蜘蛛
2008年2月2日(土)
去年9月に泊まった宿の窓に、蜘蛛がきれいに巣を張っていた。カメラのシャッターを切ったが、夜でうまく撮れなかった。翌朝明るくなって再び撮ろうと思っていたが、宿の人がきれいに掃除したのだろう、無くなっていた。
蜘蛛の特徴は身体から糸を出し、巣を張ったり、巣に絡まった昆虫等をぐるぐる巻いてしまうことだろう。
小学校の頃、蜘蛛が糸を張る様子を、じっと見つめていたが、実に手(脚)際よく見事なものだった。
蜘蛛は、巣に昆虫等が引っかかると、直に駆けつけ、尻から出す糸でぐるぐる巻いてしまう。そして、体液を吸って栄養にするのだ。
ところが、葉っぱなどだと、糸にからんでいるはずなのに、簡単に外して地上に落としてしまう。蜘蛛自身は糸にからまないのが不思議だった。
コガネグモだったのだろうか、金色の縞模様のあるきれいな蜘蛛をよく捕まえていた。そして、その蜘蛛同士を戦わせて遊んでいた。
割箸くらいの長さの棒の両端にそれぞれ1匹の蜘蛛を乗せて、同時に尻をつつくのだ。そうすると、2匹は棒の中央に向かわざるを得ない。鉢合わせすると互いに脚で牽制しあっているが、そのうち戦いが始まり、一方が相手を糸でぐるぐる巻いて殺してしまうのだ。
実に「残酷な遊び」ではある。当時は残酷という意識はなく、面白がってやっていたのだが・・。しかし、蜘蛛が戦って一方が死んでしまうということにより、ひいては「人の死」に対する想像力も身に付いたのではないかと考えている。
現在は、バーチャルの世界で「リセット」がきく。「死」という残酷なことが「ゲーム感覚」になっている。
かつては、自然の遊びの中で、死ということを含めて、色んなことを体験により学んだような気がする。
蜘蛛で遊んだのは小学校の頃のことだ。
人生時計「6時頃から8時30分頃」
2008年2月2日(土)
去年9月に泊まった宿の窓に、蜘蛛がきれいに巣を張っていた。カメラのシャッターを切ったが、夜でうまく撮れなかった。翌朝明るくなって再び撮ろうと思っていたが、宿の人がきれいに掃除したのだろう、無くなっていた。
蜘蛛の特徴は身体から糸を出し、巣を張ったり、巣に絡まった昆虫等をぐるぐる巻いてしまうことだろう。
小学校の頃、蜘蛛が糸を張る様子を、じっと見つめていたが、実に手(脚)際よく見事なものだった。
蜘蛛は、巣に昆虫等が引っかかると、直に駆けつけ、尻から出す糸でぐるぐる巻いてしまう。そして、体液を吸って栄養にするのだ。
ところが、葉っぱなどだと、糸にからんでいるはずなのに、簡単に外して地上に落としてしまう。蜘蛛自身は糸にからまないのが不思議だった。
コガネグモだったのだろうか、金色の縞模様のあるきれいな蜘蛛をよく捕まえていた。そして、その蜘蛛同士を戦わせて遊んでいた。
割箸くらいの長さの棒の両端にそれぞれ1匹の蜘蛛を乗せて、同時に尻をつつくのだ。そうすると、2匹は棒の中央に向かわざるを得ない。鉢合わせすると互いに脚で牽制しあっているが、そのうち戦いが始まり、一方が相手を糸でぐるぐる巻いて殺してしまうのだ。
実に「残酷な遊び」ではある。当時は残酷という意識はなく、面白がってやっていたのだが・・。しかし、蜘蛛が戦って一方が死んでしまうということにより、ひいては「人の死」に対する想像力も身に付いたのではないかと考えている。
現在は、バーチャルの世界で「リセット」がきく。「死」という残酷なことが「ゲーム感覚」になっている。
かつては、自然の遊びの中で、死ということを含めて、色んなことを体験により学んだような気がする。
蜘蛛で遊んだのは小学校の頃のことだ。
人生時計「6時頃から8時30分頃」