とうとう彼はフンドシを巻くのをあきらめて客室のフロアの上にほどかれた帯のようになっているフンドシをそのままにして外出しようとした。そのときに彼の脳裏に天啓のようにあるアイデアがひらめいた。この客室にはキチネットがついている。かれはシンクのしたの収納を開けてみた。簡単な調理用具が並んでいた。そのなかに彼の予想したようにアルミホイールがラップの横においてあった。
かれは物理学にはとんと弱いのであるが、アルミは放射能防護の機能があるのではないかと思った。少なくと電波は通さない。そのくらいの知識はスマホの経験から知っている。放射能が電波と同じかどうかは全く知らないが、無いよりかはいいだろう。アルミホイールは軽いしかさばらない。しかし体に巻いたらごわごわしそうだ。まあやってみるか、とかれはシャツとズボンを脱いで装着してみた。どうもぴったりとこない。すこし歩いてみたらたちまちアルミがくちゃくちゃになって破れてしまった。それに歩くたびに擦過音というか摩擦音がする。これでは周りの人に不審に思われる。
彼は面倒くさくなってフンドシを付けずに建物の外に出てみた。この建物の周りは大きな駅のそばだから人通りは多いのだろうと思ったが、彼の予想よりかははるかにすくない。みんな男性も女性もフンドシをしている。子供も勿論している。していない人もたまにいたが、すでに生殖適齢期を過ぎた老人ばかりだった。
しばらくその辺を歩き回ってみたが、どうも何か変だと感じた。そうか、歩きながらスマホを見ている人間が一人もいないのだ。どうしてだろうと思った。きっとこれは文明の進化なのかもしれない。星人と言うよりかは星蛸と言ったほうがいいが、彼らの指導勧告で人間も文明も進化したのかもしれない。ピクチャー・シンキングと言うのは未開人の特性なのだから。
さすがに7,8世紀も経過すると文明も進むものだ。やがて人類も絶対精神に達するのだろう。人類より文明化の歴史が五百万年進んでいる星蛸はもう絶対精神の直前にきているのかもしれない。人類が幼年期を脱するのはあと何世紀ぐらい必要かな、と彼は考えた。
街はネオンの類が全くないので薄暗いのだが、彼はふと立ち止まると明るい店内を覗いた。レストランらしい。入ってみた。別に腹は空いていなかったが、コーヒーでも飲めるかなと思ったのだ。コーヒーはまだメニューに載っていた。店内は空いている。。かれは席につくとコーヒーを注文した。店内を見渡すとここでもスマホやラップトップPCにかじりついている田舎者はいない。連れのいない客は新聞なんか読んでいる。本を読んでいる客もいる。そうか新聞という媒体はまだあるのだ。23世紀のジャーナリスト諸君安心したまえ。