本日はアート・ファーマーが1955年に吹き込んだ「イヴニング・イン・カサブランカ」をご紹介します。原題は「アート・ファーマー・クインテット・フィーチャリング・ジジ・グライス」なのですが、それでは区別がつきにくいためかCD版では収録曲の1つをタイトルとして付けたようです。原題通りアルト奏者ジジ・グライスとの共演作で、6曲中5曲がジジのオリジナル曲とプレイヤー兼作曲家として大きくフィーチャーされています。ファーマーとジジはライオネル・ハンプトン楽団時代からの盟友でウマが合ったのかたびたび共演しており、前年には「ホエン・ファーマー・メット・グライス」でも共演していますし、「アート・ファーマー・セプテット」でもジジがアレンジャーを務めています。リズムセクションはデューク・ジョーダン(ピアノ)、双子の弟アディソン・ファーマー(ベース)、フィリー・ジョー・ジョーンズ(ドラム)です。
アルバムは唯一ジジ作曲ではない"Forecast"で始まります。本作でピアノを弾いているデューク・ジョーダンのオリジナルで、彼自身も同年のシグナル盤で取り上げている痛快ハードバップです。2曲目以降は全てジジのペンによるもの。まずはタイトルにもなっている”Evening In Casablanca”。中東っぽいエキゾチックな旋律で始まる哀調あふれるマイナーキーの曲です。3曲目”Nica’s Tempo"はホレス・シルヴァー”Nica’s Dream"やセロニアス・モンク"Pannonica"等と同様に当時多くのジャズミュージシャンのパトロンだったパンノニカ男爵夫人に捧げられた曲です。4曲目"Satellite"はノリノリのハードバップで、思わず歌詞をつけて歌いたくなるようなメロディが印象的。5曲目”Sans Souci”は憂いなしを意味するフランス語でドイツのサンスーシ宮殿が有名ですが、ここではカリブ海にある島の名前のようです。南国風の明るい雰囲気に満ちた魅力的な旋律でズバリ本作のベストトラックと言って良いでしょう。"Nica’s Tempo”と”Sans Souci”はジジの自信作と言うこともあり、2年後にドナルド・バードとの共演作「ジャズ・ラブ」 でも再演されています。ラストはファンキーな”Shabozz”で締めくくり。後にソフトジャズ路線に転じるファーマーのコテコテハードバップが味わえる傑作です。