「今現在の体調はどうですか。五感は正常ですか」と明智は問うた。
「そうですねぇ」とアリャアリャは舌なめずりをしながら、どうやら正常に近いようですね、と応じた。「視覚、聴覚は問題ないようです。味覚もどうやらあるようだ」と手前のジュースをまた一口上品に舐めた。
「臭覚はどうです」
「さあ、分かりません。なにか匂っているのですか」
「いやいや」というと彼はポケットから葉巻を取り出して火をつけて煙を相手に吹きかけた。
「なるほど、臭覚も問題ないようだ」
「それはよかった。ところであちらの様子はどうでした。今とは大分違っていたでしょう。日本語はまだ通用していますか」
「ええ、それは大丈夫です。近過去といっても三十一世紀から見てですが、地球規模の核戦争があったらしい。日本も放射能汚染がひどいようでね。外出するときには防護服を着用しないといけない。とくに生殖器を保護するために皆褌を占めているんですよ。異様な光景でしたね」
「フーン、海外でもそうなのかな」
「滅亡した国家も大分あるらしい。まあ、一週間滞在したと言っても正味は二、三日ですからね。観察できたのは。病院に何日か入っていたし、到着後は実体化するまでは相当慌ててジタバタしましたから周囲を観察する余裕もなかったし」
「そうですか。大変でしたね。なにかお仕事に役立つようなヒントが見つかりましたか」
「とんでもない、あまりに違いすぎて現代とは繋がりませんよ。そういえば、放射能汚染で種の絶滅の危惧が深刻でしてね。健全な精子や卵子が枯渇する恐れがあるというので、健康な精子などを集中的に採取する枠組みが出来ていましたね」
「どうするんですか」と彼は葉巻を口から離した。
「健康な生殖細胞をプールして人工授精するシステムがあるらしい」
「昔の売血と同じですね。それで受精卵は母体に戻すのですか」
「そんなことは不可能でしょう。誰の子宮に戻していいか分かるわけがない。それに受精卵は細胞分裂を繰り返して最大1024個の受精卵のコピーを作って人工の孵化器で処理するらしい。誰が親か決められないようですね」
「それじゃどうするんですか。胎児の孵化、分娩、保育、教育はどうなるんだろう」
「全部、国家がやるんじゃないですか」
「ふーん」
「それでね、私が虚体のまま到着したのが偶々精子採取現場の病院でしたよ」
「するってと社会的には大変動が起こるのではありませんかね」と思案気に呟いた。
「なんでも、星蛸の強い勧告が出て、家族制度を廃止するという計画があるらしい。国会で議論が進んでいるようでしたね」
「それは揉めるでしょうね。もっとも星蛸は今でも家族制度の廃止を提案していますものね。今度は、今度はという言い方はおかしいが、それしかないかもしれない」
「素晴らしき新世界というわけにいきませんね」