穴村久の書評ブログ

漫才哲学師(非国家資格)による小説と哲学書の書評ならびに試小説。新連載「失われし時を求めて」

キッカーダダ漏れ

2022-12-07 08:01:49 | 小説みたいなもの

 残業を一休みして、出前で取った中華料理屋のどんぶりを食べ散らかした後で一服しているときだった。金曜日の取締役会に中期経営計画の稟議をだすというので企画室では全員で連日残業が続いいる。四海の部署では怪しげな中期需要予測なる占いを多変量解析を駆使して、正確には多変量解析の怪しげな数字に振り回されて、連日深夜まで課員は追いまくられているのである。
 消失寸前といった消耗しきった表情をした古村が「あのPKはおかしいな」と言った。「PKと言うのは大体成功率は八割くらいだろう。五本蹴って一本失敗する程度じゃないか」
 あまりサッカーの試合を見たことのない四海はそんなものかと思った。
「そういえば、なんでも三回続けて日本は失敗したというな」と今朝のニュースを思い出した。
「おれは四時から中継を見ていたんだ。あんな馬鹿なことはないよ」
「それじゃ徹夜したの」
「そうさ、もう三十数時間以上も寝ていないんだ」と彼は消滅寸前のように消耗しきった様子だった。
「ということは、ゴールキーパーに読まれていたということか」。八百長でなければそういうことになるのだろう。
「そうだろうな、偶然と言うことはないだろう」
なるほどね、キッカーの意図が読まれていたらしい。いうなれば頭の中の計画が相手に丸見えになっていたのだろう。これじゃ自我のダダもれじゃないかと四海は感じた。
 ところが今朝のスポーツニュースではグループリーグで日本に負けて二位通過したスペインがモロッコ相手の試合で延長戦でも決着がつかず、PK戦になったという。そしてなんと強豪スペインがPK戦で三回連続して失敗したという。まるで前日の日本戦と同じだ。するてえと、と四海は考え直した。前日のサッカー通の友人がいうような確率などないのだ。