教育カウンセラーの独り言

今起こっている日本の教育の諸問題と受験競争の低年齢化している実態を見据えます。

皇皇后両陛下のお言葉から生きる勇気を与えられる日本国民は幸せである

2011年12月24日 21時16分38秒 | 国際・政治
2011年12月23日 23時54分41秒 | 政治
◆天皇誕生日(12月23日)は、テレビ映像で、天皇皇后両陛下のお姿を朝早くから拝見する1日であった。今年は、東日本大震災、大津波大被害、福島第一原発大事故被災という未曽有の天災・人災が重なったこともあり、天皇皇后両陛下が被災地を行幸されるお姿の映像にしみじみと、皇室と国民との距離の近さを実感さられた。天皇家の私的な神事として、暑い日も、寒い日も、欠かさず国家国民の幸せを祈念され続けているその姿そのものが、被災地において現実に表れていると実感させられた映像であった。
 被災地の1つである漁村のある漁師の男性が、天皇皇后陛下訪問を当初、絶望のあまり冷ややかに見ていたところ、皇后陛下から直接、「漁師をされているのですか」など優しい声をかけられて、その一瞬、かたくなになっていた心が溶けるようになごみ、生きる気力を取り戻したという話がレポートされていた。「あの言葉の力は何だったのだろうか」と不思議な気持ちを抱きながら、いまでは、漁船に乗り組み、海の清掃にも元気いっぱい取り組んでいる姿が映し出されていた。行幸を受けて声をかけられた人々はみな、同じような体験をしているようだった。
 天皇皇后両陛下は、決して「がんばって下さい」とはおっしゃらない。とくに皇后陛下は「生きていて下さりありがとう」と声をかけていた。
◆関東大震災から今年は88年になる。昭和天皇陛下は、東京の被災地を馬で視察されて、死者10万5000人を出した震災に心を痛められ、「出来ることは、何でもやれ」と政府と東京市(当時)に命じられ、皇室財産から230億円を支出、皇室の土地や施設を被災者のために開放されたという。皇居周辺の土地には、テントやバラックが建ち並び、医療チームも派遣されたという。そのとき、様子を撮影した古いフィルムが、テレビに公表されていた.
昭和天皇陛下は、皇居から外を眺められて被災者たちが、白米を食べられず、麦メシを食べているという話を聞き、「自分も麦メシを食する」と側近たちに言われたという。被災者たちの苦しみを自分の苦しみとして共有しようという思いからだったようだ。
 この昭和天皇陛下の思いを、今上天皇皇后陛下も受け継がれているのだ。

本日の「板垣英憲(いたがきえいけん)情報局」
天皇家が中国台湾の「李家」に預けていた「金塊」が、いわゆる「M資金」まがいの悪質な「金融詐欺事件」を生み出そうとしている、くれぐれも要注意!

◆〔特別情報①〕

 天皇家が中国台湾の「李家」(イルミナティ13家の1つ)に預けていた「金塊」の1部(16京円相当)を引き出して、東日本大震災の復旧復興と米国経済再生に半分ずつ提供することを決め、すでに実行しつつある。日本国内では、日本銀行を頂点に、「3つのメガバンク→地方銀行」に流して、中央・地方の大企業・中堅企業に配分して、東日本大震災の復旧復興に当てているという。
この仕組みについては、板垣英憲「情報局」の10月4日付けブログで説明した通りである。

つづきはこちら→「板垣英憲(いたがきえいけん)情報局」*有料サイト(申し込み日から月額1000円)

「板垣英憲情報局」はメルマガ(有料)での配信もしております。
お申し込みはこちら↓
引用元 http://blog.goo.ne.jp/itagaki-eiken
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渡辺喜美に期待したが失望させられた   

2011年12月24日 21時09分24秒 | 国際・政治

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 来年は政局が動く。

 その時みんなの党はどのような位置を占めるのだろうか。

 私は「もう一つの日本」を立ち上げようした時、渡辺喜美の政治力
に期待した。

 私の住んでいる那須塩原市は渡辺喜美の地元であり、有権者の一人と
いう特権を使って彼に面会を求め、私の思いを伝えた。

 私の面会要請にあっさりと応えてくれた渡辺喜美は、その時地方分権
の重要性を唱え、脱原発を唱えて、私に期待を抱かせた。

 これに応じて私は、今こそチャンスだ、那須野が原から再生エネルギーを
柱にした共生地域社会を目指す時だと訴えた。

 彼は驚くほど素直にそれに賛同し、6月には地元で記者会見を開いて
それをぶち上げた。

 しかしその後が続かなかった。

 いまではすっかり地元の事を忘れ、橋下人気にあやかって来年の総選挙
での躍進ばかりを口にしている。

 愚かだ。

 橋下を超えなければならない。

 地元の那須塩原の住民の先頭にたって日本の再生は那須野が原
から起こすという発想がなぜ出てこないのか。

 いまからでも遅くない。

 渡辺喜美よ。

 那須塩原に戻って那須野が原から「もうひとつの日本」を立ち上げる
と宣言してみろ。

 それが成功すればおのずと運命を切り開くことができる。

 橋下をしのぐ国民的政治家になれる。

 それが分からないようでは政治家としての器量はないということだ・・・

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