「ところで、いよいよ本格的な夏競馬ですな。どうですか調子は」とエッグエッドが立花氏に聞いた。
「どうもいけませんね。昔から夏競馬はぴんと来ないんですよね」
「どういうことですか。全然開催のシステムが違うんですか」
「そんなことはないと思いますがね。私のアプローチだと結果が出ないんですよね。そういう意味では中央場所とは違うと言えるかもしれない」
「あなたはたしかオッズ分析が検討の中心だとか言っていましたよね」とCCが思い出したように口をはさんだ。「なんかファンの投票行動が違うんでしょうかね」
「さあねえ、そういうことがあるのかもしれない」
「だれか競馬評論家だったか、夏競馬では本気で勝負してくるケースのほかに休養を兼ねて出走をさせると聞いたことがあるな」
立花氏は首をひねると「そういうことはあるでしょうね。特に涼しい北海道なんかに連れてくるのは、休養を兼ねいるでしょうからね。トレーニングを目的で出走させる場合があるらしい。秋の競馬シーズンに備えてね。だから無理をさせないということはあるかもしれないな」
出走させる厩舎の本気度が信用できないのかもしれないね、と下駄顔が注釈を入れた。「パチンコ屋はもう営業しているんでしょう。またパチプロに戻らないんですか」
「そうねえ、そのほうが生活は安定しますね」と立花氏は答えたが、また何かを思いついたのか、店の紙ナプキンを一枚抜き取った。それを広げると胸のポケットからボールペンをとりだして何やら書き付けた。それを見ていたCCは見かねたように、システム手帳の一ページをむしり取ると「これをどうぞ」と彼に差し出した。
「どうも」と立花氏はメモ用紙を受け取るとその上に『レーニンとバクーニンとは、とちらが正しいか』と書き込んだ。コップを取り上げると中がカラなのに気が付いて合図をした。気が付いたレジの女ボイが水差しを持ってきてコップをいっぱいにした。かれはそれを一気に飲み干すとげーという音とともにため息をついた。
人心地がついたように彼はメモ用紙を裏返して『論理実証主義者としてのヘーゲル』と書き込んだ。よこから見ていた下駄顔が「ヘーゲルは論理実証主義者のはしりだったのか」と疑わしそうな声音でつぶやいた。
立花氏はいや、というとしばらく再考した上で『論理実演主義者としてのヘーゲル』と書き改めた。
「だいぶタネが溜まったようですね」とエッグヘッドが立花氏に話しかけた。
「ほんの座興ですよ」