水持先生の顧問日誌

我が部の顧問、水持先生による日誌です。

3月30日

2012年03月30日 | 日々のあれこれ

 午前中は課題曲1~4をあらためて一通り合奏してみた。早いとこしぼって、かっちりやり始めた方がいいような気がしてきた。でも、どれにしようか。
 午後は久喜高校さんの定期演奏会に出かける。
 顧問のかねこ先生が転任されることは、先日教えてもらっていたが、部員にどう伝えようかとその時は悩んでらした。今日伝えたのかな。正式に異動発表になったし。
 「星の王子様」「ラピュタ」「グランドマーチ」「マードック」「春になって王たちが戦いに出るに及んで」 … 。
 この曲数をよくこのレベルの仕上がりにもってこれるものだと驚き、同時にここからまた新しい土俵に向かわねばならない寂しさはいかばかりであろうと想像する。
 それに先生はしかたないとしても、おれが久喜高校の2年生だったらショックだな。「いっしょに普門館行こうって目標書いたじゃないですか!」と泣くと思う。
 でもね、「人の世は出会いがあるからすばらしく、別れがあるから美しい(by向山洋一)」。
 別れのつらさをばねにしてがんばってください、久喜高校のみなさん。いい演奏会でした。

 開演前に、新年度の教科書をぱらぱらとめくってた。
 ふつう国語の教科書の表紙をぱらっとめくると、最初に目にするのは、小説の舞台となった土地の風景とか、俳句の季語になる植物の写真とかのイメージがある。
 それが、「インターネットの利用」というタイトルの頁になっていた。
「現代の社会問題についてレポートを書きなさい」という課題が出たとしたら、インターネットを利用して情報を得ようという主旨の頁だ。
 インターネットという言葉の説明とか、検索エンジンを使おうとか、なんていうか、誰に対して説明してるのだろうという素朴な疑問がわく。
 「検索エンジンにはディレクトリ型とロボット型とがあり … 」とか書いてあるのだが、そんなの知らなくても、ふつうにみんなググってるでしょ。
 検索してみた結果の例として環境省や内閣府のホームページが掲載されるにいたっては … 。
 だいたい、何かものを調べようとするなら、安易にネットで検索するな、書物をあたれとまず言うのが国語の先生の仕事なんじゃないかな。
 もちろん、どんな本を読むべきか、どこの本屋や図書館にあるかなどは、ネット検索がほんとに便利になったので、そのためにネットを使うのはいいと思う。使える武器は使うべきだ。
 でも、それは手段だ。「インターネットで情報を収集しよう」といい、役所のホームページから情報を収集させて終わりだったら、どこに頭を使う必要があるのだろう。そういう情報がどれだけウソくさいものかは、小学生さえ知っている時代でもあるのに。
 「そこに書いてあることってほんとなの?」という思考法をもたせることを目標にしないのなら、国語を教える意味なんてないよなと思う。

 信頼出来る情報はやはり人から得るのが一番ではないだろうか。
 もちろんネットでググるけど、その結果、信頼できる人が必要な情報を発信してたなら、それは自分のなかで第一情報になる。
 この人の言うことなら信頼できる、という人物を自分の中にもっているかどうかが大きい。
 直接連絡して教えてもらえるなら尚更いい。たとえば自分が吹奏楽の分野で困ったときには、新天地に向かわれるかねこ先生をはじめ、力になってくれる先生が何人かいらっしゃる。
 もちろん、曲については今バンドをレッスンしてくださる先生に一番助けを求めるし、指揮法なら、イベントなら、曲の情報なら、といろんな分野に応じて、あの方に聞けば大丈夫という存在がある。
 長年顧問をやっているけど、自分の中に増えた情報は微々たるものだ。でも、力になってくれる方々の情報量を総計したなら、ほとんど怖いものはない状態だとも言える。
 それをどう活かすかについては、自分、そしてわがバンドメンバーの力量ということになってくるのだが。
 情報を得るにはどうすればいいか。検索エンジンの説明するのが国語の仕事とは思えない。
 どう人とつながるか。そのためにどういう言葉があるのか。そこを教えたいなあ。

コメント
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