夜もすがら光の中は懐かしき
満月も屋根に隠れり寝返りす
月見果て日の出を知りつ朝寝かな
暑き夜も十五夜なればしずかなり
満月やトイレの後は窓に立つ
着果したリンゴも、殆どが食べられないまま落下して蟻の餌になるか、樹上に留まった果実は冬季のメジロの餌になっていたのが大部分だ。たいがい「実った。熟した!」で満足なのである。
それでも今回は暇がたっぷりとあるから、「」と着想したスイーツを作ってみた。前日にこしらえて置いた甘酒を使った「青リンゴの甘酒コンポート」だ。これが想ったとおりの美味しい一品だった。江戸時代に甘酒は夏の飲み物で、現代では「飲む点滴」と言われているのは、よく知られている事である。
蛾に吸われて傷んだ部分を切り取り、八等分したリンゴを煮込み時間を減らすために、レンジで4分ほど加熱し、しんなりとさせた。これに甘酒を加えて弱火で焦げないように煮込んで出来上がりだ。 米の粒粒が目に付くが、気にしなければ酸味の利いた穏やかな甘さで、舌で押し潰すと軟らかい果肉がとろけ出てきた。甘味が不足するかもと考えていたのだが、それほどでもなく酸味が勝って夏向きのコンポートになった。
例えると、ルバーブジャムの酸味に似た味わいだったので、残りはジャム風にパンに挟んで食べてみる。冷凍庫に保存した食パンに、そのまま乗せて食べると、凍ったパンのしっとりした噛みごたえに酸味の勝った穏やかな甘さは、真夏日の昼食に最適だったのだ。
ギプスをした身体でケンケンをしながらリンゴを採り、台所でもケンケンしながら動いている姿など人に見られたくないが、幸いにも盆休みは終わり、近所のお宅はどこも空っぽなのだ。
ギプス生活も一ヵ月半過ぎて、青いリンゴも赤い色が目立つ様になってきた。猛暑が続く、と言っても平均気温は昨夏より低いのだそうだが、異変は異変としてある。
オオスズメバチの女王捕獲が極端に少なかったこと、セミの鳴き出しが遅れたことは明確だった。
小生的にはリンゴの吸汁被害にも、それを感じる。蛾の吸汁痕が極端に多いのだ。例年、袋は掛けないし、薬剤散布も毛虫の被害が大きくなければ実施しないのだが、それでも各果、こんなに吸汁痕が現れたのは初めてである。
一方で、葉の食害は際立っていない。青虫が発生した頃にはスズメやシジュウカラ、メジロなどが飛来していたがこのところはご無沙汰だ。気温が急激に上がるころから夜間の蛾による被害が増えてきた。表皮は黒ずんでも、小さい腐食は皮を剥けば食べられるのだが、このままだと内部まで傷みが進行してしまう。
一つ食べてみたが酸味は爽やかだ。品種の特性として甘味と果汁感に欠けるので、暇つぶしに一品作ってみることにした。
撫で見ればギプスの中で細る脚ゆびで探れば垢はよじれる
よろけてもたたらを踏めぬ杖の身は一歩一歩とただ運ぶのみ
街灯に惑う蛾の影見つめつつ深夜の窓辺眠れぬ我は
風呂恋しギプスの中をまさぐれば垢は積りてひび割れ剥がる
流れ星十三日の十三夜
チンチンと星降る夜の初音かな
ギプスの身巡る故里盆踊り
流れ星数へて数ふ快癒の日
夜のサギ屋根突き抜けて低き声
蒸し暑さに辟易して天井を見上げれば、何か黒い物体がある。なんと「ムカデ様」だった。今日の最高気温は32℃、室内は日陰だから涼しいのかと思い温度計を見たら34℃をさしている。どういう理由で入り込んだのか知る由も無いが、お近づきにはなりたくない珍入者?だ。
天井では手が届かないし、脚立も使えない身でもほっておく事もできず、結局、松葉杖の先端で押して落とした。ムカデには数回ほど咬まれた過去があり、痛みの程度は十分に知っているから、紙に包んでようやく一息つく。
ここまでで汗ビッショリだ。「シャワーを浴びたのに…」と傷心の思いで洗面所にいったが、再度のシャワーを浴びる気にはならず、清拭で済ました。それでも少しは汗が引く。
若い時、施設職員兼管理人として引越しした最初の夜、腕に気配を感じて目覚めたら、そこには体長15cmを超えるムカデが付いていた。思わず振り払って枕で叩き潰した事を思い出した。多足節生物は好きになれないなあ。
若くして御身はしずくぬぐはばや
情こころ今だやらせを取りつくさず
あたふたと青顔赤顔白日光
第一や痴れ者どもの夢の跡
静かさや岩にも滲み入る放射能
聞くピーの故里には古き仏たち
詐乱れを知られて速し善がり声
庭の萩が5日に開花した。すでに立秋だから開花していてもおかしくはないのだが、フイールドの山萩は開花しているのだろうか気になる。
何年も前にヤマハギの幼木を見つけてから、支柱を立て、刈り払いの時も刈り払わぬ様に注意し、根元の草刈りをしながら養成していた樹で、今では樹高2.5mほどになっている。満開時には花の噴水ドームのようで季節の楽しみの一つなのだ。
日々、フイールドに通っていると折に触れ目にするから、「咲いただろうか?」なんて思うことは皆無だけれど、家から一歩も出ない今の状況下では、思いだけが遠出する。庭の萩を撮ろうと松葉杖で外に出てビックリした。室内から眺めるのと地面に立って眺めるのと印象が違うのだ。我が家は雑草に覆われて空き家かお化け屋敷のような風情になっている。
きっとフールドも「草茫々」と立ち入る踏み跡も見えないようになっているのであろう。昨夜、久しぶりに高校時代のワンゲル部リーダーから電話があった。小生の友人知人との風景も手入れがなく「草茫々」状態だ。
萩の花ひとつ咲いてはひとつ落つ
ノーモア、ヒロシマ・ナガサキ・ビキニ 反対派
飲もう、ヒロシマ・ナガサキ・ビキニ・フクシマ 推進派
原子炉もプールも尽きぬ後光なり 信仰派
ピーピー止まぬ一京万年廃棄物 数字派
人は居ぬ緑豊かなふるさとは見えぬ線量藪野原 土壇場
放たれてプルトニュウムの大魔王孫子代々引き継ぎ祟る 愁嘆場
「秋立ちぬ」なんて情感には浸れない立秋となった。左脚ギプスとなって5週が経過したが、まだまだ道半ば、「飽き断ちぬ」に日々いそしまなければならない身の上なのである。思わぬ災難で、この夏に出来なかった事がある。
一つは「網戸の張替え」、もう一つは「グリーンカーテン」とスダレだ。グリーンカーテンはニガウリで調えるつもりだったが、店舗の苗は品切れで、種子を一袋調達し10粒ほど播種したのだが、発芽が遅れに遅れて、その上、発芽したのは1本だけだった。
そんなことで、ネットを張る前に作業出来なくなったのである。今は低い支柱に絡まってこんもりとなっているが、ようやく開花を見る事ができた。果実は期待できないけど窓越しに見る鮮やかな黄色の花は暑さ忘れにはなっている。
横にあるシシトウは放任状態だが、これは勢力旺盛で、支柱を離れて倒れてしまうほどの鈴なり状態なのである。ところがどの場所か不明なのだが、辛い実を着ける枝があって、食べるたびに「大当たり」する。先端をかじって確認してから頬張るのだが、辛味はストレートに来ないから、ようやく戻った夏らしい暑さの中で、更に汗をかく。
花は白一色で、おしべは薄紫で涼やかなのに「冗談よしてよ!」といいたくなる性格をお持ちだ。椅子の時間は脚が鬱血して、どうにもならないから、いきおいベッドに片足上げた緩い日々に「渇!」で良いのだろうけど…。今日から残暑だ。