍋で熱して新しい合金を作るのと同じじゃないの」
「そうだな、冶金術といったほうが適切だろう。ヘーゲルはカバラのほかにも錬金術の本を集めていたからね」
「どうして分かったの」
「彼はコレラで急死した。発病してから三日目に死亡したらしい。だから蔵書の整理も出来なかった。彼の蔵書の中に、錬金術やオカルトの本が沢山あったという」
下駄顔が言った。「もっともあの頃は錬金術は怪しげに見られたオカルトでもなんでもなかったらしいからな。隠す必要もなかったんじゃないかな」
「そうでしょうね」
「ゲーテも自ら錬金術師と名乗っていたし、ニュートンも自ら錬金術師だと言っていた時代だったからな」
ヘーゲルには錬金術的思考が多い。錬金術では冶金作業を数度にわたって繰り返して最後に「賢者の石、あるいは哲学者の石」を作るのが目的だと言っていたんだからね」
「最終目的は金じゃなかったの」
「素人分かりがするように金と言ったんだろう。実験には長期間にわたり莫大な資金が必要だったしスポンサーに金を出してもらうために惹句として金という言葉を使ったんだろう」
「そういうことか。そうするとヘーゲルのカテゴリーが彼のいうところの弁証法的過程を経て最後には絶対知に至るというスキームとヒッタンコだね。錬金術の最終目的が賢者の石だとすると、ヘーゲルの場合は絶対知になるわけだ」と長南さんは言った。
「一種の魔女鍋だわね。そうすると弁証法も錬金術のパクリだとするとヘーゲルの独創性はどこにあるの」
「ヘーゲルの書いた哲学史によると、哲学は歴史的に見て、弁証法的に発展してきたという。
古い哲学を批判して新しい哲学が生まれる。その繰り返しだというのだ。しかし、ここが味噌なんだが、古い思想は弁証法的に止揚されて新しい哲学に含まれるというのだな」
「それも錬金術の冶金技術と同じね。出来た新しい合金には古い材料がすべて含まれているものね。なんだか都合のいい説ね」
「そう、だから彼の哲学がカバラのパクリであり、ヤコーブ・ベーメの思想のパクリであり、錬金術のパクリであっても、彼がそれらを止揚あるいは総合した名誉はいささかも損なわれないというわけだ」
「へえぇ・・」