自然治癒力・確信と効果 平成25年6月2日
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リピートで、いまだに、難治喘息患者だった、Mさんの体験記は
読まれています。
去年冬、2度の緊急入院。
2度目の入院は、切迫した状況であったにもかかわらず、
わずか6日あまりで、
退院して、数か月間後の回復の速さに、担当医師から
体験記を求められ、病院関係者の方たちの前で 発表しました。
その原稿を、以前、このブログ(H.25/1/27) にも
投稿してくれました。
ディズニーランドで・・・
そして、今回の機会に改めて 其の後の報告を寄せてくれました。
少し長いので 分けて、発表させていただきます。
今日は、入院の原因 と、2度の入院時のMさんの信念と
体の反応の比較、がテーマです。
入院時の詳細は、Mさんの当時の手記[H.25/1/16~26]
を ご興味あるかたはぜひ、ご覧ください。
2度の入院当初、処置として、危険な状況であったので、即効的に、
ステロイドの点滴やボスミンの投与が 為されました。
特に 2度目の入院時では、救急車の中で、呼吸が止まりそうな状況
であり、医師からは、”今回は一度目より、長引きます” と
言われたそうです。
自然治癒力の働きを、Mさんは、入院中、如実に感じたようです。
例えば、痰の多さや、酸素吸入力の回復、車いすを使わず
歩けるようになるまでの速さなどは、一度目の入院時と比べれば
その違いがよくわかります。(下記表 参照)
ステロイドの点滴は、最初の入院時と比べ半分以下の量で
済みました。
2回の入院の際、S病院で、同じ処置を施されています。
それにもかかわらず、重篤だった2度目の入院時のほうが
はるかに体の回復が早かった という事実に 注目したいところです。
j難治喘息:ステロイド から 自然治癒力発露までの過程
私は8年程前、花粉症の症状が出て、その夏の夜に突然、
呼吸困難になるほどの激しい咳が 明け方まで 何日も続き、
喘息になりました。
アレルギーなどで 気管や肺の中が 転げ回るほどの痛みや
痒み 激しい咳、喘鳴、呼吸困難、何年も横になれず、座ったままで
睡眠をとり、家族と まともに会話も出来ない日々、
うつ病に近い状態の時もかなりありました。
今まで様々な本当に一流の先生方から治療をして頂き、
一般的な治療から免疫抑制剤を使った治療、
日本で一人と言われている先生の 減感作療法など、その他も
様々な方法で治療してきました。
どの先生にも、私の難易度の高い症状に、一度は、必ず、
”このままでは、死にますよ” と言われてしまう状態でした。
そのような状況の中、自然治癒力セラピー協会を紹介していただき、
2011年6月3日に初めてアートマセラピーを体験しました
私は 長い歳月、苦しい闘病生活の日々を重ねるうちに
いつの間にか、心の底から
「本当の意味ですべて良くなりたい・・・」と
祈り続けるようになりました。
須田先生のセラピーを受け、色々お話をしているうちに
「間違いなくこの方法だ・・・」
と 何か とても 強く感じ、お世話になることを 決心しました。
セラピーを始めた当初、私も、そして特に施術してくださる
須田先生にまでも動けなくなるほどの 想像以上の浄化作用(セラピー反応)
が現れ、驚き、戸惑う事も多々ありました。
それでも 必死にセラピーをして下さり 一緒に乗り越えてくださりました。
同時に、真理について勉強する機会を頂き、ベータやキリストの言葉、
般若心経などを通し、アートマ・・・自分の本質について知り
感じる事が出来、丁度その頃に 自分で読み続けていた本の内容とも
深く重なり、すべての現象は自分の中にある事、そして何より・・・
自分の本質はアートマである事を納得しました。
その頃から自分の気持ちが変わっていき、身体も
自然治癒力が高まり始めました。
窒息寸前の想像を超える痰の量が 数カ月間も続きました。
血痰も沢山出て、毎日使う、ティッシュの量は、1~2箱使う程、
浄化作用は更に激しくなっていきました。
“それでも大丈夫”・・・と思える、何か大きな自信を心の奥に感じられ、
家族の励ましや 協力の中 激しい浄化作用を
乗り越える事が出来ました。
お母さんへ、協力を惜しまなかったMさんのご家族・・・
その心の中の自信は、
”自分の本質はアートマなのだから 本来は今飲んでいる薬を無くしても大丈夫”
薬を、無くしてみたいという衝動に 駆られるほどでした。
そして、とうとう、自分の判断で、医師にも相談せず、数か月の間、少しずつ薬を
減らし無くしてしまう 無謀な行動 に出てしまいました。
その結果、1~2か月たった在る日のこと、突然の発作を起こしました。
その発作は 自分の限界以上であったので、、救急車を呼ぶ事態
になりました。
救急病院へ着いても、対応できない緊迫した症状のために、次次と断られ、
結局、4台もの救急車に乗りつぎ、やっと、S病院で 入院許可が下りました。
結局、其の一月後に、もう一回、合計、二度の同病院への、入院を招く事態に
なってしまいました。
しかし、このときの体験は、自分の身体に大きな変化とある自信を感じる
出来事になりました。
その実感は、一回目の入院より、二回目の入院時に感じました。
違いは、症状の 回復の早さでした。
2度目の入院は、ほんの 一度目の入院から帰宅して ひと月後でした。
発作は やはり、大きいものでした。
その大きな発作を起こしながら、救急車の中で、救急隊員の方が
”病院へ着くまで「頑張ってください!!!」”
と言い続けてくれた声を 虚ろに聞き、医師にも
“今回は長く入院を覚悟して下さい。” と言われるほど重篤でした。
加えて、医師から、最近では珍しい程の 大発作だから
命を無くしてもおかしくないと 家族に前もって言われてしまうような
状態でした。
一度目の入院時と 2度目の入院時の体の中の反応の違いの比較表
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ステロイド点滴 錠剤 酸素マスク 歩行 痰の出方
一度目入院 10本 毎日 6 錠 4 日間 5日目可 ほとんどなし
二度目入院 4本 毎日 4 錠 1日半だけ 3日目可 ティッシュボックス2箱/1晩
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一度目の入院時は 喘息発作は、薬で抑えられていた。
痰も ほとんで出ることがなく、常に、肺に圧迫感があった。
そのために、酸素が思うように肺に入ってこなかったという。
酸素マスクは 4日間つけ、酸素チューブに、替えられたのは
退院直前の日たった。
車いすを使用しない、自力歩行 に関しては 退院前日まで、
難しかった。
2度目の入院時は、かなり、一度目の時と異なっていた。
まず、痰 が自浄作用でどんどん出た。
酸素が 正常に、肺に入ってくるのも早かった。
よって、2 日目には マスクもチューブも、取り外せていた。
其の後は自力で 十分呼吸ができるようになっていた。
こうした 違いは、1回目の入院時と比べ 顕著だった。
車いすを使用しない、自力歩行 に関しては
一度目の入院時は 足が重く、退院前日まで、車いすだったが
二度目の入院時は、3日めから、歩くことも、難なく、できた。
2 度目の退院後は、肺の酸素吸入が満たされて、ステロイド点滴は
前回入院時(一度目と二度目の入院の間は 一か月)の半分以下
だった。
退院後は、ステロイド錠剤が、一日、4錠から、
一月毎に 1錠ずつ減らすことができて、
退院後、4 か月目には、1 錠になった。
セラピーを始めた当初は一日8錠 とっていたことを考えると
体への負担は軽くなっていた。
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追記)
Mさんは、これらの体験を通して、
内在する、自分の本来の生命力を観じ、自信へ繋がっていきました。
体のバランスをとることの大切さも この体験にはありました。
毎日8錠のステロイドを、何年間 もとっていたMさん、
医師に無断で減らして、ついに、ステロイドを全く、とらなくなって
直後の入院でした。
飲み続けていた薬を減らして 短期間で全く取らなくなるということは、
体に急激な 負荷を負わせることになったのでしょう。
”気 の流れ” も、それに伴い、大きな変化を余儀なくされたでしょう。
Mさんのように、副作用の強い薬を 常用していた場合は、、
特に、そのようなことがいえるようです。
Mさん撮影、滝の写真
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