築八十年を超える彼の家はあらしの夜は巨大なパイプオルガンとなって身をゆすって唸りだす。木造家屋で乾ききっていない木材を使ったのが長年にわたって乾燥して縮んだとかもしれないと彼は思った。いたるところに隙間が出来て風の通り道が出来た。風は入ってきて気ままに家の外に抜けていく。
風の通路は無数にあるようだ。パイプオルガンの比ではない。実に様々な悲鳴、唸り声、すすり泣く声を発生する。大体において不快な音である。それにつれて家全体がきしんで、またそのギシギイガタガタする音が不協和音を出す。例えば風呂場のドアから入ってくる風は人声に似ている。幽霊がむせび泣くような音を出す。彼は泥棒が入ってきたのではないかといつも思った。子供のころは暴風の夜は怖くて風呂場のそばにある便所には一人で行けなかった。
あるいは、と彼は考えた。戦争中近くに米軍の直撃爆弾が落ちたと言うから、その時の衝撃振動で家全体のたがが緩んでしまっているのかもしれない。勝手に乾燥の充分でない材木を使ったなどと言いがかりをつけると大工が怒るかもしれない。
もっとも日本では昔から草木も眠る丑三つ時には軒先が三寸下がると言うことばもあり、日本家屋も見ようによっては乙なものかもしれない。当今のコンクリートで固めた単純な独房スタイルのマンションではこのような情緒?は経験できない。