西原理恵子氏がQ&A形式で行う人生相談の書。たとえば、
「ずっと総務、経理部門で働いてきたが、40代半ばで営業に異動になった、慣れない仕事でつらくてストレスがたまる、納得いかない人事だけど我慢するべきでしょうか?」
なんて質問がある。
読んですぐ、ちょっとあまいんじゃないかな、40半ばでそれではねと思ってしまったが、西原理恵子氏は、まことに愛情こもった回答を示す。
~ 向いてなくてもやるしかないでしょ。無茶なノルマがあってウソついてでも売らなきゃいけないとかならきついけど、そういうのじゃない限り、やらなきゃね。「向いてない」なんて言ってても始まらない。45歳からでも学習はできる。上司とか同僚とか、デキる人の真似を一個ずつやっていけばいい。会社だって、そのために異動させてるんでしょ。そうやって人を回していかないと、やっぱり水が濁るから。(西原理恵子『生きる悪知恵 正しくないけど役に立つ60のヒント』) ~
質問のなかに、それほど大きい会社ではないので、部下もいるけど自分で現場に出なければならないともあった。
それはそうだろう。40代半ばで現場に出ずに指示だけしてればいい会社なんて今ないんじゃないかなと、世間を知らない教員ながら思ったりする。
まして「そんなに大きくない会社」が、昨今の社会情勢の中で、総務だ、経理だという部門をぬくぬくとそのままにしていられるはずもない。
この相談者はもっと厳しいリストラ対象にならなかっただけありがたい状況なんじゃないかと思える。
だから、それに感謝してがつがつ働くべきだ。
西原氏は続ける。
~ あと、自分の才能を他人に教えてもらうことってある。私なんかも編集者に教えられたというか、やったことないような仕事を振られて、嫌だったけど全部やらせてもらってたら、意外にできるじゃん! みたいな。それで自分自身、力がついていった経験がある。
全然畑違いの仕事だとしても、元の仕事で築いた下地があれば、そのノウハウとか考え方とかって何かしら使えると思うんですよね。私がよく行くホルモン屋「わ」の大将なんか見てると、ホントに野球部で死ぬほどキッい訓練したことが下地になってるなと思うもの。「最初の10秒でお客様の心をつかまなアカンねや!」とか言って、まさに体育会系の営業。あの人たちの基礎体力、インナーマッスルってすごいなって思うよね。やってきたことが一個もムダになってない。やっぱり甲子園まで行った人はパンパじゃない。「向いてない」とか「できない」とか絶対言わないもん。 ~
このあと、「勉強にもインナーマッスルがいる」という話があって、それもなるほどと思った。
次の学年便りで仕えるネタだ。
高校までの勉強って、けっきょくインナーマッスルを鍛えているようなものだから。
ただし西原氏は、やはりここでは終わらない。
さらに現実を直視させようとする。
「だいたい45歳にもなって『この仕事向いてない』なんて言ってる人、私の周りにはいないけどね」と続ける。
~ だから、「向いてない」って言うけど、じゃあ前の部署は向いてたのか、その部署に欠かせないような人材だったのかという問題も出てきますよね。そんなに異動が嫌なら、それこそ社長に直談判でもすればいいじゃん。会社にどうにかしてもらおう、周りにどうにかしてもらおうじゃなくて、自分で動かないと。
やっぱりすごく甘いと思うよ。私が社長だったら、こんなこと言ってる人に給料払いたくないもん。愚痴言ってるヒマがあったら、どうすればその仕事を楽しめるか考えましょう。 ~
小説やマンガ、映画で、突然のリストラ、予想外の人事に思い悩むサラリーマンの姿が描かれる。
もちろん現実の娑婆において日常茶飯事なのだろう。
ドラマだと、派閥争いやら、やむにやまれぬ筋を通す人がいたり、かっこいい人間ドラマがあったりするものだが、現実はそうそうかっこいいものばかりではないはずだ。
リストラされた側としては、まさか自分がそんな目にあうとは思わなかったとか、会社のやり方はあまりにもひどいとか感想を抱くこともあるだろう。
でも、そんな会社であることを全く感じてなかったとしたら、いい大人としてあまりにうぶと言われてもしかたない場合もあるはずだ。
この相談者のように45歳にもなってたら、そして自分の会社の業界内での位置とかを客観的に見る目が少しでもあったなら、こんな質問はちょっとできないだろうなとはたから見てても思う。
私立高校の教員でさえ、生き残りをかけた戦いを余儀なくされているご時世なのだ。
だから、西原氏もその相談者の甘さに対しては言及せざるを得ない。
そのうえで、そういう人がなすべき正しい努力の方法をきちっと指示している。
通しで一気読みしてみて、「悪知恵」どころか、これほどまっとうかつ現実的な人生相談は初めてと思った。理想論とかは脇においといて、今の娑婆を生き延びるにはそうするしかないでしょという明確な具体策が書かれている。
「義母からのはやく子供を産めというプレッシャーがきつい」という問いには、「そのうち死ぬから放っておけ」と答える。
「会社で英語が必要になりTOEIC受験が義務づけられたのでどうすればいいか」には、「フィリピンパブに行き、彼女をつくれ」と答える。
つい、ウけそうな項目を書いてしまったが、一見ネタっぽく見えるものも、よく考えてみると真実を言い当てている。これこそプラグティズムと言うのではないだろうか。