黒田は妹を知っていたかな、と思った。そうか高校一年の時だった。彼を家に誘ったことがあった。裏木戸を通って縁側から部屋に上がろうと庭を通った時にいきなり妹が庭の隅にある植込みの後ろから出てきたのだった。その時の様子に二人が驚いた。四海も驚いたのは妹の容貌が一変していたからである。どちらかと言うと目立たない容貌で、たしか彼女は中学にあがったばかりだった。中学生になってもいつも親指をしゃぶっていた。目立たない娘で親指しゃぶりのほかはひどい偏食であった。食べるものと言えばポテトチップスとミカンだけなのであった。
その庭の隅はクチナシや無花果の茂みの後ろにあって昼でも日の射さない一隅で一年じゅう湿気でジュクジュクしていた。一時は今のように公用機関の生ごみ回収サービスが充実していなかったので、灌木と高い塀で囲まれた狭い空き地に穴を掘って生ごみを埋めていた。梅雨時はカエルがじっと動かないでうずくまっていたりした。カエルを狙ってか青大将が現れることもあるといって、家人も近づかない場所だった。
そんなところ妹が何をしていたのか分からないが、いきなり我々二人の前に出てきて睨みつけたのである。黒田はぎょっとして悲鳴をあげた。その目つきが一変して異様に光っていたのである。なんで我々を睨みつけたのか、黒田を連れて来たので睨んだのか、理由が分からない。しかし、その後彼女は一変した。親指はしゃぶらなくなったが、四六時中目つきが鋭く光っている。性格も一変して自己主張の激しいわがままな性格になった。
後に彼は蛇眼という言葉があることを知ったがまさにそのようであった。彼女が高校に入ると行動はより奔放と言うか無軌道になり、同級生や大人の男性と遊びまわるようになった。
あまりに相手が多すぎて彼にもよくわからないが、案外黒田も付き合っていたのかもしれない。妙に男好きのするオンナになっていた。オートバイの後ろに乗って男に後ろからしがみつきながらスピードをあげさせたりしていたらしい。そういう噂をよく聞くようになった。
「見たと言うのはどういうことだい」と彼は聞いた。「話はしなかったのか」
「うん、彼女が男性と話し込んでいるところを見たのさ」
「どこで」
「さるホテルのロビーだよ」
「どんなホテルだ」と彼はつい直截にきくと、黒田は笑って「シティホテルさ、我々がよく商談に使うようなホテルのロビーだ。別に怪しいところじゃない」と黒田は安心させるように言って笑った。