田中耕太郎最高裁判事は無罪放免でいいのか
2018-12-04
ソウル中央地検がきのう12月3日、日韓関係の悪化を懸念する朴槿前政権の意向を汲んで、徴用工訴訟の判決を意図的に先送りしたとして、最高裁の前判事らに逮捕状を請求したという。
ただでさえ徴用工判決をめぐって日韓関係は最悪だ。
文在寅大統領はこの問題の追及を緩めてもいいはずだ。
それにもかかわらず、ソウル中央地検、つまり文在寅政権は、朴槿恵前政権の政治的圧力に屈して判決を意図的に引き延ばした前最高裁判事らに対する訴追の手を緩めなかった。
これを要するに、文在寅大統領政権は、民主主義の大原則である三権分立、すなわち司法の行政からの中立を貫こうとしているのだ。
もちろん、その背景には韓国世論の後押しがある。
この韓国の動きは、否が応でも日本の安倍政権に跳ね返ってくる。
いや、そうならなくてはいけない。
すなわち、今こそ砂川判決をめぐるわが国最高裁の政治的関与を白日の下にさらして国民の審判を受けさせなければいけないのだ。
あの安保闘争の直前である1959年に砂川訴訟が起きた。
米軍基地拡張に反対したデモ隊の一部が米軍基地に侵入し、逮捕された事件だ。
その訴訟で当時の伊達秋雄東京地裁裁判長は、在日米軍は軍隊不保持を定める憲法9条違反、つまり日米安保条約は違憲、とする判決を下した。
いわゆる歴史に残る伊達判決である。
ところが当時の検察は高裁を通り越していきなり最高裁に跳躍上告し、そこで田中耕太郎最高裁長官は、高度の政治的判断は司法になじまないという統治行為論を持ち出して、差し戻し判決を下し、その結果、東京地裁は逆転判決を下して米軍基地に不法侵入した被告らの有罪が確定された。
ここまでは皆が知っている。
ところがそれから半世紀ほどたって極秘の米国公電が見つかったのだ。
そこには、田中耕太郎最高裁判事(裁判長)が、なんと当時のマッカーサー駐日米国大使(マッカーサー総司令官の甥)と東京都内で密議をくりかえし、伊達判決を悪しざまに批判し、差し戻し判決で否決する事をマッカーサー大使に約束していた証拠がなまなましく書かれている。
この事実が明るみなって、当時有罪判決を受けた被告らが砂川裁判の再審査請求訴訟を起こしたのは当然だった。
しかし、この歴史的な砂川訴訟再審査請求訴訟を、メディアは一貫して一切取り上げず、国民が全く知らないまま、最高裁で却下されて、この前代未聞の、わが国の最高裁判事の政治介入がなかったことにされてしまったのだ。
これ以上ない司法の政治介入である。
今度の韓国の元最高裁判事逮捕のニュースは、否が応でも日本と韓国の司法の中立性の違いを見せつけてくれる。
今度こそメディアは大きく報じるべきだ。
田中耕太郎を頂点とする日本の司法は政治的中立を放棄し続けて来たのではないかと。
その成れの果てが、安倍政権下における司法の崩壊であると。
それでもメディアが書かないようであれば、メディアもまた同罪だ。
権力の監視役であるメディアが政治的中立性を放棄したらお終いだ。
国民は浮かばれない。
果たして田中耕太郎最高裁判事の政治関与を糾弾するメディアが出て来るだろうか(了)