穴村久の書評ブログ

漫才哲学師(非国家資格)による小説と哲学書の書評ならびに試小説。新連載「失われし時を求めて」

相手はシカイ君?と言った

2022-12-12 09:03:28 | 小説みたいなもの

 翌日夜八時をまわった頃にまた電話が鳴った。昨晩のしつこいやつかなとは思ったが、相手を突き止めようと受話器を取り上げた。
「シカイ君」と語尾を上げてきた。野太い中年男の声だ。なんだなんだ、シカイ君だと、なれなれしく言うやつだ。そんな呼び方をするのは会社の同僚ぐらいだ。昨晩かけてきた奴なら今日昼間会社で連絡してくるはずだ。戸惑った彼は受話器を持ち直した。「どなたでしたっけ」。相手の言い方からすると、人生のどこかで知り合った人物かもしれないので彼は慎重に間を置いた。
「いや失礼。新木田高校の黒田です。御無沙汰しています」と一転トーンが下がった声をだした。すると高校の同級生か、と彼は記憶の領域をサーチした。「E組のさ」と相手は重ねた。
「ああ、思い出したよ、クロちゃんか。久しぶりだな。卒業以来じゃないか」
「そうなるかな」
「びっくりしたよ。失礼した」
「いまいいかい」と心配そうに聞いてきた。「うん、何だい」
「じつはね、今度同窓会の幹事をやらされたんだ。それで出欠を取っているわけなんだ。来月の十五日を予定しているんだが、ちょうど忘年会のシーズンだろう。いろいろと予定が重なる人もいるだろうと思って確認しているんだ」
「わかったよ、ちょっと待ってくれ」というと手帳を取り出してめくった。「金曜日か、会社の忘年会なんだ。悪いけど都合がつかないな。どうして年末の忙しいときにやるんだい」
「一松がさ、例のデブイチが今度アメリカに転勤するんだ。来月にさ。それで彼の送別会も兼ねてというんでこのタイミングになったわけだ。残念だな」
「申し訳ないな。ところで君はどうしているの」
「不動産会社にいるのさ」というとふと思い出したように「君の家は売りにだすのかい」
いかにも不動産会社の人間らしい商売気だと思った。
「いやそんなことはないよ。オヤジが売る気なんかまったくないからな」
「そうか」と彼は不思議そうな声を出した。
「なぜそんなことを聞くんだい」
しばらく彼は躊躇っていたのか沈黙したが「実はね、この間君の妹にあったよ」と切り出した。
「え、どこで」とシカイも頓狂な声をあげた。
「会ったというのとはちがうんだな、見たというべきかな」と訳の分からないことを言ったのである。