■「ヴィヨンの妻 桜桃とタンポポ」(2009年・日本)
監督=根岸吉太郎
主演=松たか子 浅野忠信 室井滋 伊武雅刀 広末涼子 妻夫木聡
●2009年日本アカデミー賞 主演女優賞・美術賞
何故だか、近頃無性に太宰治が読みたかった。今までまともに読んでこなかった反省もあるけれど、文豪たちの作品にも意外にポップな印象を受けるものがあったり(例えばこちら)、主人公の視点に共感できるもの(例えばこちら)をいくつか発見したことがあるからだ。太宰が描く男と女をもっと味わってみたくなり、次に読む本に「ヴィヨンの妻」を選んだ。
言いようのない不安感から自堕落な生活を続ける小説家。そのせいで苦しい生活をしながらも、明るく振る舞い続ける妻。帰らぬ夫を待ち続ける耐える女を描く訳でなく、それでも夫を思う恋するような気持ち、夫の考える幸福観など、男と女について考えさせられる。原作はあっけない印象すらある短編。映画化はどんなものだろう・・・想像が膨らんだ。
生誕100年を記念して代表作が次々と映画化されたが、この「ヴィヨンの妻」は同名の原作だけでなく太宰作品の短編のエピソードを付け加えられた田中陽造のオリジナル脚本。小料理屋の客(妻夫木聡)が口にする作品評や、愛人の部屋にある本などで他の太宰作品をちらつかせながら、浅野忠信扮する小説家を現実の太宰治を思わせる人物としている。太宰作品らしい雰囲気を演出しているのだろうが、そのせいで妙に重々しいものになってしまった。だが、映画を見終わって思うのは、あっけない印象すらもつ原作「ヴィヨンの妻」の物足りない部分を補うことで説得力が増したとも思えるのだ。
「人でもいいじゃない。私たちは、生きていさえすればいいのよ。」
この台詞だって、原作だとどこかあっけらかんと聞こえる。映画では、愛人との心中未遂までした後で人と叩かれる夫に向けられた台詞となる。そこまでして聞くと同じ台詞でも重みが全然違うのだ。
松たか子をキャスティングしたことはまず正解だったのではなかろうか。浅野忠信のボソボソとしたしゃべりとはきはきした松たか子の対比が、夫婦のすれ違いを感じさせるのに成功している。また松たか子の誠実そうなパブリックイメージが、原作よりも増幅された耐える女像には向いていたに違いない。今にして思うと「告白」の役柄がいかに冒険だったのかがよくわかる。また、愛人役の広末涼子のスレた演技がなかなか素敵。昔のビール広告に出てきそうなウェーブのかかった前髪と眼鏡が意外にもよく似合う。ちょっと見直した。小料理屋夫妻の伊武雅刀と室井滋の人の良さそうな感じがぴったり。太宰治をもっと読みたいと思った。
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