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小澤一郎 | サッカージャーナリスト
2016年1月6日 8時30分配信
(写真:長田洋平/アフロスポーツ)
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1月5日に行われた第94回全国高校サッカー選手権大会の準々決勝で昨年度準優勝校の前橋育英(群馬)を1-0で破り、初のベスト4入りを果たした國學院久我山(東京A)。
「文武両道」や「華麗なパスサッカー」といった謳い文句で近年は注目度と存在感を高めながら一歩ずつ強豪校への階段を登っている國學院久我山だが、4強に残った星稜(石川)、東福岡(福岡)、青森山田(青森)のようなJユースに引けをとらない全国トップレベルの高校と比較すると選手層や練習環境の面で大きなハンディキャップを持つ。
■強豪校らしからぬ恵まれない環境と厳しい制約
例えば、國學院久我山の練習環境は「並の高校サッカー部以下」と言っても大袈裟ではないほどに恵まれていない。野球部と半面を分け合う人工芝のグラウンドはサッカーのフルコートが取れない狭さで、今年度初の200人超えとなった大所帯のサッカー部(208人)が一斉に練習を始めた時には「すし詰め状態」という表現がぴったりなほどに一寸の余地もなくなる。当然、授業後の平日のトレーニングにおいては紅白戦、戦術練習はおろか、5対5のようなポゼッション練習もできない。
また、男女別学で最寄り駅から学校までの登校ルートも男女で分けられているように國學院久我山の校則はとにかく厳しい。高校は18時10分完全下校が徹底されており、そこに「サッカー部は全国レベルだから」「大事な公式戦前だから」という例外は通用しない。偏差値70を超える進学校らしく勉強時間を確保する狙いもあっての規則だが、サッカー部は朝練も自主練のための時間もなし。長年、平日2時間程度の練習時間でテクニックと判断力を高め、ボールを大切に扱うサッカーを落とし込んでいる。
サッカー部はスポーツ推薦対象クラブの一つであるため、セレクションを実施した上で有望な選手を推薦入学で獲っている。しかし、評定平均の基準が高いため毎年のようにスタッフが欲しいと考える選手を獲れない事態が起こる。しかも、推薦で獲れる選手の数も一桁に抑えられている現状だが、こうした学校側からの様々な制約について李済華(リ・ジェファ)総監督は次のように話す。
「制約があるからアイディアと工夫が生まれるんです。制約があることで創造性も出てくる。逆に、制約のないところで創造性は出てこないと思いますよ」
まさに逆転の発想だ。
■監督交代と共に「制約を受け入れる」度量も継承
李総監督からのバトンタッチを受けて就任1年目にして「選手権ベスト8」だったチームの最高成績を塗り替えた清水恭孝監督も厳しい制約の中での指導についてこう続ける。「部員数が多くなってしまったのでスペースがあると嬉しいのは確かですが、欲を言ったらきりがないので。(サッカー部専用グラウンドを)一面欲しいだとか、コーチがもう少し必要だとか、いろんなことが言えると思います。ただ、久我山は久我山なので。久我山のあるべき形の中で成果を出すんだと。成績の低い子を獲れたり、部員数を制限してまで勝たなければいけないというのは久我山ではありません。この中で成績を出さないと久我山ではないと思っています」
清水監督をはじめ、國學院久我山の指導スタッフは基本的には李総監督が創設したジェファFCから派遣される外部コーチだ。5年前に國學院久我山のコーチに就任した清水監督は、李総監督が1993年にジェファFCを立ち上げた当初から右腕を務める。「李さんとは20年一緒にやっていますので、認めてくださるかはわかりませんが李さんの考え方はある程度理解しているつもりです」と話す清水監督は國學院久我山サッカー部の監督、外部コーチとして求められる「制約を受け入れる」度量も前任者からしっかりと継承している。
「李さんがクラブチームを立ち上げた時からお手伝いをしているのですが、最初は本当に小さい公園からのスタートでいい環境ではありませんでした。私は教員ではないので、(外部コーチが)プロの指導者だとすれば、『与えられた環境でやる』というのが私たちの仕事のスタンスです。『環境を変えなければ結果が出ない』というのは言い訳だと思っています。ならば引き受けなければいいだけの話しですから。与えられた環境の中で精一杯努力するというのが私たちのスタンスであり、それが久我山のいいところだと思っています」
■「規則の二重性はない」という外部コーチとしてのモラル
李総監督は『外部コーチ』のスタンスを次のように説明する。「久我山に来てもらうコーチたちに最初に言うのが、『学校の文化、規則を尊重しなさい』ということ。規則の二重性はないよと。極端な例ですけど、学校が茶髪を許せばサッカー部も許す。私はそういうものだと思っています。逆に、学校がダメなものは絶対に許さない。ただそれだけ。それは外部コーチとしてのこちら側のモラルです」
今大会の國學院久我山にもジェファFC出身の選手が2名(小林和樹、澁谷雅也)レギュラーとして活躍しているが、毎年のように「戦力としては久我山に欲しいんだけれど、評定平均不足で関東の強豪校に泣く泣く送り出す選手がいる」(李総監督)のが事実だ。しかし、李総監督、清水監督ら外部コーチはこれまでも、そしてこれからも絶対に学校に特別な計らいを期待(依頼)するようなことはしない。
1年生ながら國學院久我山のゴールマウスを守るGK平田周は前橋育英戦後、「僕は与えられた環境で結果を出すことに少し憧れを持ってやってきました。『カッコイイ』とまでは言わないですけど、久我山というのは文武両道のチームで、高校サッカーにおいて他校には見られない、もしかすると1つだけかもしれないチーム。そこにすごく誇りを持っています」と話した。
こうした選手の言葉の裏には、サッカースタイルのみならず、外部コーチ、職業『サッカー指導者』としての確固たる哲学とモラルを併せ持って学恵まれない練習環境、学校の厳しい制約といった諸条件を全て受け入れ、「与えられた環境で結果を出す」ことを誓いながら着実にチーム強化を図ってきた李総監督、清水監督の美学と指導者としてのモラルがあった。
小澤一郎
サッカージャーナリスト
1977年、京都府生まれ。早稲田大学教育学部卒。スペイン在住5年を経て2010年に帰国。日本とスペインで育成年代の指導経験を持ち、指導者目線の戦術・育成論やインタビューを得意とする。多数媒体に執筆する傍ら、サッカー関連のイベントやラジオ、テレビ番組への出演も。主な著書に『アギーレ 言葉の魔術師』(ぱる出版)、『サッカー日本代表の育て方』(朝日新聞出版)、『サッカー選手の正しい売り方』(カンゼン)、『スペインサッカーの神髄』(ガイドワークス)、訳書に『ネイマール 若き英雄』(著|ルーカ・カイオーリ/実業之日本社)など。株式会社アレナトーレ所属
正月三が日も休まない練習や朝練は、『精神主義の偏重』のスポーツ教育の伝統ではありませんか。しごきや制裁では、スポーツの技術が、向上すると考えるのは悪しき習慣です。
無駄のない科学的なスポーツ医学に基づいた指導法に転換すべき時期に日本のスポーツ教育も来ているのでは有りませんか。
それには、サッカーに限らず指導者の日々の
勉強が必要です。
制約ではなく、合理的な頭と体の集中力と疲労度を考えた指導法の成果と思います。