鎮痛剤かなにかを注射されて病院に担ぎ込まれたらしい。昏睡状態から痛みでときどきうっすらと意識がもどってきたが、すぐに暗闇の中に沈んでいった。
それは光だった、強い日差しを瞼の上に感じて光の圧力で彼は目が覚めた。かれは周りを見回した。顔の上は何やらマスクのようなものがかぶさっていた。頭の上のほうでシューシューとガスが漏れるような音がしている。時々音は疲れたように静かになるとぶつぶつと泡立つような音に変わった。そのうちにまたシューシューといいだす。体は皮のバンドのようなもので固定してあるらしくて寝返りも動くこともできない。視線を体の下のほうに動かすと、汚らしい管が体に何本もついている。
そうか、病院に担ぎ込まれたらしい。動かない頭を無理に動かした視線の横には白い壁があるだけだった。個室らしい。と言うことは集中治療室かなと思った。
ずいぶん時間がたったのに誰もこない。なんの音もしない。何時なのだろう、どうも早朝らしい。そのうちに建物のあちこちで一日の活動が始まったらしく、かすかにいろいろな音が聞こえてきた。やがて看護婦が来た。彼女はベッドわきに立って患者を観察すると体温を記録して出て行ってしまった。
今度は中年の痩せた男が入ってきた。医者らしい。そばに来ると酸素マスクを取り除けた。「どうですか、息苦しいですか」と聞いた。
彼は弱弱しく首を横に振った。
「息苦しくなったら言ってください。またマスクをつけますから」というとベッドのそばに椅子を持ってきて腰かけた。髭の濃い角ばった顔をした医者だった。
「気分はどうですか」
口を動かすと言葉が出るようになっていた。「ええ、いいです」
「すこし、お話しできますかね。日本語はお分かりですか」
「ええ、大丈夫です。わたしの病気はなんだったのですか」
「一種の感染症でね、あなたは免疫が無かったらしく症状がひどくなったようです」
「治るんですか」
「勿論です、もう峠を越したようだから数日で退院できますよ」と励ますように言った。
なに、数日だってと彼は心配になった。「今日は何日ですか」
「ええと」と医者は腕時計を見た。「五月三日ですが」
なんだと、明智はペガサスを一週間後に迎えによこすと言っていた。そうするとあと二日しか余裕がない。
「明日退院できませんか」
医者は呆れたように彼を見た。
「大事な要件がありましてね。どうしても行かなければならないところがあるのです」
「無理ですよ」
エラいことだ、もしペガサスとドッキング出来なければ永久に三十一世紀に無宿者として取り残されて野垂れ死にをする。
ふと思いついて彼は医者に質問した。「放射能と関係がありますか」
不審げな顔をした医者に言った。「実は昨日は防護装置を付けずに外を大分歩き回ったんですが悪かったでしょうか」
「いや、関係ないでしょう。それよりか疲労するほど歩き回ったとか、体が冷えたとかということなら発症を誘発したかもしれない」
彼の顔が真っ青になって喘ぎだしたのに気が付いて医者は慌てて酸素マスクをかぶせた。