義母の葬儀 備忘録です
前々記事に記した通り、オットとワタシは義母の葬儀は家族だけでうちうちに行いお香典も辞退しようと思っていたが、たまたまお見舞いに来た「遠くの親戚」が東京にいる従兄弟たちに広めてしまって、もう葬儀社との打ち合わせも済んでいたのに、それがかなり違ってしまったことは書いた。
香典を辞退した代わりに供花をお願いした+オットの職場の色んな部署からもいただいてしまったので、んま~ 式場は花いっぱいになった。
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式場の方も「家族葬にしてはお花が多くなりましたね~」と言っていた。
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お派手な花柄の棺桶にしたので祭壇も蘭にして葬儀社のアドバイスもあったのかお供花も蘭蘭蘭・・・
お坊さんの読経とお焼香が終わり、お別れには
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義母が入院までの時を過ごした高齢者専用住宅のスタッフや入院先の病院のスタッフからの寄せ書きや、この夏夢中になって応援していた高校野球の優勝校が一面に載っていたスポーツ新聞などおさめた所に
周りにあふれていた花をみんなでおさめたが
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もう あふれんばかり・・・
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顔の周りにも大輪の胡蝶蘭
花柄のピンクのお棺 写真はフラダンスの発表会の時のもの お別れのお花は蘭のてんこ盛り・・・
華やかに送られて結果的には良かったのかもですね。
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四人の曾孫たちは読経も静かに聴いてたし 大ばあばを悼む心も見られたし 何より子供がいると普通にこういう場は和むんですね。孫③はこういう場は初めてでお棺を霊柩車に運ぶ場面も自分でもやるんだと思って進んで手を出してムコに止められたが周りから笑いをとっていた。
思えば今年は孫④が生まれて義母が逝った。その世代交代というか寂しさだけじゃないなってことが視覚化されたのはオットや周りにとっても良かったのではないか?
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義母の火葬中の食事 あの従姉妹に出すにはケチらずに用意しておいて良かった。
彼女といえば 式場に着いたとたんにお棺の蓋を開けさせて
「おばちゃん あたしが綺麗してあげるとよ~」とワタシ監修で上品に仕上げてもらったお化粧の上からお派手な口紅と頬紅を塗りたくって「おてもやん」状態にしてくれたり、斎場からの帰りのマイクロバスの中で「あのお坊さんはお経がヘタだったね~」と言わなくていいことを声高におっしゃったりでかなりワタシもピキピキしてしまった。
しかし考えてみれば叔母と姪としての期間はワタシより長いし、ワタシより義母に対しての親愛の情はあったのだろうと思い、もう彼女のご満足いただけた形で良かったんだと無理やり思うことにしました。
そうそう (多分)ワタシのためにわざわざ記事を書いてくださったフォロワーの方、ありがとうございました。
ホントに色々わかってくださって嬉しいです。織物がんばってくださいね。
義母が亡くなってから早10日あまり・・・
一人息子のオットは意気消沈しているかと思えば なんか悲しさ寂しさよりも役割を果たしてほっとしている感の方が強いようです。
家でよく食ってよく飲むようになったw
この夏、ほとんどビールも飲まなかったな~(いざって時に運転できないから) 日曜日の夜もご飯食べた後に職場に行っちゃったな~
たまに日曜日に義母のところに行かないと「昨日は来なかったわね」って言ったらしいですよ。
ワタシが共通の知り合いがいるワイン会などに誘っても「俺はいいや」って来なかったのに、年末年始の会は行く気満々だw
こんなにムスコに思われて花いっぱいで送られて義母は幸せだったな~と思うな。
それを演出したのは主にオットだけどヨメとしてそのサポートはしたな~とは思う。
あとは自分の最期の時には色んな意味でこの体験は生かそうと思う(ボケてなければ・・・)
前々記事に記した通り、オットとワタシは義母の葬儀は家族だけでうちうちに行いお香典も辞退しようと思っていたが、たまたまお見舞いに来た「遠くの親戚」が東京にいる従兄弟たちに広めてしまって、もう葬儀社との打ち合わせも済んでいたのに、それがかなり違ってしまったことは書いた。
香典を辞退した代わりに供花をお願いした+オットの職場の色んな部署からもいただいてしまったので、んま~ 式場は花いっぱいになった。
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式場の方も「家族葬にしてはお花が多くなりましたね~」と言っていた。
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お派手な花柄の棺桶にしたので祭壇も蘭にして葬儀社のアドバイスもあったのかお供花も蘭蘭蘭・・・
お坊さんの読経とお焼香が終わり、お別れには
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義母が入院までの時を過ごした高齢者専用住宅のスタッフや入院先の病院のスタッフからの寄せ書きや、この夏夢中になって応援していた高校野球の優勝校が一面に載っていたスポーツ新聞などおさめた所に
周りにあふれていた花をみんなでおさめたが
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もう あふれんばかり・・・
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顔の周りにも大輪の胡蝶蘭
花柄のピンクのお棺 写真はフラダンスの発表会の時のもの お別れのお花は蘭のてんこ盛り・・・
華やかに送られて結果的には良かったのかもですね。
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四人の曾孫たちは読経も静かに聴いてたし 大ばあばを悼む心も見られたし 何より子供がいると普通にこういう場は和むんですね。孫③はこういう場は初めてでお棺を霊柩車に運ぶ場面も自分でもやるんだと思って進んで手を出してムコに止められたが周りから笑いをとっていた。
思えば今年は孫④が生まれて義母が逝った。その世代交代というか寂しさだけじゃないなってことが視覚化されたのはオットや周りにとっても良かったのではないか?
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義母の火葬中の食事 あの従姉妹に出すにはケチらずに用意しておいて良かった。
彼女といえば 式場に着いたとたんにお棺の蓋を開けさせて
「おばちゃん あたしが綺麗してあげるとよ~」とワタシ監修で上品に仕上げてもらったお化粧の上からお派手な口紅と頬紅を塗りたくって「おてもやん」状態にしてくれたり、斎場からの帰りのマイクロバスの中で「あのお坊さんはお経がヘタだったね~」と言わなくていいことを声高におっしゃったりでかなりワタシもピキピキしてしまった。
しかし考えてみれば叔母と姪としての期間はワタシより長いし、ワタシより義母に対しての親愛の情はあったのだろうと思い、もう彼女のご満足いただけた形で良かったんだと無理やり思うことにしました。
そうそう (多分)ワタシのためにわざわざ記事を書いてくださったフォロワーの方、ありがとうございました。
ホントに色々わかってくださって嬉しいです。織物がんばってくださいね。
義母が亡くなってから早10日あまり・・・
一人息子のオットは意気消沈しているかと思えば なんか悲しさ寂しさよりも役割を果たしてほっとしている感の方が強いようです。
家でよく食ってよく飲むようになったw
この夏、ほとんどビールも飲まなかったな~(いざって時に運転できないから) 日曜日の夜もご飯食べた後に職場に行っちゃったな~
たまに日曜日に義母のところに行かないと「昨日は来なかったわね」って言ったらしいですよ。
ワタシが共通の知り合いがいるワイン会などに誘っても「俺はいいや」って来なかったのに、年末年始の会は行く気満々だw
こんなにムスコに思われて花いっぱいで送られて義母は幸せだったな~と思うな。
それを演出したのは主にオットだけどヨメとしてそのサポートはしたな~とは思う。
あとは自分の最期の時には色んな意味でこの体験は生かそうと思う(ボケてなければ・・・)
あっその前に両親だったわ〜