長男(ドラ)ついに赴任の日が決まってしまった。
あと一週間ほどしか日本にはいられないらしい。
別に大学を卒業してからは家から出ているのだし、親子でものぐさぶりを発揮して、そう普段からマメに連絡を取り合っているわけではなかったが、やはり同じ東京に居ていざとなったら楽に会えるという安心感が背後にあった今までと違ってしまうんだろうなあ。
あんまり突き詰めて考えないようにしていたけど いざとなるとやっぱり寂しいものである。
先週はM子実家に二人で挨拶に行って来て あちらの祖父母や叔父さん叔母さんたち、いとこたちと たくさんの方たちに会ってきたらしい。
M子ママに言わせると 「何か二人とものんびりというか 海外に行くっていう特別感みたいなものがまるでないんですよね。まるで千葉あたりに引っ越すみたいな感じなんだけど大丈夫なのかしら?」
実は私もそう思っていて、こちらが住む所は? 荷物はどのくらい持っていくの? なんて聞いても 「まだはっきりしないんだよね」くらいのことを言っていたのが一週間前。渡航の便もまだはっきりしていないくらいでヤキモキしていたのだ。
こんなにノンビリしてていいものなのだろうか?と思っていたが本人たちは焦りも見せずに構えている。
対して 我が実家の両親である。
先日亡くなったみゃー地方の叔父が初めての海外出張の時、(まあ半世紀くらい前のこととは言え)水杯をして羽田に親戚一同で送りに行ったという事を笑い話として聞いたことがある。
しかし、未だにその感覚が残っているようでもある。
「ドラの行く日が決まったよOO日だって」と実家の母に言ったら
「あら、じゃ私 成田まで送りに行くわ」と言い出したのである。 マジ?
そうしたら父まで
「オレも行く!」 と言い出したのである。
私もその日は車で送ってやるくらいはしようと思っていたが 実家地方からジジババが出てくるとなると途中の駅で拾って時間を合わせてと大事になりそうである。
(なかなかめんどくさい)
弟もオットも平日仕事だからあてにできないし、いっそ前日から実家に帰って二人をピックアップしてドラと合流して成田までとも考えたが、往復数百キロのドライブを一人でこなすのもこのクソ暑い中うんざりである。
成田エキスプレスにOO駅から乗せる? 高速バスは? とか色々弟と考えていたら
昨日母から電話があった。
「今日は38℃だったのよ。やっぱりこんなに暑くなったら何で行くにせよ無理だわ。ドラ君を送りに行って私かパパが倒れたらドラ君もせっかくの旅立ちが嫌なものになるだろうから行かないことにしたわよ」 とのこと。
はっきり言ってほっとした。私だって倒れそうなここ数日の猛暑である。
そしてドラに電話をかけて やっぱりこんなに暑くなっちゃバアバたちは行けないから気を付けて行くんだよ と言ったそうだ。
ドラは
「それがいいよ。二年たったら必ず帰ってくるから、それまで元気で居てくれよ。その方がうれしいよ」と言ったそうだ。
「まったくあの子は良い子だよ。なんであんなに良い子に育ったんだろうね~」とジジババ泣かんばかりである。(そうでもないんだけどな、外面はいいが)
数年前に脳梗塞を患った父は、NHKのドラマ 「坂の上の雲」が始まる年、全部終わるのが3年後ということを知って、「じゃ あと三年生きてなきゃな」と言った。
癌がわかった母は 治療を受けながら 「ドラ君の結婚式に出るまでには絶対元気になるわ」と言った。
今のところ そのせいかどうかはわからないが二人とも回復して元気で居てくれる。
次にドラとM子の顔を見るまでは元気で居て欲しいよな~ と つくづく思ってしまう。
ついでに ドラの中学入学と同時に飼った高齢犬にもがんばって生きていて欲しいもんだ。
あと一週間ほどしか日本にはいられないらしい。
別に大学を卒業してからは家から出ているのだし、親子でものぐさぶりを発揮して、そう普段からマメに連絡を取り合っているわけではなかったが、やはり同じ東京に居ていざとなったら楽に会えるという安心感が背後にあった今までと違ってしまうんだろうなあ。
あんまり突き詰めて考えないようにしていたけど いざとなるとやっぱり寂しいものである。
先週はM子実家に二人で挨拶に行って来て あちらの祖父母や叔父さん叔母さんたち、いとこたちと たくさんの方たちに会ってきたらしい。
M子ママに言わせると 「何か二人とものんびりというか 海外に行くっていう特別感みたいなものがまるでないんですよね。まるで千葉あたりに引っ越すみたいな感じなんだけど大丈夫なのかしら?」
実は私もそう思っていて、こちらが住む所は? 荷物はどのくらい持っていくの? なんて聞いても 「まだはっきりしないんだよね」くらいのことを言っていたのが一週間前。渡航の便もまだはっきりしていないくらいでヤキモキしていたのだ。
こんなにノンビリしてていいものなのだろうか?と思っていたが本人たちは焦りも見せずに構えている。
対して 我が実家の両親である。
先日亡くなったみゃー地方の叔父が初めての海外出張の時、(まあ半世紀くらい前のこととは言え)水杯をして羽田に親戚一同で送りに行ったという事を笑い話として聞いたことがある。
しかし、未だにその感覚が残っているようでもある。
「ドラの行く日が決まったよOO日だって」と実家の母に言ったら
「あら、じゃ私 成田まで送りに行くわ」と言い出したのである。 マジ?
そうしたら父まで
「オレも行く!」 と言い出したのである。
私もその日は車で送ってやるくらいはしようと思っていたが 実家地方からジジババが出てくるとなると途中の駅で拾って時間を合わせてと大事になりそうである。
(なかなかめんどくさい)
弟もオットも平日仕事だからあてにできないし、いっそ前日から実家に帰って二人をピックアップしてドラと合流して成田までとも考えたが、往復数百キロのドライブを一人でこなすのもこのクソ暑い中うんざりである。
成田エキスプレスにOO駅から乗せる? 高速バスは? とか色々弟と考えていたら
昨日母から電話があった。
「今日は38℃だったのよ。やっぱりこんなに暑くなったら何で行くにせよ無理だわ。ドラ君を送りに行って私かパパが倒れたらドラ君もせっかくの旅立ちが嫌なものになるだろうから行かないことにしたわよ」 とのこと。
はっきり言ってほっとした。私だって倒れそうなここ数日の猛暑である。
そしてドラに電話をかけて やっぱりこんなに暑くなっちゃバアバたちは行けないから気を付けて行くんだよ と言ったそうだ。
ドラは
「それがいいよ。二年たったら必ず帰ってくるから、それまで元気で居てくれよ。その方がうれしいよ」と言ったそうだ。
「まったくあの子は良い子だよ。なんであんなに良い子に育ったんだろうね~」とジジババ泣かんばかりである。(そうでもないんだけどな、外面はいいが)
数年前に脳梗塞を患った父は、NHKのドラマ 「坂の上の雲」が始まる年、全部終わるのが3年後ということを知って、「じゃ あと三年生きてなきゃな」と言った。
癌がわかった母は 治療を受けながら 「ドラ君の結婚式に出るまでには絶対元気になるわ」と言った。
今のところ そのせいかどうかはわからないが二人とも回復して元気で居てくれる。
次にドラとM子の顔を見るまでは元気で居て欲しいよな~ と つくづく思ってしまう。
ついでに ドラの中学入学と同時に飼った高齢犬にもがんばって生きていて欲しいもんだ。