穴村久の書評ブログ

漫才哲学師(非国家資格)による小説と哲学書の書評ならびに試小説。新連載「失われし時を求めて」

66:個性の問題

2021-05-26 05:51:23 | 小説みたいなもの

「お疲れじゃありませんか」

「それほどでもない」

「星タコの世界ではどうなんですかね、家族なんていうのはそもそもないのかな?」と殿下は問いかけるでもなくつぶやいた。

「さあ、どうなんですかね」

「さっきの精子バンクではないが、一つの受精卵から1024個というか1024人というか、子種を育てた場合はみんな同じ人間になるのかな。個性なんて無くなるのかしら」

「さあね、そういえば何時か新聞か何かで読んだんだが、三つ子や双子を生んだ母親のインタビューだったが、一人ひとり顔つきも性格も違うし見分けられるというんだな」

「全員がそうなのかな、それともそういうケースもあるということですか」

「さあね、私も専門家ではないから分からない。たまたまインタビュー記事に出ていた母親の話ですからね」

「たしか一卵性多胎児の性格とかIQについては心理学的な研究が昔からあったようだが、どうなのかな」

「そうねえ」

「犬や猫はいっぺんに複数生まれるのが普通でしょう。あれも一匹ごとに個性が違うのかな。そんな研究はあってもいいわけだがな。日常的なことだからね」

「考えてみると不気味と言うかホラーだね。一組の両親から一度に1024人の子供がうまれるのと同じことだからな」

「どうなんですかね、理論的な最大値が1024人と言うことでその時の客観情勢で一人の時もあれば四人、八人とかの時もあるということでしょう」

「そうだろうねえ、毎回人口が1024倍に増えていたらすぐに人類はパンクしちゃう」

 明智が思いついたように発言した。「なにも上限は1024人である必要はないんじゃないかな。要するに2の乗数ならいいわけでしょう?」

「そういえばそうだね。コピーの精度が落ちていくのかな」

「なるほど。いずれにせよ、人口調節庁と言うか省というかそういう役所が出来るんでしょうな」

「そうでしょう」

「おっと、そろそろジュースが効いてきたようですよ」と明智が注意した。殿下が自分の手を見下ろすと実体化して見えてきた。

「いや、これがなくて向こうでは困りましたよ。タイムマシンに乗るときに持たしてくれればよかったのに」と殿下は恨みがましく言った。

明智は笑って、この薬剤も幽体化してしまいますからね。向こうでは使えないんですよ」

「そうか」

「ところであなたは今度の発明を商品化するのですか」

「とんでもない。そんな考えはありません」

「どうしてです。地球の上の高々百キロの旅行にも何億円と言う金を払う人間がいるじゃないですか。これはいくらでも高く売れますよ」

いやいや、と明智は首を横に振った。ふと殿下の脳裏にかすかな疑念が生じた。