水持先生の顧問日誌

我が部の顧問、水持先生による日誌です。

東京デスロック「東京ノート」

2013年01月17日 | 演奏会・映画など

 東京のある美術館。
 2024年のある日のロビーは、たくさんの来館者でにぎわっていた。
 なぜなら、ヨーロッパの名画が続々と集まってきていたからだ。それを観るために、そしてそれを観るという目的を利用して恋人たちのデートの場所になり、久しぶりに兄弟が集まる待ち合わせの場所になり、また予期しない出会いを演出する場にもなっていた。
 そんな一日の様子をたんたんと切り取った「東京ノート」というお芝居は、平田オリザ氏の代表作である、なんてね。
 『幕が上がる』を読んでからにわか勉強してみたが、お芝居の世界の方々にとっては、もはや古典的とも言える現代演劇(あっ、パラドキシカルになった)作品であろう。
 はじめて出かけたこまばアゴラ劇場は、駒場東大前をおりて路地を数分歩いたところにある小さな劇場だ。
 会場につくと、靴を脱いで二階にあがる。普通教室二つ分くらいの広さだろうか、一面にふかふかのカーペットがしかれ、ベンチシートが中央に二列、両サイドに一列ずつおいてある。
 正面に向かって置かれているのではなく、美術館のロビーを模して作られたものであることは予想できた。
 ご自由にお座りくださいとの案内にしたがい、壁際によりかかってカーペットに腰をおろす。
 お客さんは50人くらいだろうか。もう少しいたかな。芝居が始まる前にはけっこう窮屈な感じだったが、灯りが落ち音楽が変わると、お客さんだと思っていた人の何人かが立ち上がって話し始める。
 となりにいたお姉さんも、タイミングをみはからって立ち上がり、「町田の出身です~」とか言いながら、そのロビーを歩き始めた。
 自分も立ち上がって台詞を言いたい衝動のかられたけど、がまんした。
 ロビーで繰り広げられる普通の会話を、たまたまその場に居合わせて聞いている状態になる。
 ときに二組の会話が同時に進行するが、脚本では上下二段で書かれているようだ。
 ほんとに日常的な会話が、不自然なくらい自然に続く。
 そのなかに「ヨーロッパってこれからどうなるのかな」「戦争避難でどんどん絵画が日本に送られてくるんだって」「平和維持軍に行くことにしたんだ」という会話がすうっと入ってくる。
 たとえば、一昨年の3月。たとえばフランスのある都市。小さな美術館のロビーで、たまたま出会った二人が「久しぶり!」「奇遇ね」って会話してて、その流れのなかで「放射能って、こっちにまではこないわよね」「友達の友達がジャポンに留学してるんだ」みたいな会話をしていたこともあるだろう。そんな光景もうかんできた。
 ヨーロッパで戦火が続く状況下での、日本の一風景。
 世界の大事件とはまったく関係なく一人一人には人生のドラマがあり、微妙なところではその大事件の余波をうけて生きざるを得ない人生の一面が、交錯しながら描かれていく。
 「大笑いして最後にほろっと泣けて」みたいな作品や、幽霊がでたりエスパーが現れるようなお芝居ばかり観てきた自分にはきわめて新鮮だった。
 絶叫もしないし、歌わないし踊りもしない役者さんの演技が、そして何でもない一言が時々泣きそうになるくらいしみてくる。上手な役者さんて、こんなにいるんだ。
 行ってみてよかった。名作と言われるのもさもありなんと思う。『幕を上がる』のさおりさんやユッコやガルルや中西さんにも見せてあげたかった。

コメント
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